カイカイカイ…

霜月 秋旻

罪悪感

その翌日の夕方。依頼人の細川さんは、ターゲットの梨絵を夜のデートに誘った。そうすることによって、家を留守にさせることができる。その間に、彼女の部屋にあるぬいぐるみをすべて破壊する計画だ。
家のドアノブに指紋が残らないよう、僕と笹井さんは薄手のゴム手袋をした。そして細川さんから預かった、梨絵の家の合鍵で、僕と笹井さんは彼女の家に侵入した。ここまできて、僕は不安になった。勝手に人の家に入ったことで、既に不法侵入だ。罪に問われるのが恐くなり、体が震えてきた。
「あの、笹…サイさん、やっぱりやめませんか?人の家を盗聴したり、不法侵入したり、さらに人の大事にしているものを壊すって、人の道に反してますよ。犯罪ですよ」
「カイ、あなたはそれを承知して、秘密結社カイカイカイに入ったのではないのですか?店長から説明はあったと思います。依頼されたものを壊すためなら、たとえどんな罪を犯そうとかまわない。我々カイカイカイの人間は、なにもかも失った人間で結成されている。壊し屋には、器物損壊罪はもちろん、不法侵入で捕まる覚悟もあります。もっとも、捕まる気はさらさらありませんが。さあ、彼女の部屋に行きますよ。彼女の部屋の合鍵もちゃんと持ってます」
笹井さんと僕は歩を進め、彼女の部屋の前まできた。そして鍵を開けて中に入った。昨日監視カメラ越しにみた映像そのままだった。部屋中を埋め尽くすぬいぐるみ。しかも、そのぬいぐるみはどれも、同じキャラクターだった。同じキャラクターのぬいぐるみが、それぞれ別の格好をしているものや、別なポーズをとっているもの。彼女は、このキャラクターを愛していたのだ。このキャラクターに執着していたのだ。
「コレクターというわけね。もっとも、なにがきっかけで彼女がこんなにこのキャラクターに依存しているのかは知らないけど。さ、始めるわよ」
笹井さんの右手に、<キヅキの木槌>が出現した。そして彼女は木槌を振り上げ、まずベッドの上に寝そべっている大きなぬいぐるみめがけて振り下ろした。一瞬。キャラクターの形を成していたそのぬいぐるみは、一瞬のうちに無数の綿ゴミと化した。
それから次々に、部屋を埋め尽くしていたぬいぐるみ達は粉々にされていった。とまらない暴行。僕はその様を、止めることなくただ見つめるだけだった。ぬいぐるみだらけの夢のある梨絵の部屋は、笹井さんの手によって一気に綿ゴミまみれの廃墟と化した。容赦なくぬいぐるみを綿ゴミへと変貌させていく笹井さんの顔は、少し笑っているようだった。物を壊すことに対して、快感を得ている。壊すのが楽しくて仕方が無い。物を壊している彼女は、とてもいきいきしていた。人の物を壊してはいけないという、人として当たり前な常識など、彼女はとっくに捨てているのだろう。だからこうして、何の抵抗もなく物を壊せるのだ。何の感情もなく。
「さ、立ち去るわよ」
部屋にあるすべてのぬいぐるみを壊し終えると、笹井は<壊の書>を床に置いて、何事もなかったように笹井は<キヅキの木槌を>消して部屋を去った。僕は、部屋に散らばっている残骸を目にして、かつて喜与味に壊された、自分の部屋を思い出していた。僕の部屋にあったものは、殆どが人から貰った、僕にとっては別にあってもなくてもいいものだった。しかし今、笹井さんが壊したものはどうだ?この部屋の主である梨絵にとって、一番大切なものだったのではないのだろうか。帰ってきた梨絵は、この残骸まみれの部屋をみてどう思うだろう。それを考えると、僕の心を、ずっしりと重い罪悪感が襲う。
「なにしてるの!はやくしなさい」
戻ってきた笹井さんに連れられ、僕も部屋を出た。

コメント

コメントを書く

「現代アクション」の人気作品

書籍化作品