撃たれるまで

神田アキラ

社内泥棒1

金を持つ者は、時に悪人じみた事をやるとよく聞く。
しかし礼二れいじは特に悪い事はしてこなかったし、かなり苦労した方だと思っている。親が億万長者だとしても、子供に富を与えるとは限らない。
高波たかなみ会長」
なのにあの悪夢は何だ? 礼二がなにをした?
子供の頃からそんな仕打ちを受ける筋合いはない。
「高波会長? 礼二くん?」
我に返り顔を上げると、礼二の叔父でもある清水(しみず)社長が心配そうに覗き込んでいた。
「あ、はい」
礼二がやっと返事をすると、社長はまた泣き顔に戻り、社長室のソファーにやや太り気味の背を預けた。
こんな立派な部屋で大の大人が泣きそうになってるとは、誰も思うまい。
「だから、出るんだよ、ここ!」
叔父が言う。
「え?お化けが?」
なら勘弁してもらいたい。礼二はお化けや超常現象的な話が大嫌いだ。
怖いし。
「そんなわけないだろう!泥棒だよ、泥棒!」
「なんだ。そうですか」
曖昧な返事をする甥に、清水はまた泣きそうになる。
「なんだ、じゃないよ!助けてくれよ、礼二くん!このままだと会長たちに何言われるか……」
たしかに、清水はあまりグループ内で良く思われていない。所詮は高波の娘と結婚して得た社長席だと。
だが礼二は叔父がちゃんと努力していると知っている。子供の頃にもよく遊んでもらった優しい人だ。
「任せてください、叔父さん。私がなんとかしましょう!」
礼二が立ち上がって言うと、清水社長は嬉しそうに甥の手を握った。
「たのんだよ、礼二くん!」

***

「どうしました、会長?」
車に戻るなり、運転手兼秘書の竹田が聞いてきた。初老で眼鏡を掛けた彼は、昔から礼二の面倒を見てきた非常に落ち着いた人だ。
「どうやら叔父さんの会社ところに泥棒が出るらしい」
「疲れている様ですね」
竹田は返事を無視して訊いてくる。何も言わずとも察しているらしい。
「また例の夢を見たよ」、と礼二は白状する。
微かに揺れる後部座席で頭を窓に預け、何かしらの反応を待っていたが、竹田はそれ以上何も言ってこなかった。
「カウンセリングとか、ストレス解消法だとか、もうネタ切れか?」
礼二が訊くと、彼は短く唸る。
「もう大抵の事は試してきました。それでも治らないと仰るなら、超常……」
「やめてくれ、竹田!」
想像以上にデカい声が出てしまった。礼二は深呼吸してから続けた。
「の、の、の、呪われてるとでも言いたいのか?!馬鹿馬鹿しい!呪われるほど恨みを買った覚えなど無い!」
「呪いの存在否定はしないのですね」
鼻息荒い礼二を刺激しないためにも、運転は静かに行われた。しばらくすると、もう夢の事など忘れていた。しょっちゅう見るのは確かだが、毎晩という事はない。疲れてしまえばぐっすり眠れる。
次は何の会議だったか?確か製薬会社だ。これまた面倒な。礼二は医学や生物学などさっぱりだ。早く適任な者を見つけて、任せなくては。
何気なく窓の外を見ると、大学生らしき男女が沢山、忙しく、しかし楽しそうに歩いていた。
そんなに昔でもないのに、大学生時代が懐かしい。
今よりは楽……でもなかったかもしれない。
そんな思いに耽っていると、窓のすぐ近くを人が通りすぎた。
「竹田!止まってくれ!」
さっきよりさらにデカい声が出た。竹田が「えぇ?!」などと素っ頓狂な声を上げているが、礼二は走行中にもかかわらず降りてしまう勢いだ。
多少乱暴に車が止まると、礼二は慌ててさっきの通行人を探した。
「ちょっと!君!そこのあなた!」
色んな人が振り返るなか、やっと目当ての娘が振り向いた。
長い三つ編みの若い女の子は、怪訝そうに礼二を見ている。ナンパか怪しい勧誘だと思われてるかもしれない。
しかし礼二は怯む訳にはいかなかった。
彼女こそ。
子供の頃から見るあの悪夢の中心人物なのだから。


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