「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

 公務員試験に受かっていないという致命的な欠陥がある上に田中先生も病院にはかなりの愛着を抱いているようなのでそういう仮定は全く現実味を持たないが。
 その上熱愛している香川教授と離れるようなことはないだろう。
 ただ、田中先生なら俺と同じ程度には優秀だし頭も切れる上に行動力もある。
 省庁でも出世する要素は全て持ち合わせている上に、俺とは異なって専守防衛型ではあるものの、戦闘モードになれば俺と同様の力を発揮する人間だと判断している。
 その点香川教授は――その方が人間としてマトモなような気もするが――そういう攻撃力すら持っていない。敵を攻撃するとか保身に走るとかは考えたことすらなさそうだ。
 俺の腹心の部下の藤宮技官は、言われたことを最低120%以上で遂行してくれる点では非常に買っているが、田中先生だと言われていないことですら200%の仕事をしてくれそうだ。
 田中先生は同僚か部下に咽喉から手が出るほど欲しい人材だった。
 しかし、本人が誰よりも何よりも大切にしている恋人が病院に留まっている限りその望みは叶えられないことも容易に察しがついた。
 人としてどうなのか?という点を重視するのは俺の恋人もそのタイプだったが。
 一度、厚労省のナンバー2でもある人間に、料亭に連れ込まれて無理やりキスされたという香川教授の件で田中先生は俺と俺の恋人に二人して頼みに来た。妻子持ちだが――そもそも官僚が独身という点だけでマイナス評価にもなるし、上司からとかツテを辿っての縁談など山のように持ち込まれるので結婚率は高い。俺は恋人を手放す気など微塵もなかった上に異性には興味がないこともあって悉くスルーしている――同性への関心が非常に高いという黒い噂の持ち主だったし、元々気に食わない人間だったので最初から協力する気になっていた。
 ただ、田中先生の反応が見たくて、はぐらかしていると恋人にキレられたという過去も有った。
 大臣クラスや官僚のトップに近い人間も御用達の、昔ながらの料亭なのでお金さえ出せばという前提がつくものの隣室に夜具を敷くというサービスを提供してくれる場所に「知らずに」連れて行かれて、そこで唇への乱暴狼藉をされた程度で豪雨に打たれた花のような有様の香川教授には気の毒さも当然覚えたが、今時の高校生でも――慣れている人間ならなおさらのこと――あのような反応はしない。
 人目を強く惹く美しさの持ち主だから、お誘いだって多かったハズだしキスくらいで一々騒ぐな!と思えなくはなかったものの、教授には青天の霹靂だったのだろう。
 教授は遠回しな誘いの言葉、例えば「疲れたから休んでいこう」などと言ってラブ、いやファッションホテルに連れ込んでも、文字通りに「休むだけ」と理解する人のようだった。
 だからこそ。

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