カイカイカイ…

霜月 秋旻

同じことの繰り返し

アカネや喜与味は、知っているのだろうか。この森が<キヅキの森>と呼ばれていることも、空想と現実の狭間だということも。知っていて僕を、この森に連れてきたのだろうか。喜与味はアカネに誘われてこの森に来たと言っていた。アカネが怪しい。いや、一番怪しいのはアカネの兄だ。まだ姿を見たことが無い、ブックカフェ<黄泉なさい>の店主。彼はこの森のことを知っていて、あのブックカフェを建てたのだろうか。もし仮にそうだとしたら、何のために?一言も喋ってはいけないというあの店のルールも、ただ単に沈黙を守る以外に、何か別の目的があるのかもしれない。
ブックカフェに戻りたくても、戻るまでの道順がわからない。末永は姿を消してしまった。僕ひとりではどうしようもなかった。ただ一人、暗い森を歩く以外に方法は無かった。いや、見つからなかった。
歩けば歩くだけ、腹が減ることはわかっている。しかし動かずにじっとしていることだけはしたくなかった。動かなければ何も変わらないということを、体が認識しているのだろう。しかし歩き続けたところで、僕に何ができるのだろうか。
空腹と疲労。いくら歩いても、同じ道をぐるぐると繰り返して歩いているだけだ。どうしようもない。同じことの繰り返し。その先には何も無い。しかし歩かずにはいられない。わかってはいる。わかってはいるのに、足が止まらない。いつまで僕は、同じところを歩き続けるのだろう。
同じことの繰り返し。僕の毎日は、まさにそれだった。細かい違いはあるにせよ、毎日起きては、朝食を食べ、学校で授業を受け、そして帰って、夕食を食べ、床につく。特別仲のいい友達などいない。熱くなれるほど興味の持てるものもない。毎日平凡。しかしそれでよかった。何不自由なく暮らせていたのだから。知りたいことがあっても、いつも持ち歩いているスマートフォンで検索すれば大概のことは知ることができる。だから誰かに聞く必要も無い。人に何かを尋ねることは、自分の無知を相手にさらす、恥ずべき愚かな行為だと僕は認識していた。だから誰にも質問などしなかった。そう。スマートフォンで用は足りていたのだ。しかし今、そのスマートフォンは壊されて手元にない。さらには周りに誰もいない。あるのは草と木と静けさばかり。
歩いて歩いて、歩き続けた。しかし何も変化しない。進展は無い。僕の体力が減っていくだけだ。僕はこのまま、森を脱出できずに朽ちていくだけなのだろう。何故、僕がこんな目にあっているのだろう。僕がいったい何をしたというのだろう。空腹のあまり、怒りが腹のそこからこみあげてきた。僕は何に対して怒っているのだろう。僕を閉じ込めた<キヅキの森>に対しても、僕をこの森に連れてきた喜与味に対しても、僕のスマートフォンを壊した末永に対しても、自分自身の無力さにも怒っている。風船の中にたまっていく空気のように、僕の心の中には怒りがたまっていく。このままでは破裂だ。空気を入れるのを止めないと、風船は破裂してしまう。怒りが破裂してしまう。しかし、それを止める術を、僕は持ってはいなかった。そして、ついにそれは破裂のときを迎えてしまった。
「ふざけんなああああああああ!!!」
僕は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。自分ではかつてないほどの大声を、腹のそこから出した。空腹で疲労した自分に、どこからこんな力が沸いてくるのか不思議だった。それも、いままで出したことの無い大声。僕はいままで、大声で何かを叫ぶことなどなかった。
「こ、これは…?」
気がつくと、僕は右手に何かを持っていた。それは拡声器のようなものだった。僕の身丈ほどの大きさをもった、拡声器。

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