「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

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「やはり極めて危険ですよね……。手技の冴え――実際にご覧になって分かったとは思いますが、あの洗練さというか目覚ましいというか、まさに医学界の芸術とでも呼べそうですよね……」
 手技と聞いた時点で、先程の光景が――記憶力の良さが災いしてしまって――ありありと脳裏に蘇って来て半ば気が遠くなりかけた。
 多分全体の雰囲気からして田中先生はケンカを売っているわけではない。ケンカ友達を続けてきたので、好戦的な気分になっている時の表情とか雰囲気などは分かってしまう。田中先生は俺ほど好戦的な性格ではないものの――ただ、作戦遂行中は緻密に気の配ったり、メンバーの進捗状況などを一々確かめたりしなくてはならないので普段の時よりもかなり疲れるのも事実だった。だから、田中先生はそういうコトが面倒なだけのような気もするが――基本的な性格は似ているので、その点は自分に当てはめれば直ぐに分かる。
 今は悪気もなくて、そして恋人の自慢として――俺だって、自分の恋人がどれだけ優秀な精神科医だ!のような治療例とか名誉ある賞などを貰った時には誇らしくなって話してしまうだろう、真の関係を知る人には――話題にしたに違いないが、歯を食いしばって耐えてはいたものの完全に隠し通すことは出来なかった。
 そして、怪訝そうな表情で聞いてくる田中先生にツイツイ本当のことを打ち明けてしまったのは、今までのケンカ友達から昇格(?)するためのアイスブレイク的な意図も有った。
 井藤研修医の脅威に関しては、関係者が各々の得意分野を活かしながら全力で当たる必要があるレベルの話だし、関わる人間が多ければ多いほど、情報の共有も欠かせないので、共闘者として気持ちの距離を近付けておくのも基本中の基本だったので。
 すると田中先生も――普段の彼なら容赦なく畳み掛けてくるだろうが――心の底から申し訳なさそうな神妙な表情を浮かべている。多分協力者として高く買われているのだろう。
 確かに、病院内の知り合いは――出世のためとかで他人を蹴落としてでも……という人間は多数居るだろうが、香川教授の周りには絶対に居なさそうだ――俺の恋人経由で聞いた限りそんなに裏の裏まで読んで陰謀を巡らすような人は居ないとのことだったし、そもそも病院内で井藤研修医が少数派の性的嗜好の持ち主だということまで暴露すれば、逆に何故分かったのかと勘ぐられてしまうだろう。
 そういう点を含めて相談出来て、その上田中先生が俺の人脈とか行動力などをアテにしている以上、俺の気持ちを逆撫でする必要は今のところはない。
 田中先生も鋭い切れ味の頭の持ち主なので、その辺りは当然計算に入っているだろうから。
「とにかく……、素晴らしい……手技」
 一瞬頭の中が酸欠状態に陥ったような気がした。
 すると。

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