ダンジョン雲が誕生しました

解凍された右腕

4話共食い2

 黒森を真っ直ぐに進んでいき、曰わくありげな魔獣と何度かすれ違い、声を掛けるが一瞥しただけで通り過ぎてしまう。
 一方、目的の奴隷屋を営む商獣を探し、声を掛けるも、木の陰に隠れて逃げ去ってしまう。随分と警戒されている。恐らく新参者に対してはこのような対応を取るのが常識なのだろう。
 すると、巨大なリヤカーを引いた太った鼠男がこちらへ近寄ってきた。頭の頂点は円形に禿げ、その回りを飾る薄い毛。金の前歯が光り、惚けた黒眼をし、高めの声と、独特な早口の話し方をする。


「どうだい? お兄さん……奴隷買わないかい?」


「いらん……人探ししてるんや」


「そうかい……人探し?」


「共食いを知ってるか?」


「あんたら……穏やかじゃないね」


「いいや知らないね。たとえ知っていたとしても、情報料がなければ取引は不成立さ」


 惚けた表情とは裏腹に狡猾なようだ。玄奘はいち早くその真意を見抜いたのか、納得して頷き、金額を提示する。鼠は提示した条件に満足し、取引が成立し、笑みを零した。


「共食いはこの辺りじゃかなり増えてる……指名手配にされてる罪獣ざいじゅうが集まってその辺りの一族を資源や報酬目当てで皆殺し」


「報酬?」


「常識でいえば、報酬に関してそれぞれに微妙な差異がある。第一に人間が魔獣を狩れば経験値とコインとアイテムという報酬が貰える。第二に、魔獣が人間を狩れば経験値と所持品全てを獲得できる。ただし、コインは貰えない。第三に、魔獣が魔獣を狩ると経験値しか貰えない。そして、共食いはこの第三に異議を唱え、生き肝を共食いのリーダーに送れば、コインと送れるシステムを作った」


「馬鹿な魔獣がそんなことできる訳がないやろ」


「だが、現実問題そのようなシステムが出来上がっている。それを誰が構築したかは分からないがな。それで兄さんらは人を探してると言っていたな?」


殺獸鬼ジョーカー


「……」


 その名に絶句し、表情をひきつらせる鼠。明らかに何かを知っているようだ。アタカマラと玄奘は顔を見合わせ、再度問い掛けようと試みる。


「知っているか?」


「知っているも何にも……そいつと関わりを持てば必ず消されるぞ……覚悟は出来ているのか?」


 嘘を言っているようには見えない。殺獸鬼という魔獣は想像していたよりも、大物で危険な魔獣ということが分かる。アタマカラはまさか戻ることの出来ない地獄の沼へと足を踏み入れているとはこの時点では微塵も思っていなかっただろう。
 この時点で是が非でも引き返せば最悪の結末は迎えなかったと後悔することになる。ただ、仲間の野望を協力したいから前へ進むという想いを持って。それが如何に愚かだったかを悟ることになるとも知らずに。


「できてる」


「アタマカラ……でもな」


「いいんだ……お前の力になりたいんだ」


「……分かったで」


「端的に言えば殺獸鬼は鬼団キダンという共食いメンバーの一人。素姓は分からないが、相当腕の立つ剣を使う魔獣だ……長年の仲間でさえ暗殺も平気でやるような奴だそうだ……さてどうする続きを聞くかい?」


「ああ」


「それにしても見たところ兄さん達は強者に見えないな……あんたら程度じゃ殺獣鬼を倒す前に鬼団メンバーにやられるのが目に見えてる……だが、並々ならぬ憎しみだけはあるようだ……意外とそんな奴が強敵を倒せるんだ」


