SS 創作小説

色鳥

『終わりは、君にあげる』 ※BL


君の香りが俺を誘ってる。

さっきから、もうずっと我慢してるんだけど、そろそろ限界に近い。

電車ってさ、好きなんだけど、こうも人が一杯だと辛いって。

密着した体に、神経が集中してしまう。
君が息苦しそうに漏らした声が、俺に変な事を連想させる。

「平気?」

俺はちらっと下に目をやって、押し潰された彼を見た。

「う、うん…はぁ…っ大丈夫だよ」

人口密度が高くて、体温が上昇しているのだろう。

彼は頬を赤くして、大きく息を吸い込んだ。

その妙に色気を含んだ仕草に、俺の鼓動が突き動かされたように早くなる。

もうダメだ。

元々俺はそんな大層な理性は持ち合わせていない。

腰に回していた腕が、ゆっくりと、撫でるように動いてしまった。

彼の体がビクンっと小さく跳ねる。

バレたかな?

彼は体を硬くして、両腕で口元を押さえ、俯いている。

ますます赤みの掛かった頬に、思わず俺の口の端が上がる。

ああ、こんな事しちゃいけないとは思うんだけど。

健気にイタズラに耐える彼が可愛い。

俺がズボンの中に指を滑り込ませると、硬直した体を震わせている。

彼はいつも複雑に色々な事を考えている。

今も、きっとそうだ。
最悪の想像をアレコレ浮かべて、何も出来ずにいるのだろう。

彼のうるさいくらいに高まった心臓が、服越しに伝わる。

頬には冷たい汗が浮かんでいる。

怖がってる、怖がってる。

実際、バレた時の事を考えると俺の方が怖いんだけど。

俺は電車の音も聞こえなくなるくらい神経を集中して、彼の肌を確かめるように指を動かしていった。

滑らかで、手に吸い付いてくる。
彼の白い肌。

ああ、やめられない。
止まらない。

「……ひぁっ」

我慢出来なかったのだろう声が、彼の小さな唇から零れた。

車内中に響いてしまったのではないだろうか、と言う程不安な顔をして、彼は俺の服の裾を握り締める。

大きく音を立てて走る電車の中で、俺にすら聞き取れるかどうかの声なのに。

その姿に、俺までドキドキしてしまう。

息を荒くして、目を潤ませた君、プラス、ちょっとした罪悪感が、俺の心を煽る。

これ以上、興奮させないでくれよ。

急に、彼は俺に抱き着くように、腕を回してきた。

思わぬ行動に、嬉しくて顔がにやけてしまう。

「何?」と小声で訪ねながら、それでも、彼の怒った時の様子を想像し、体に緊張が走った。

固く閉じた奥を摩るように愛撫する手を止めずに、彼の出方を待つ。

「ね…ぇ…」

彼は切れ切れに、俺を呼んで、抱き締める手に力を込める。

もしかして、もうバレてる?

さっきとは違う意味でもドキドキしながら、俺は彼の顔を覗こうとした。

しかし、彼は顔を俺の胸に押し付けたまま、中々上げてくれない。

「…どうした…?」

その瞬間、キーッとブレーキの音がして、電車が大きく揺れた。

俺は彼のズボンから慌てて手を出し、抱き寄せて体を支えた。

すると、彼は突然顔を上げ、驚いたように、大きく目を開け俺を見た。

俺はその仕草を疑問に思いつつも、開いた扉に、慌てて腕を取り、電車を降りた。

「お前だったの?!」

ホームの隅で、第一声に大きな声で言われて疑問が解ける。

ああそっか。
ズボンから出した手でそのまま抱き寄せちゃ、バレるよな。

「……っっっ」

わなわなと真っ赤になった彼に、俺は「しまった!怒られる!」と身を縮めた。

…なのに、落ちて来たのは、ボロボロと零れ落ちる涙。

「ちょっ…?」
「良かった」
「へ?」
「お前で…良かった」

怒るより先に表れた安堵。

「お前以外の人に好きなようにされてると思うと、怖くて、申し訳なくて…。本当に、お前で良かった」

優しく笑ったその顔に、呼吸が止まった。

あ、ダメ。

今がきっと人生の頂。
もう、このまま殺して下さいな。

俺は自分が何処に居るのかも忘れて、間違いなく世界で一番可愛いその人を腕の中に掻き抱いた。

〈完〉

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