元暗殺者の神様だけど、なんか質問ある?

仁野久洋

決闘の心

「これを貸そう」

 バッハが俺へと鞘に収められた剣を放り投げた。

「いいのか?」

 俺はそれを受け取り、尋ねた。
 すでに陽は沈み、月は叢雲に覆われていた。しかし、外は明るい。砦の松明が煌々と焚かれているからだ。風は少し肌寒いが、こんな薄着でも十分しのげる。改めて見ると、俺の服装は粗末である。

「やっちゃええー、ご主人様あー!」

 リンクルは砦の中庭で対峙する俺たちを、わくわくとした様子で見守っている。あの野郎、あれは完全にボクシングとか剣道とかを観戦する目だ。めっちゃキラキラしていやがる。

 俺、あいつのご主人様らしいけど、それを死地に追いやって楽しむ下僕っておかしくないか? 天使ってそういう価値観なの?

「もちろん、いいとも。私は聖道騎士なのだ。決闘とは剣を用いるものと定められている。それは、相手も同様だ」
「正々堂々、ってやつか?」

 いけねえな。今更誤解だっつっても、聞き耳を持ってくれそうな感じじゃねえ。決闘の作法まで尽くしたんだから、普通は引っ込みつかねえだろうし、やるしかない、か。

 ロックバイターへのひと突きを見ただけだが、バッハは間違いなく強い剣士だ。俺も、異世界の騎士ってやつが本当はどれだけやるもんなのか、興味が湧いてきちまってるんだよな。こういう所、我ながら馬鹿だなあとは思うんだが……。

「それもある。正しさを証明するに、不正があっては意味がない」
「正しさ、か。同胞への侮辱があったと証明したい。その為の決闘というわけだ? 本当か? ただの腹立ち紛れに、法的倫理的に問題の無い方法でブッ殺してやりたい、という事じゃあ無いのかよ? それは、単なる自己満足って言うんだぜ?」

 中世日本には仇討ちやら無礼討ちやら、人を殺してもいいとする法があったけど、ここにもそういうのがあるってことか。ま、どんだけ格好つけて理屈を捏ねようが格式を整えようが、源泉となるのは怒りや恨みの類だろう。バッハもそうだったとは落胆するぜ。

「正直、私の中にそのような心が無いとは言えん」
「はっ、気取るなよ。あるんだろ?」
「だとしても!」
「うっ?」

 バッハは俺の失望を隠さない言葉に、強く反応した。

「だとしても! あくまでも、私の戦う理由は、勇敢なる同胞の名誉を守り慰撫する事にある! 抜け、グレッド! 私は、貴殿の命を刈り取るに相応しい剣技をもって戦おう! そこにあるリンクルが、貴殿の死を誇れるように!」

 バッハは、腰の剣をすらりと抜いた。あのとんでもなさそうな、パワードスーツみたいな甲冑は装備していない。真紅の詰襟にマントを羽織ったただの人として決闘に臨んでいる。死が怖くないのか、それとも俺を舐めているのか、或いは決闘に命以上の価値を認める真の騎士、か。

「うふっ。あたしが誇れる死に様になるように、って事お? 人間ってホント、面白い生き物だよお」

 リンクルの呟きは俺にだけ聞こえたようだ。バッハに反応は無い。

 それはともかくとして、だ。ふん、そんなの答えは決まっている。聖道騎士バッハ・ローダン。俺は、お前みたいなやつが大好きだ。

「心遣い、感謝する」

 俺は心からバッハに礼を述べ、剣を抜き払った。

 両刃の直刃両手剣か。ずしりとした重さがある。軽々とは振るえそうにない剣だ。出来ればダガーナイフの方が使い慣れてて良いんだが……やるだけ、やってみるとするか!

 俺は両手で剣を構えた。

 



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