「そんなことはどうでもええ……鬼団はどこにいる」


「昼刻時、この北側の沼地で鬼団……の団員募集が行われてる……もしかしたら何か手がかり見つかるかもしれないな」


 そして、二人はその情報を手ががりに、沼地へと急いだ。
 それにしても、昼だというのに空は曇り空で暗い。烏獣が執拗に飛び回り、威嚇の声を森全体に発している。
 たどり着いた先に瓢箪型の沼地があった。黒緑の液体がたぷんたぷんと生き物のように蠢めき、一歩足をを掬われれば、飲み込まれてしまう。その脇に大きめのスペースがあり、そこに三十体程の荒れ狂う獣達が殺伐とした空気を醸し出していた。
 なせだろうか既視感を覚える。それは先の洞窟で見た光景であり、アタマカラにとってミノルに絡らまれた苦い記憶。
 それにしても、殺伐とした空気はより一段と深い気がする。レベルは200から300が当たり前であり、この場所がいかに危険ということは確実。本来、自身程度の実力では到底敵わない強敵ばかり。
 その中でも一番強烈な殺気を放つ蜥蜴炎兵リザードソルジャー。全身に迷彩色の武装、逞しい長く伸びた顎髭、インテリチックなパイプを口に咥え吹かしている。切れ長の両眼で、物凄い眼圧、不良の高校生のような口調で指示を出す。
 どうやらこの中で横柄な態度を貫き、皆が怖れているところを鑑みると、鬼団の一員であることは確かなようだ。


「おい! 次誰だ? てめぇらおせぇんだよ 早く沼地へ戦えっての!」


 急に急ぎ足になる大熊グリズリ蛇兵隊スネイクソルジャー
 そして、両者は沼地へと飛び込み、真ん中へと進む。闘いの火蓋が今まさに切られようとしている。両者はいざ殺し合いが始まると同時にスイッチが即座に変わり、憎しみの両眼へ。蜥蜴炎兵は無情の声で戦闘開始の合図。
 すぐさま轟音の絶叫が炸裂し、大熊の突進に対して、蛇兵隊が片手剣で押し込み、衝突。均衡を余儀無くされると、大熊の回転回し蹴りを腹の中へ流す、
 しかしながら、蛇兵隊の超合金仕様の防具に封じ込められ、反撃の突きを直線、斜めとニ連続攻撃を繰り出す、命中はしてるが敵の強靭な肉体の前でさほどダメージは与えられない。ここぞとばかりに三撃目の横からの打撃に変更する。
 が、しかし、大熊が一歩前へ退避し、更に沼地の泥を払いのけ、跳び、全身全霊の落下と共に鋭い爪を食らわすが、咄嗟の盾で激突。物凄い衝撃波がこの地帯に発生する。周りの魔獣達も感嘆の声を漏らす。
 だが、蛇兵隊の狼狽した表情が気になる。大熊の全身から漲るパワーが腕へと集中し、盾をぶち破り、そのまま蛇の心臓を抉る。空中に大量の血飛沫が飛び散り、力無く蛇兵隊が沼に倒れ込む。終了の合図と共に、蛇兵隊が沼へ吸い込まれた。呆気ない幕切れだった。
 そして、まるで生き物の手が亡骸を吸い寄せ、激しく揺れる様は怪物が沼の中で咀嚼しているようだ。その光景を嗤う周囲の魔獣達は狂ってるとしか思えない。そんなの光景を目にし、アタマカラ、玄奘は炎蜥蜴の元へと進み、団員試験に参加することを願い出る。


「すいません。団員試験を受けに来たのですが……」


「は? なんだてめぇ?」


「いや、だから団員試験を受けに来たんです」


「はぁ……分かってるよ……ったくだりぃな……てめぇら見たところレベル100……と……へ……レベル0かよ……マジ無理無理……てめぇらじゃ到底うちの団員には入れないぜ」


「いや……でも入団してから頑張りますんで」


「うちの団員に入るには最低でもレベル200は欲しいの……加えてめぼしいスキルが入れる訳がねぇ……しかもてめぇはレベル0……論外だわ」


「あ……」


 このようにはっきりと断られるとは意外に精神的にきついものだ。落胆するアタマカラを余所に、払いのけるようにして前へ出る玄奘。熱心な姿を見るからに何か顕著なスキルや能力があるように感じられる。


