カイカイカイ…

霜月 秋旻

解放

『入り口に立っていた咲谷さんに会員証を見せて、あたしは中に入った。中には店員の江頭さん以外、誰もいなかった。キヅキの姿も無かった。あたしが席に座ると、江頭さんはあたしにまた、本をくれた。その本の表紙には、<解>と書かれていた。
その本を開いてみると、それは小説ではなく、アンケートだった。それも質問内容がすべて、あたし自身に関すること。一ページ目に<この本に書かれている、自分の嫌いなものをすべて塗りつぶせ>と書かれていて、二ページ目からは選択肢がずらりと書かれている。あたしは本に書かれている選択肢をひとつひとつ読んでは、自分が嫌いなものを次々とペンで塗りつぶしていった。気が付くとあたしは一日以上、店から出なかった。あたしを心配しているだろう両親のことや、学校のことなんて頭には無かった。あたしはひたすら、アンケートに答えていった。
一日半かけてようやく、あたしはその本を最後のページまでめくった。するとあたしの前に、再びキヅキが現れた。音もなく突然現れた。きっとキヅキは、あたしが本を読み終えることで現れる、精霊のようなものなのかもしれない。少なくとも普通の人間なんかではないことはわかる。自在に姿を消したりなど、普通の人間には不可能なことだから。
キヅキは何も言わなかった。何も言わず、店の入り口のドアを開け、あたしに外へ出るように促した。
あたしは店を出た。すると出た瞬間、何かから開放されたような気分になった。今まであたしを押さえつけていた何かから解放されたような、背負っていた重い荷物をおろしたような、そんな気分。あたしはなんだか嬉しくなり、自分の家まで走って帰った。
そして今、あたしはとても清々しい気分でいる。失うものが何も無い、いろんなことに挑戦したい、自分の力を試したいっていう、そんな気持ち。』




以上が、氷川喜与味が原稿用紙に記した内容だ。中には信じがたい内容もあったが、今の彼女の変貌振りを見ると、僕には書かれていることは作り話とは思えない。原稿を読み終えて喜与味の方を見ると、彼女は微笑んでいた。
以前、僕が教室の窓から見た黒服の男が、そのキヅキなのだろう。そして持っていたのがおそらく、<キヅキの木槌>だ。何故彼はあの時、校門の前に立っていたのだろうか。

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