カイカイカイ…

霜月 秋旻

やさしくなりたい

___あたしはだんだん、この仕事を続けていくことで、あたしにとって大事な何かが壊されているような気がしてならないの…


さっき、喜与味は僕にそう言った。人が自分で壊すことができずに困っているものを代わりに壊す。それが僕ら壊し屋の仕事だ。それを続けることで、僕らも自分にとって大事なものを壊している。これ以上、自分には壊れて困るものなど無い。そう思い込んでいた。しかし、違った。


___お前は、本当はいい人ではない。お前は、悪人なんだ。無理に善人であろうとするな。いままでお前がしてきたことは、本当の自分に嘘をついた、偽善にすぎない。開き直れ。自分の心に嘘をつく必要がない。これからは、とことん悪人になれ


僕が壊し屋になって間もない頃、シロウさんはそう言った。僕はその言葉を信じて、悪人になりきろうと決意した。そうすることで、人の物を壊すことに対して何のためらいも生じることなく、今まで仕事をこなせた。わくわくしていた。人の物を壊すことで、その持ち主が困惑する様子がたまらなかった。自分は悪い人間。悪人。誰にどう貶されようとかまわない。痛みを感じない。はずだった。


ある程度、仕事に慣れてきたある日のことだ。ある男性から、「元カノの家にある、自分の所有物を壊してきてほしい」と依頼が入った。その男性は、他に好きな人ができたので、その元カノを振ったのだ。
元カノに、罪は無かった。悪いのは、心が移った依頼主である男性。しかしそんなことを考える必要が、僕ら壊し屋にはない。僕はただ、依頼されたものを壊すことだけを考えればいい。そう、自分に言い聞かせ、仕事に臨んだ。
そして仕事は、あっけなく終わった。元カノが家を留守にしている隙をみて、彼女の部屋にある、依頼主との思い出深い品をすべて壊した。依頼主と彼女が映った思い出の写真や、依頼主が彼女にプレゼントしたものをひとつ残らず壊した。
しかしあとから、後悔が僕を襲った。壊した物のなかに、依頼主と、その元カノが一緒に映っている写真があった。幸せそうに笑う二人の顔が映った写真。それを壊す瞬間、ほんのわずかではあるが躊躇いが生じた。結局は壊してしまったが、あの写真は、幸せの象徴だった。あの写真からは、温もりが感じた。あの写真は、壊してはいけないものだったのかもしれない。依頼主は、元カノに自分のことを早く忘れてほしいという優しさで壊し屋に依頼したのかもしれないが、元カノは、それを望んではいなかったはずだ。そう思うと、僕の体は震えが止まらなかった。自分は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。ばらばらにちぎれた写真をみて、彼女はどんな気持ちになるだろう。せいせいするのだろうか?
僕の勝手な思い込みなのかもしれないが、写真に映っていた彼女はきっと、心が純粋な女性なのだろう。いつも笑顔を絶やさない、優しい女性。僕は彼女に、いつまでも写真のように笑顔でいてほしい。幸せでいて欲しい。彼女が悲しむ顔など見たくない。しかし結局僕は、写真に映る彼女の笑顔を、かけがえのない思い出の象徴をハンマーでめちゃくちゃにしてしまった。取り返しのつかないことを僕はした。壊すのは容易い。しかし修復するのは困難だ。
僕は人の物を壊し続けていくうちに、人としての常識、温かい感情、幸せになる資格のようなものも一緒に壊していた。なんでも壊すマシーンのようになりつつあったのかもしれない。しかしあの写真がきっかけで、心の中に潜んでいた温かいものが、蘇りつつあった。


___人に嫌な目で見られたくないから、そうやっていい人ぶってるだけなんじゃないのか?


シロウは僕にそう言ったが、たしかにその通りだ。それの、何が悪い?僕は、人に嫌な目で見られたくは無い。嫌われたくは無い。僕はいい人ではないのかもしれない。しかし、いい人になりたい。人にやさしくなりたい。


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