「ワイは資源獲得能力に長けています……財宝ハンタースキルを持ってる」


 炎蜥蜴の目の色が変わるも、一時考えを巡らす。財宝ハンタースキルを持つ魔獣は限られている。貴重であり、お目にかかることは早々にない。
 もちろん共食いをする上で戦力だけが絶対では、資源を強奪する力も重要になってくる。
 それは強力な共食いの一つである鬼団も例外ではないのだ。


「よし……そこの河童は試験を免除し、入団を歓迎する」


「ええ!」


「おおききに」


「あの俺は……?」


「はぁ……何? だからレベル0がこの鬼団に入れる訳ねぇーだろ」


「痛えっっ……何するんですか!?」




 アタカマラが軽く突き飛ばされると同時に女の子の悲鳴が聞こえた。蜥蜴もその悲鳴に興味を持ったのか視線をその先に向ける。
 そこには黒い牛の獣がいた。湾曲したニ角、顔中の回りに毛むくじゃらの毛髪、黒い皮膚をした巨躯。大きな鼻を荒々しくさせ、どうやら大声で誰かに怒鳴っている。周囲にはその光景を目にしようとする野次馬が集まっていた。


「野牛……か……」


「野牛?」


野牛バイソン
 レベル300。将来の最強牛の四天王に入ることが有力視されている。防御は一切しない、ナタで攻撃し相手を死に致しめるまで終わらない。超攻撃型。一撃必殺を成功すればどんな強い敵だろうと倒せる。


 そして、その野牛が怒鳴っている相手は白い毛をした女。ほとんどが人間と言っていい程で、残りが羊族の血が入っている。ショートカットのクリーム色のくるんとした髪の毛が傷み、薄布衣服もぼろぼろで、肉厚の肢体が露わになるもあざだらけ。右目は殴られたのか腫れていて開けられない。
 それから、右手を鎖で縛られ、意識朦朧としている。相当な仕打ちを受けたに違いない。
 一方、野牛がその鎖を握り、怒鳴りながら、強く何度も引っ張る。引っ張る度に羊女の痛みの絶叫が聞こえる。周りの野次馬達はその光景と音に興味が惹かれるのか、嗜むようにして見ている。涎を垂らす者いれば、参加しようとする者もいれば、ただ嗤いに興じるものさえいる。狂った魔獣達。
 玄奘はやさぐれた目をその先に向けながら、声を漏らす。


「奴隷やな……」


 野牛の怒号が益々激しくなり、羊女は既に萎縮し気絶寸前。赤い目玉がぎょろぎょろと動き、唾を喚き散らし、鼻息を荒々しながら、相手を怒鳴る。見るもの畏怖させる。
 とうとう、野牛の怒りは頂点に達し、鉈を斜めに振り上げ、羊女へと振り下ろした。
 その瞬間、怒りの頂点に達していたのは一人だけではなかった。もう一人いた。それは白い雲。


「何の真似だ?」


 突如として、黒い牛の前へ立ちはだかったのは雲人間。そんなの驚きの展開に野牛は動じることなく、ただ行動の意味を計る。 
 一方、周囲は反抗する雲人間の登場に、苛立つ者、珍しい出で立ちの魔獣と驚く者、対決だと騒ぎ立てる者とそれぞれ。玄奘は騒ぎ立ててどうすると落胆に近い溜め息。炎蜥蜴は何ができるのだと侮蔑の目で見ていた。


「この子が可哀想じゃないですか?」


「奴隷をいたぶって何が悪い?」


「許せない」


「ぁ? ハハハハハハなんだこの羊を助けるとでも言うのか? お前馬鹿だなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 野牛だけでなく、周囲の魔獣達も腹を抱えてお笑い。
 なぜならこの羊は魔獣の中でも下等種とされる亜人獣アジン。人間と魔獣の血が混ざった、不可解な存在と言われる。魔獣にとって人間は厭み、嫌われる存在であり、下等な非力な者だという思想がある。
 したがって、亜人獣は魔獣界隈では奴隷にされるべきとされている。
 だから、蔑み、殺される、対象である亜人獣を助けることは馬鹿げた行為なのだ。
 だが、アタマカラにとってそんな歪んだ差別、偏見、思想をどうにか出来るとは思ってもいないが、現に苦しめられている魔獣を放置したたまま見過ごすことは出来なかった。いや、以前彼ならばそのまま放置し、立ち去っていたはずだろう。
 しかし、今は違う。彼は雲人間になったのだ。決意して、このダンジョンで第2の人生を歩むんだと決めた。
 だからこそ、ここで誤った道へ踏むことは自ら決意した信念に反するし、いずれ以前の堕落した自身に戻っていくことなってしまう。


