カイカイカイ…

霜月 秋旻

偽りの仮面

みんなが興味をもっているものには興味をもてず、みんなが無関心なものには異常なほど興味を示す。それが当時の僕だった。そのことを、誰かは<少数派>と言っていた。
その少数派という言葉に、僕は納得した。僕は少数派なのだ。実際、大人数で遊ぶよりも、少人数で遊ぶことのほうが多かったし、そのほうが気楽だった。クラスに話が合いそうな人間が少人数だったから。それも、クラスの多数派から疎外された人たちと。
ストレス戦隊ストレンジャーの放送が終了し、ブームが去ってからは、クラスでは別のアニメの話題で盛り上がっていた。そして僕はそれに参加し、再び多数派の輪の中に入ることが出来た。ただしそれは表面的にだ。内面的には少数派。そのアニメを一話目から観たが、やはり面白いとは思えなかった。しかしそうだと言えばまた、除外される。だからみんなの輪の中に入るために、表では多数派を演じている。そう、多数派の仮面をかぶった少数派である。偽りの自分。本音を隠し、上辺だけで人と付き合う。そうでもしないと、置いていかれる。本当は少数派であることが気付かれ、多数派の輪から外されることを、僕は恐れていた。仲間はずれにされることを、何よりも恐れていた。僕は偽りの自分を演じた。
しかしそんな僕を、やはり真之介は見抜いていた。つまらないのに面白いフリをしている僕を、彼の鋭い観察眼は見抜いていた。やがてそのことがみんなに広まり、再び僕はみんなの輪から外された。いままで手入れを怠らなかった、偽りの仮面を叩き壊され、僕は少数派に復帰した。いや、させられた。
クラスの少数派は当時、多数派によるいじめの標的候補だった。少数派の中には、疎外されているだけでもいじめられていると認識している人もいただろう。僕もそのうちのひとりだった。靴を隠されたりするようなわかりやすいくらいのひどい仕打ちは受けてはいなかったが、多数派の人たちに、ヒソヒソと陰口を叩かれていたり、汚いものを見るような目で見られたりはした。そのモヤモヤした雰囲気が嫌だった。
真之介が余計なことを言ったりしなければ、こんなことにはならなかった。真之介さえいなかったら、僕は疎外されるようなことはなかった。偽りの仮面を被り続け、多数派の輪の中に居続けられたはずだ。惨めな思いをしないで済んだかもしれない。そう思うと、真之介が憎ったらしくなった。どうして彼は僕の邪魔をするのだろうかと、今すぐどこかへいなくなって欲しいとさえ思った。
しかし結局のところ、彼は本当にいなくなった。僕の前から姿を消した。家の事情で引っ越すことになり、転校したのだ。それは小学校五年の三学期。三月のことだった。彼がいなくなってからしばらくして、僕はまたしても偽りの仮面を被り、多数派の輪の中に復帰した。
そしてそのまま中学校でも、偽りの仮面を被り続けた。そうしているうちに、偽りの仮面が僕の内面と一体化し、内面にある本当の自分が、大きくなりつつある偽りの自分によって徐々に心の奥底に押し込められていくのを感じた。そしてやがて、偽りの自分を本当の自分と錯覚するようになった。それはもう、何にも興味を示さない、感情のない人形。人に言われたことに対して、ただうなずくだけのからくり人形。自分の意見をもたず、ただ聞くだけ。聞いたことに対して、何の感情も示すことは無い。ただうなずくだけ。
そうして今まで生きてきた。高校生になっても、自分を偽ったまま、生きてきた。感情をもたない、うなずくだけのからくり人形。それが僕だった。


現在の自分に戻ってきた。気が付くと、僕は<懐>の本を読み終えていた。ずっと僕は、<黄泉なさい>にいたはずなのに、ここではない、どこか別の世界から戻ってきたような感覚を味わった。時間漂流。タイムスリップ。いままでの人生のおさらい。本と一体化。隣に座っている喜与味の存在など、すっかり忘れていた。長期の旅行から帰ってきたように、体がずっしりと重いように感じた。背中に汗をかいている。隣で喜与味も、僕とは別な本を読んでいたらしい。僕が本を読み終えたのに気付いたらしく、喜与味は読んでいた本にしおりをはさんで閉じた。そして手元の原稿用紙に『そろそろ帰ろうよ』と書き、それを僕に見せた。僕らは席を立った。

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