カイカイカイ…

霜月 秋旻

筆談論争

それから僕と喜与味は階段を昇って防空壕をあとにし、ブックカフェ<黄泉なさい>で筆談をした。僕らのほかに、いつも本を読んでいる学ランの少年、それから顔を知らない客が三人ほどいた。志摩冷華の姿は無かった。
『正直、驚いたわ。まさか快くんも、壊し屋にスカウトされていたなんてね。もう、会うことはないと思っていたわ』
『僕も、君とはもう会うことはないと思っていた。いつから壊し屋に?』
『あたしが、<キヅキの木槌>で自分の部屋を壊したあとよ。キヅキに導かれてこの<黄泉なさい>に来て、<解の書>を読んで心が晴れ晴れした後。キヅキにつれられて、あの防空壕で、シロウさんに会ったの。そして、スカウトされた。極秘中の極秘だったから、あなたには話さなかったけどね』
つまり、喜与味の部屋が荒らされて喜与味が行方不明になり、頭を丸めて登校してきたあのときにはすでに、喜与味は壊し屋になっていたということだ。そんな以前から。
『ねえ快くん、あなたは今まで、人のものを壊してきてどう思った?』
『どうって?』
『シロウさんは、物に依存した人々を解放するため、今の世の中を変えるために、秘密結社カイカイカイをつくったのよね。そうして今の世の中をぶち壊すことが、この森を支配している、夏目宗助の霊を成仏させることにつながると信じているのよね』
『そうだね』
『あたしには、正直それが理解できないの』
『理解できないって?』
『あたしは、その夏目宗助の霊の願望が、自分を死に追いやった世の中への復讐にしか思えないの。人々を解放させる、世の中を変えるといった目的ではなく、ただ単に自分の自己満足で、人が困惑したり悲観する様子を興味本位で見てみたいだけにしか見えない』
『でも、僕は今まで、僕が人の物を壊すことで、その人が依存から解放された例をいくつか見ている。僕が担当した依頼のなかで、依存していた物を壊されることで、前に進めるようになった人間を何人か知っている。僕自身、君に自分の部屋にあるものを壊されて前に進めた気がしている』
『本当にそうかしら?』
『どういうことだよ?』
『たしかに、自分の力で壊すことができないものを、他人が壊してくれることで、自分がそれに依存していたことに気付くことができるのかもしれない。なんで自分はこんなにも、くだらないものに執着していたんだってね。でも、皆が皆、そうとは限らないでしょう?本当に大切なものをあたしたちに壊されて、悲しむ人だっているんじゃないの?あたし達を恨む人たちだっているんじゃないの?』
『元々僕らは、人に恨まれることを覚悟の上で、人の物を壊していると思うけど』
『そうかもしれないけど、あたしはだんだん、この仕事を続けていくことで、あたしにとって大事な何かが壊されているような気がしてならないの…』
『それってなんなんだよ…』
『わからないわよ』
僕らは、書きなぐるように筆談を繰り広げた。その様子を、いつも本を読んでいる学ランの少年がちらちら見ている。やがてその少年は読んでいた本を閉じ、立ち上がって僕らの前を通り過ぎた。そのとき、その少年の体に僕の背中が少し触れた。その触れた瞬間、背筋が凍りつくような感覚を覚えた。まるで人の体温を感じない。冷気の塊が触れたような感覚。彼は人の形こそ保ってはいるが、生きた人間ではない。それを感じ取った。
僕はその少年を追って、<黄泉なさい>を出た。

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