「闘えよ」


 先程まで低姿勢だったアタマカラが急に喧嘩腰の目つき、口調へ変化した事に野牛の腸が煮えくり返り、巨大な真ん丸の両眼を釣り上げ、大きな足踏みをして、決闘の承諾をする。


「いい度胸だ……殺るか」


「……」


 野牛が首を捻りながら、さも今にも犯すかのようにアタマカラの若い勇者の目を睨む。周囲の野次馬共は面白そうな決闘が始まるということで凄まじくボルテージが上がる。
 それは当然のように負ければ確実に死が待っているという命懸けの闘いということを感じる。
 だからこそ、これほどの盛り上がりが起きるのだと納得せざる負えない。本当になんて悪趣味な魔獣達だろうか。嫌気がさしてくるし、この闘いは絶対に負けられない。こいつらの歪んだ喜ぶ結末を迎えてはならない。


「俺が勝ったらその子を解放しろ」


「いいだろう……奴隷契約破棄してやる……その代わりこちらが勝ったら……そうだな死より辛いもんを味わせてやりたいからな……お前が奴隷になれ」


「ああ」


「よし……決闘は全身が泥地に付いたら負けだ……もちろんこのフィールドから逃げることも負けだ」


 そして、沼地にてアタマカラと野牛が対峙した。周囲の大半は野牛の勝利に疑いわなかった。数々の修羅場をぐぐり、何体もの強敵を打ち破ってきたのだから。よく知る蜥蜴炎兵も同様だった。自らの15番隊長として率いる隊の部下である将来を有望視された野牛が負けるはずがないと。いや、負けてはいけない。
 そうでなければ、この隊に明日からいないと非情な思いも持ち合わせていた。
 そして、両者の間で戦火の灯火が燃える。先手を打ったのは野牛。駆け引きを考えず猪突猛進で鉈を手に襲いかかる。へばりつく泥を強靭な足腰で全てを追い払い、大きく腕を振り上げ、斜めと振り下ろす、
 しかし、一瞬の雲集霧散によって、攻撃は霧が分散しただけだった。この高度な回避に野牛だけでなく、周囲も驚き、称賛するものもちらほら。
 だが、大半が回避したのはまぐれと囃したてる。そんな声を掻き消すようにアタマカラは霧散した先で、分身のスキルを発動させ、雲人間を四体変化させ、同時の雲の拳で勝機を賭ける。
 そして、そのまま雲の拳が顔や腹に直撃し、野牛がうぅと少し唸るも、ニタリと笑い、強靭な肉体が突如として倍化し、血管が凄まじく浮き上がり、鉈を円状に振り回す。咄嗟に苦し紛れのアタマカラは雲集霧散で何とか回避する。
 しかしながら、その回避した先で休憩インターバルの実体が戻ることを予測していた野牛がアタマカラの背後を取り、鉈の斜め斬りを炸裂させ、押しの足蹴で腹を蹴り後ろへと追いやり、激痛で硬直状態にさせる。


