元暗殺者の神様だけど、なんか質問ある?

仁野久洋

強襲の異生体

 俺がうっかり消滅させた山からは、無数の光が天に向かって浮き上がっていた。

「見てえ。あれがねえ、グレッドが今、殺しちゃったみんなの生命だよお。グレッドに解りやすく言えば、魂ってことになるのかなあ」

 リンクルは魂たちへと手をかざし、俺にそう説明した。とんでもない数だ。まるで昔山奥のキャンプ場で見た、天の川のように光の帯が流れている。

「でもねえ、あれは普通の人には見えないんだあ。たまーに見えちゃう人もいるけれどお」

 リンクルの間延びした話し方からは、何の感傷も読み取れない。リンクルはただ無感動に光の帯を眺めている。

「そうか。しかし、それでも山一つ吹き飛んだわけだ。直に警察や消防、もしかしたら自衛隊も駆け付けるかも知れないな」

 そうなると、ここに長居しているわけにはいかない。即刻立ち去るべきだろう。そう思い、俺は足を踏み出した。どこに向かおうというわけではないが、ここではないどこかへ行かねばならない。

「え? 警察? 消防? じえーたあーい? きゃははははは」
「む? 何がおかしい?」

 今まで我慢していたが、これには流石にムッときた。口調も自然、きつくなる。

「きゃー、こわあーい。でもねえ、グレッド。警察も消防も自衛隊も、ここには絶対に来ないし来られないんだよお」
「なぜだ? これほどの大災害に、行政が無反応なはずがない」

 当然の考えだ。これを放置されたら、治安維持など無いも同然となるだろう。

「だあってここ、日本じゃないよ? それどころか、グレッドのいた世界でもないんだもおん」
「何? では、ここはどこなんだ?」

 言われて冷静に辺りを観察する。そして気付いた。山奥であるほどに必ず立っているやつが見当たらない。遠くからでも必ず見つかる、ばかでかいやつ。それは送電線の鉄塔だ。

「ここはねえ、ミルストロームって呼ばれている世界だよお。ええっとお、グレッドの感覚に一番近いのだとお、地球、かなあ?」

 俺は口を開けたままリンクルを見つめた。そうだ、呆然と見つめていた。つまり、この星の名がミルストローム、ということか? 世界どころか、星すら違うところに俺はいる?

「その中のお、ここはブルスベリッド大陸っていうとこでえ、さらにさらにい、その中のギルハグラン教国っていう国の領内なのお」

 全て全く聞いたことのない名称だった。教えられても一切ぴんとくるものがない。そこでふと思った。これはRPGなどのプレイ冒頭に似ているな、と。

「文明レベルはねえ、グレッドのいた世界だと、中世? あ、ヨーロッパだっけ? あそこらへんのお、むかーし昔の時代に似てるかもお」

 まさしくRPGだ。俺は軽い目眩を覚えた。

「ただねえ、グレッドのいた世界と違うのはあ」
「ん?」

 リンクルがにっこりと微笑んでおもむろに俺の背後を指差した。俺は特に疑問も持たず、素直に振り返った。そこには。

「……! な、んだ? あれはっ……!?」
「えっとねえ、あれは異生体の一種だよお。グレッドには、魔物、とかの方が伝わるかなあ? きゃははははは」

 森の中から木を押し倒して現れたのは、体高2メートルはあろうかという犬に似た六本脚の獣だった。口からはみ出し、これでもかと凶悪に光る牙と、頭頂部から突き出した長い角で、現実には絶対に存在しない生物だとひと目で分かった。

「じゃじゃあーん! あれは異生体の中でも凶暴なので有名なロックバイターっていう子だよお! あの子は人間が大好物だから気をつけてねえー!」

 リンクルが手をひらひらとさせてロックバイターなる異生体を紹介した。

「なんでそんなに楽しそうなんだよ、お前は!?」

 人を相手に遅れを取るような事はまずないと自負する俺だが、例え愛銃が手元にあっても、これに勝てる自信は無い。

「俺の専門は人間だ! こんな怪物は守備範囲外だぜ!」

 こちらに向かって地を蹴ったロックバイターに、俺はとりあえず毒づいた。


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