山羊男

激しく補助席希望

#2 宗教団体:『山羊神の宿』の場合


 薄暗い部屋に案内されて、部屋の中央に座らされる。





「心配しなくて良いのですよ。もう何も恐れる事はありませんから。」




 そう、後ろから声を掛けられたが、心は一向に鎮まらなかった。

 辺りは赤いロウソクで飾られて、部屋の中央には何やら黒いペンキで大きな魔法陣が描かれている。読めない言語で文字がびっしりと書き込まれていた。そしてその魔法陣の後には、様々な供物と、御神体である山羊の像が置かれていた。


 山羊と言ってもただの動物では無い。顔が山羊で、首から下は人間になっている。どの宗教にだってこのような姿の神は居ないし、むしろその逆、悪魔を立体化させたような姿をしている。





「あなたの人生は、これまでどのような物でしたか?」


 優しく緩やかな口調で代表が話しかけてくる。



「…私は不貞を続けて家庭を捨て、その後は明日の命も省みず悪の限りを尽くし、金を借り、また金を盗み、数多の人の命を奪ってきたどうしようもないクズです。」




「…それも今日で終わります。あなたの罪は清められ、ここ山羊神やぎがみの宿で生まれ変わるのです。」



 フードを目深に被った顔の見えない人物が両サイドから近付いてくる。




「さぁ、その者達に穢れた紙幣を渡しなさい。」


 抵抗はあったが、大人しく用意した今までの悪事で稼いた金の札束を差し出す。



「その紙幣は神の恵みでもある聖水にて清められ、あなたの免罪符として生まれ変わります。」



 フードの2人組が札束を金属製の器に置き、瓶に入った液体を掛ける。その途端に、物凄い化学薬品の様な悪臭と共に、札束が溶けていく音が聞こえる。この臭いはインクが反応しているのだろう。




「施術には少し時間がかかります。それまでの間、神の像の前にて今までの罪を全て思い返して心静かに待ちなさい。ひとつも残らず思い出し、それらの罪を全て免罪符に込めるのです。」


 フードの2人は部屋から退出したようだ。後は代表と部屋の中で2人切りになった。

「本当に、私の罪が清められるのですか?」

「安心しなさい。この世に清められない罪は無いのですから。」












しばらくの間、お香と音楽で瞑想をしていると再びフードの2人組が入ってくる。


「それではこれより、免罪の儀を行います。」

 後ろの大きな扉が開かれ、何人もの信徒が入ってくる。


「さぁ、救いの山羊に、賛美の詩を。」


 信徒達はそれぞれが神を讃える言葉を紡ぎ出す。

 フードの2人組が元紙幣だった物を捏ねて形を整え、器具を使って薄く伸ばした物を今度は炎で炙る。

 …10分程でそれは1枚の厚紙に変わった。



「さぁ、免罪符の完成です。今まであなたの語っていた名前と、これから新しく生まれ変わる魂の名前を血で書きなさい。」




 小さく歪な形をした、儀礼用のナイフを代表から手渡される。





 …従うしかない。そのナイフで左手の掌を切りつけ、出た血を筆に付け、名前を書く。












 その途端。


















 信じられない事が起きた。









 先程までどう見ても石像だった御神体が、目に生気が宿り動き出したのだ。








「おぉ…」「おおぉ!」「聖なる山羊が降臨された…」








 毛の質感も、息遣いのある開いた口も、光を宿した特徴のある瞳も、血管の浮き出た手、指先、爪…







 どこをどう見てもそれは生命の輝きを見せる物だった。いや、そう変わった。






「な、なんだよこれ…」

















「恐れる必要はありません!!」














 後ろから掛けられる、代表の大声に驚かされた。






「目を背けてはいけません!今、あなたの罪を全て許す為に神は山羊を遣わされました。それは、あなただけの神の遣いです!!」









 代表が後ろから肩を掴んでくる。凄まじい力だ。逃げられない。




「さぁ!!あなたの罪を認めて、免罪符を山羊に捧げなさい!!」








 頭が山羊、身体が人間のそれは、どんどんとこちらに両手を広げて近付いてくる。








「ひっひぃ!山羊が!!山羊が来る!嫌だ!!やめ…
 































「メヴゥェェエエェェェヴヴェェェググェェ嫌だェメェェェェエエェエエェエエェェェヴヴヴェエェエやめエェエエェェ助けェヴェェヴェェゲェうわぁぁェェェエエェエェ…」



























 何十人かの拍手喝采、叫び声、人の争う音、そして何か動物の様な鳴き声…








 ボイスレコーダーの記録は、そこで終わっていた。


つづく

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