「はぁはぁはぁはぁ……」


「なかなかやるな……お前……これだけオレとやれるなら相当だ」


「そうか……じゃ俺もまだまだ弱いってことか」


「随分威勢が良いなぁぁあ!!」
 野牛は鉈をもう一本取り出し、身体中が更に倍化し、黒い怪物と化す。アタマカラの2メートルを雄に超える大きさ、明らかに攻撃力が段違い。しかも、この野牛は他の牛と比べると、冷静で、狡猾、非常に厄介な相手になるかもしれない。
 そして、周囲からも、口々に奴隷にするために活かすことはせず、確実に仕留めることを優先したと聞こえてくる。
 一方、野牛の上司である蜥蜴は意外ないい動きをするアタマカラに徐々に興味が惹かれ、それとともにレベル0だったはずがレベル300までに著しく上昇していることに気づく。通常あの短時間でどう足掻いてもこれ程の上昇をすることありえない。未だかつてのこの鬼団にそんな新人はいない。
 もっとも、驚きなのが自然力が999ということだ。
 だが、それでも、我が部下で野牛が負けるはずはないと確信していた。もし、負けるようことがあれば……。
 すると、かきんかきんと金属音を三度鳴らして、猪突猛進。
硬直したアタマカラに為す術はないが、それでも反撃するしかないと思い、渾身の右の拳を繰り出す。
 だが、その程度の小手先の技は脆く崩れ、顔面に怪物の突進を全て喰らい、はちきれるかのように空へと吹き飛ばされる。顔は物凄く腫れ、身体中は全てがぼろぼろで痛い。
 そんな時、虐げられた羊女を思い出し、絶対にこの勝負には負けられない。ここで負けたら以前のような逃げ続けの人生へ戻ってしまう。
 アタマカラは叫ぶ。


「俺は雲なんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 アタマカラは驚異の速度で落下し、渾身の連続の拳を野牛の顔や腹へと直撃させる。
 どれも致命傷寸前の破壊級の拳。異常な攻撃は見た目だけでなく、ステータスも示す。連続連打で野牛は後ろへ後ろへと追いやられ、殴られる度に獣の呻り声と血液が飛び散る。周囲もアタマカラの起死回生の攻撃にヒートアップし、だんだんとアタマカラを応援をし始める。
 一方、玄奘は冷静に見守り、戦況を確認し、アタマカラが勢いに乗り有利だが、野牛の力はこんなものではないはずだ。いずれは牛の四天王に名乗りを上げることが有力視されている一族、ここで負ければ一族に汚名を着せるをことになる。その相当な責任を背負い彼は今あそこに立っている。
 ならば今の状況を打開するべく、次は強力な一手を打つはず。それは冷静に戦況を見守る蜥蜴も同様だ。
 連続連打に耐えかねた野牛は全身から水の魔力を発動し、その霧散する水圧でアタマカラを吹き飛ばし、咆哮をする。野牛は元々水牛を祖先に持つ、窮地に立たされると、水の魔力を発動する。
 すると、荒れ果てた野牛は既に白目にし、大きな鼻からもくもくと煙を吹かし、興奮状態、周囲は水の渦に囲まれ、一切の泥を受け付けない。


【怒りの野牛】
 普段は冷静な戦闘を好む。しかし、格下相手に不利な状況が続くと冷静さは失われ、興奮状態になり、水の魔力を獲得する。
 やはり、牛は怒りが力の源である。ちなみに怒った牛は手がつけられない。


 二つの鉈を捨てた瞬間、野牛が跳び上がり、斜めの凶悪な水力の掌が落下し、アタマカラの顔面を吹き飛ばし、途轍もない衝撃波が発生する、それだけではなく、また迅速な速さで背後を取り、頭を無理矢理にこちらに向かせ、顔面をおもっいきり爆裂させ、吹き飛ばし、それを繰り返す。
 憤怒の連続と言われる怒った時の野牛の十八番と呼ばれる。周囲の怪物達は滅多に見られない野牛の怒りの攻撃で興奮は最高潮に達する。
 それは、野牛も同じように空へ跳び、既に為す術なしのアタマカラへ落下し、衝突した瞬間、巨大な水柱が炸裂し、場内を沸かせる。誰もが勝敗は決した思った瞬間、落下した先の沼地には興奮した野牛しかいなかった。
 危機を察知したか背後を見ると、瀕死寸前のアタマカラがいた。よくあの攻撃から回避したと相手に称賛する一方、自らの非力さに段々と怒りが湧き上がってくる。
 けれども、次の攻撃は回避できないだろう。あの一撃必殺の攻撃で確実に仕留めれば良い。


