「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難
28
病院潜入の経験則もそうだったし、大学で同じ学部の同級生から話を聞く限り、ベテランナースと研修医の関係は――患者様の見えない場所でではあるが――経験とか知識の豊富さでは圧倒的に上回るのが普通だ。「あの」田中先生さえ、救急救命室の名物ナースには最初の頃は良く怒鳴られていたと聞いている。外科界隈には近付けないというか近付かない俺の恋人ではあったが、その程度のウワサ話はタンポポの種子のように舞い込んでくるのが大学病院の怖いところだ。
「え?しかしその看護師は短大とか看護学校卒業後すぐに就職した新米ではないでしょう?」
恋人は細い眉根を寄せて深刻そうな表情を作っている。
「ああ、脳外科の古参ナースも宥め役と聞いたな……新人ナースは――ちなみに、この彼女は清楚で品が良い綺麗な人なので複数の医師が狙っているらしい――怖くて井藤の近くには近寄れないらしい……」
脳外科の新人ナースが清楚な美人だろうが「顔面凶器」だろうが、どうでも良いが俺の知っている研修医とは異なる扱いなのは何故だろう?
「それもおかしな話ですね。井藤とかいう研修医は女性に興味がないのは生まれつきだか過去のトラウマかは知りませんがとにかく『近寄るな』オーラを出しているというのは分かります。
しかし、発言権というか、現場の声の大きさは研修医よりも古参のナースの方が大きいのでは?
医局での地位が上がった暁には、看護師もそれなりの扱いをしますが、大学病院の研修医が人間扱いというか、先生扱いされないというのが普通ではないかと思います。
何だか上のお達しだか暗黙の了解でもあるような不自然な感じがします。
明日、実際に行って確かめて来ますね」
香川教授のことは個人的に好意を――恋愛感情ではない――抱いているので、そのポジションに留まっていて欲しいが、それでも必要に迫られた場合があったと仮定して考えるという「もしも」の話で俺が攻撃をせざるを得なかった場合絶対に衝く弱点は「同性愛者」の一点のみだ。
俺自身も実際には同じ性的嗜好を持ってはいるが、そんなことは知らない顔で弾劾に回るだろう。ただ、彼の場合そういう嗜好が露呈した時には潔く職を辞する可能性が99%だと予測している。
東京一の私立病院の次期院長が教授と田中先生を――全てを知った上で――スカウトしたがっているのもこの業界では知らない人間の方が少ない。香川教授自身、恋人と教授職どちらを選択するかの二者択一問題に直面した場合、恐らく一瞬の躊躇もなく前者を取るだろうことは火を見るよりも明らかで、そういう点が清々しい。
ただ、そういう人間が少ないからこそ、稀少価値があるとも言える。
教授職というポストに縋り付く人間の方が多いのも事実だし、K大附属病院ではない旧国立大学病院の法医学教授は「教授職になれそうなのは、過疎化が進む法医学しかない」という理由だけで専攻を決めた人だった。そういう事例を見聞き出来るのがこの職場なので、傍目から見た「教授職」は羨望の眼差しを注ぐに相応しいポジションだ。
だから、不祥事とか弱点が暴露されそうになると、何とかして隠蔽をしようという点は――俺の職場もその点では変わりがないのも残念ながら事実だ。変えようとはしているものの――どこでも一定数は存在する。
脳外科もそういう体質になっているのではないかと思った。
すると。
「え?しかしその看護師は短大とか看護学校卒業後すぐに就職した新米ではないでしょう?」
恋人は細い眉根を寄せて深刻そうな表情を作っている。
「ああ、脳外科の古参ナースも宥め役と聞いたな……新人ナースは――ちなみに、この彼女は清楚で品が良い綺麗な人なので複数の医師が狙っているらしい――怖くて井藤の近くには近寄れないらしい……」
脳外科の新人ナースが清楚な美人だろうが「顔面凶器」だろうが、どうでも良いが俺の知っている研修医とは異なる扱いなのは何故だろう?
「それもおかしな話ですね。井藤とかいう研修医は女性に興味がないのは生まれつきだか過去のトラウマかは知りませんがとにかく『近寄るな』オーラを出しているというのは分かります。
しかし、発言権というか、現場の声の大きさは研修医よりも古参のナースの方が大きいのでは?
医局での地位が上がった暁には、看護師もそれなりの扱いをしますが、大学病院の研修医が人間扱いというか、先生扱いされないというのが普通ではないかと思います。
何だか上のお達しだか暗黙の了解でもあるような不自然な感じがします。
明日、実際に行って確かめて来ますね」
香川教授のことは個人的に好意を――恋愛感情ではない――抱いているので、そのポジションに留まっていて欲しいが、それでも必要に迫られた場合があったと仮定して考えるという「もしも」の話で俺が攻撃をせざるを得なかった場合絶対に衝く弱点は「同性愛者」の一点のみだ。
俺自身も実際には同じ性的嗜好を持ってはいるが、そんなことは知らない顔で弾劾に回るだろう。ただ、彼の場合そういう嗜好が露呈した時には潔く職を辞する可能性が99%だと予測している。
東京一の私立病院の次期院長が教授と田中先生を――全てを知った上で――スカウトしたがっているのもこの業界では知らない人間の方が少ない。香川教授自身、恋人と教授職どちらを選択するかの二者択一問題に直面した場合、恐らく一瞬の躊躇もなく前者を取るだろうことは火を見るよりも明らかで、そういう点が清々しい。
ただ、そういう人間が少ないからこそ、稀少価値があるとも言える。
教授職というポストに縋り付く人間の方が多いのも事実だし、K大附属病院ではない旧国立大学病院の法医学教授は「教授職になれそうなのは、過疎化が進む法医学しかない」という理由だけで専攻を決めた人だった。そういう事例を見聞き出来るのがこの職場なので、傍目から見た「教授職」は羨望の眼差しを注ぐに相応しいポジションだ。
だから、不祥事とか弱点が暴露されそうになると、何とかして隠蔽をしようという点は――俺の職場もその点では変わりがないのも残念ながら事実だ。変えようとはしているものの――どこでも一定数は存在する。
脳外科もそういう体質になっているのではないかと思った。
すると。
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