元暗殺者の神様だけど、なんか質問ある?

仁野久洋

聖道騎士バッハ・ローダン

「お、おい。危ないぞリンクル」

 リンクルは後ろ手に振り返り、笑ったままだ。ロックバイターからは完全に目を離している。やつからは一足飛びの距離だ。なんて油断っぷりなのか。

「きゃは。だいじょぶう、だいじょうぶう」

 天使だと言うからには、それなりの力もあるのかも知れない。しかし、翼が無ければ見た目はただの少女だ。つい心配してしまう……う? 心配しているのか、俺は?

「グルオオオオオ!」

 身を低くして俺達への様子見をしていたロックバイターが、とうとう飛び上がった。今度はその六本もある脚を使うつもりのようだ。後ろ脚の2本を残し、鋭い爪の伸びる4本の脚が、左右からリンクルへと迫った。

「さて、」

 とリンクルが右手を天に掲げた瞬間。

「とうっ!」

 という掛け声と共に、リンクルをその場から抱え去る、一つの影が駆け抜けた。

「おやあ?」

 リンクルは手を掲げたまま、虚ろな目をして固まっている。度々盗まれるカーネルサンダース人形も、こんな感じなのかも知れない。

「ガオオオオオ!」

 獲物を掠め取られたとでも思ったのか、ロックバイターが激しい唸り声を上げている。

「誰だ、お前?」
「誰かなあ?」

 俺とリンクルが問いかけた。

「やあ、これは失礼。緊急事態だったので、名乗れぬ無礼を容赦してくれたまえ」

 リンクルを抱えたまま、ロックバイターを見上げるのは、俺には正体の特定が難しい姿をしたやつだった。声は男。どうも高貴な雰囲気もあるようだが。

「私の名はバッハ・ローダン。ギルハグラン教国聖道騎士である」

 男は純白のマントを翻し、誇らしげにそう名乗った。

「聖道、騎士?」

 俺は少々戸惑った。なぜなら、俺の中の騎士のイメージと、今目の前にいて騎士を名乗る男との姿が乖離していたからだ。

 マントは分かる。腰に剣らしきものも佩いている。が、鎧だと思われる物がどうにもおかしい。兜は俺の知るジェットパイロットの物に似ているし、甲冑は分厚くでかいブロック化された鋼板製のようだ。それが全身をくまなく包んでいて、所々にランプのような光が明滅している。その上、排気口らしき孔からは、ふしゅー、ふしゅー、と温風が吹き出ている。

 これ、どう見ても騎士って言うよりロボットだろ。米軍機械化部隊が装備してたパワードスーツにしか見えないんだが。あれにエレガンスな装飾が施された感じ。バッハ・ローダンとか言う男の姿は、それが一番近かった。

「見れば、凶獣ロックバイターに襲われ、難儀している様子。これを看過すれば、このバッハ・ローダンの名が廃る! ここは私に任せ、疾く後ろへ下がられよ!」

 バッハ・ローダンは腰の剣を引き抜き、堂々とした所作でロックバイターへと突きつけた。俺は今、近代的なパワードスーツと古典騎士の動作というコラボレーションを見ている。凄く不思議な感覚だ。

「ええー? あたしい、これから見せ場だったのにいー」
「それは残念だったなリンクル。でも、せっかくだからな。お言葉に甘えて下がろうぜ」

 俺はリンクルを引きずるようにしてロックバイターと遠ざけた。「やあーだあー」と悔しがるリンクルに、俺はつい「はは」と苦笑してしまった。

 

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