「ついに出るか……」


 魔獣達の間でそんな恐れのような声が聞こえる。アタマカラは何か目星しいスキルを獲得できない限り次の攻撃は絶対に回避できないし、対抗が出来ないだろうという直に感じる。生死を賭けた悪寒のような。ダンジョンへ来て今までにない死への恐怖。
 だけど、今までに無く充実してる。以前ならこんなに真剣に敵と戦うなんてなかっただろうし、このような充実した経験を味わうことは一生なかっただろう。


「よっしゃ……燃えてきた……俺は絶対お前を倒す!」


「グガァァァァァァァァァァ」


 その挑発に闘牛は激昂し、身体中から水の爆散させ、水のシールドを構築し、絶対防御を完成させる。内は荒々しい闘志が、外は静謐な水の魔力、矛盾する様は野牛の性格を現し、戦闘において冷静な殺し屋だが怒り出したら暴れる水牛。その差が相手を畏怖させ、震え上がらせる。
 そして、水牛の湾曲した白の角が見る見るうちに倍化し、身体よりも巨大と化した。その巨大な角を左右に振り回し、上下に泥を撒き散らし、それから足踏みを慣らして、攻撃態勢を整える。明らかにその巨大な角を軽々持ち上げてる時点で野牛の底知れぬ強さと絶対に怒らしてはいけないということが分かった。
 だが、こちらも出任せで挑発をした訳ではない。それは、勝算があるからに他ならない。というのも、このダンジョンで闇雲に馬鹿の一つ覚えのように敗北や勝利していた訳ではない、ゲームの知識をフル動員し自分なりに戦闘について考え、実行してきた。
 それでもあの不可解な能力の上昇という疑問は分からずじまいというの残念な結果に終着する、だが、一つ分かったことがある。雲になりたいと強く願えば、力が漲り、自然の一部化した感覚になる。この願いこそが自身を強くさせる。
 だから、今自身が出来ることは雲になると願うこと。そうすれば、必ず強くなり、きっとこのダンジョンを生きて行くことができる。その願いが天へ聞き届けられると同時に、身体中の雲という粒子全体から騒ぎ出し、黄金に煌めく。
 突如として、女の声のアナウンスがスキル獲得を告げる。画面に表示される願った末に獲得したスキル。


大寒波シベリアレベル3】
 天上ランク。寒さで周囲を震撼させ、凍らせる。また、広範囲から限定的に範囲を決められる。地形変動系スキル。


 強烈な吹雪が一帯に吹き荒れ、その吹雪を纏う、炎のように揺れ動くアタマカラ。対して巨大角を振りかざす野牛は咆哮し、吹雪を打ち消し、水のシールドを盾に今まさに猪突猛進しようとする。


【水牛の一撃】
 必ず一撃で相手を死に至らしめる。しかしながら、必ず敵と衝突しなければ、成功しない。さらに衝突した上で打ち勝たければならない。そして、打ち勝った場合、角が黄金に光り、食らった相手は息の根が止まる。


 次の瞬間、野牛が、凄まじき勢いで一直線に走り出す。
 一方、大寒波の吹雪が巨大なアタマカラを構築し、全身全霊で呑み込む。
 そして、激突し、時が止まったかのように静寂し、光が全体を照らし、再開した頃には強烈な爆発が起こり、泥も、木々も、周囲の魔獣も一瞬で吹き飛ばす。その破壊力は途轍もないものだった。
 それから、闇だった天の雲はいつの間にか消え去り、一差しの光が射し込み、煌めく粉雪が空中に舞い散った。周囲の大半の魔獣達はあまりの衝突の衝撃に気絶し倒れていた。
 その後、沼のはずの地は凍結し、氷上で変化し、その真ん中に白い雲人間が苦しみながらも、何とか立ち尽くしていた。その真下にいるのは氷で固まった黒い野牛。野牛の全身は蝋のように氷が垂れ、その器官に至るまでも凍結させようと着実に進行を重ねていた。何とか立とうと右手を伸ばすが、氷結の侵攻は心臓へ迫り、生命を奪った。
 

コメント

コメントを書く

「現代アクション」の人気作品

書籍化作品