「気分は下剋上」 森技官の優雅な受難

こうやまみか

 霞が関からも、度々オファーを送っているにも関わらず「謝絶」という異例の返事しか来ないのも田中先生と過ごす時間の方がこの人にとっては最優先事項で、それ以外のことはどうでも良いのかと思うといっそ清々しい気分になった。
 普通の教授職の人は本省の誘いが有れば、患者さんを放置してまでも霞が関詣でをするのが「普通」の反応だった。
 また母校の病院長兼学部長も――俺の専攻は精神科で在学中は精神科の教授が接する人の中で最も上位だが、入省した後は病院長が窓口に変わるというのが普通だった――アメリカ時代に「ウチの大学へ」とのオファーを送ったらしい。それをあっさりと断ったのも、今にして思えば――田中先生がいないという一点だけが理由だったのかと思う。
 同居にまで漕ぎ付けた恋人もそうだが、田中先生も生粋の母校の大学から病院へと所属を変えるという「病院が全て」と考える土壌の元で育っている。
 しかし、香川教授は大学卒業後直ぐという不自然な時期に渡米している経歴から考えると田中先生絡みのような気もした。
 そして慰安旅行を成功させたいと考えたのも、医局員には当然田中先生が居るからという理由なのではないかと思う。
 そういうシンプルさが――しかも実力は充分過ぎるほど持っている人ならなおさらに――珍しい。
 特に社会人ともなると、色々な仮面ペルソナを使い分けるのが「大人の事情」で色々とそのしがらみにほだされるモノなのに、この人はそういうことにはまるっきり無頓着なのも好ましく感じた。自分の周りには居ないタイプだったこともあって。
 だったら、この際恩を売っておけば自分の点数稼ぎにもなると思った。霞が関で行われる、勉強会と言う名の懇親会に「あの」香川教授を呼ぶことが出来たという点は明らかに俺の大きな得点になる。母校からも、そして本省からも度々熱いお誘いを送っているにも関わらず全く関心を示さない人というのは香川教授くらいなものだったので。
 斉藤病院長にも本省は圧力を掛けている。それなのに、その圧力を跳ね返すだけの実力を備えた人物というのも――多分、香川教授は病院よりも田中先生の方が大切なのだろう。だから病院長命令に逆らって、最悪クビになっても田中先生さえいればそれで良いと思っている潔さを感じた――物凄く新鮮だった。こんな人はそうそう居ない。
 しぶしぶといった感じを隠し切れていない香川教授の霞が関詣でをする代わりにこちらの慰安旅行を延期させるという――俺にとっては簡単なこと――交換条件はあっさりと妥結した。
 そして、俺の功名も勿論大切だったが、それ以上に恋人と手技を含む患者さんのことしか考えていない稀有な人柄に大変好感を抱いた。
 なぜなら。

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