カイカイカイ…

霜月 秋旻

誰が?

「快くんさっき読んでた本、どんな内容だったの?すごい熱心に読んでたけど」
ブックカフェからの帰り道、喜与味は僕に尋ねた。僕の過去の事柄が書き綴られていたことを教えると、喜与味は驚いていた。
「なんか気味悪いね。自分の過去を、誰かに見透かされてるってことでしょ」
「たしかに…」
たしかにそうだ。あの<懐>と書かれた本には、僕の今まで過ごしてきた過去の出来事が、それも僕の感情がからむ事柄が、まるで僕が書いたかのように書かれていたからだ。喜与味の言うとおり、まるで誰かに自分の過去を覗き見でもされている感覚だ。あの本、あのブックカフェも含めて、あの森はおかしい。<キヅキの森>。
それにしても、あの<黄泉なさい>で差し出される本は、いったい誰が書いたものなのだろうか。活字ではなく手書き。明らかにあの店オリジナルの本だ。おそらくどこにも売っていない。いや、売っているはずがない。僕の過去が書かれた本がそのまま売っていたら困る。明らかにプライバシーの侵害だ。まだ顔もみたことがないあのブックカフェの店主が書いたのだろうか。アカネの兄。それとも他の誰かか。しかしそんなこと、いくら考えたところで、今は答えへたどり着くことはできないだろう。考えても考えても、出てくるものはすべて憶測にすぎない。あの本は、従業員の江頭さんが持ってきた。江頭さん自らの意思で僕に本を持ってきたのか、それとも店主の指示で持ってきたのか。それもいくら考えたところで、結局のところ憶測を超えない。真実へはたどり着けない。真実を知る者に話を聞かない限りは。
いま、僕が知りたいのは、誰がどんな意図であの本を作り、僕に読ませたのか。僕に過去を振り替えさせて、何がしたいのか。それが知りたかった。
「快くんの家、着いちゃったね」
少し残念そうな口調で喜与味が言った。考えているうちに、僕と喜与味はいつのまにかキヅキの森を出て、僕の家の前まで来ていた。森に閉じ込められた昨日とは違って、簡単に抜け出せた。やはり二人以上で歩けば、何も起きないらしい。どこにでもありそうな、ごく普通の森のようだった。
「快くんの家、電気がついていないね」
「ああ、いつもは母親が帰ってきてる時間だけど、今日はふたりとも、仕事の会合で夕食食べてくるって言ってた」
腕時計をみると、時計の針は七時五十分を指していた。
「じゃあ今は誰も家にいないってことだよね?」
「うん…」
「少し、あがっていい?」
「え?」
思いがけない喜与味のひとことに、僕は動揺した。家に女子などあげたことなどない。そして僕の部屋は、足の踏み場がないほど散らかっている。勉強部屋とは名ばかりの、物置状態だ。
「ねえ、ちょっとだけ。いいでしょ?」
「ごめん。部屋が散らかってて、人をあげるスペースがないから…」
僕は気弱な声で返答した。
「そっか。気にしなくていいよ。ごめんね変なこと言って。じゃあ、また明日」
「うん…」
少し寂しそうな顔をして、喜与味は帰っていった。そして僕は、家の鍵をあけ、中に入り玄関の戸を閉めた。静まり返った、真っ暗な家の中。僕は玄関の照明のスイッチを手探りで見つけ、つけた。そして、溜息をついた。
すると次の瞬間、玄関の戸が突然開いた。振り向くとそこには、帰ったはずの喜与味の姿があった。僕は驚きを隠せずにいた。


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