カイカイカイ…

霜月 秋旻

黒沢シロウ

黒沢シロウは探偵に憧れていた。ただし推理小説に出てくるような、殺人事件に巻き込まれて真相を突き止めるようなヒーローにではない。浮気調査や組織の内偵といった、人の秘密を探る、現実の探偵にだ。人が表に出さない、出したくない隠れた黒い部分。隠された感情。彼はそれを探るという行為に魅力を感じていた。
黒沢は、読書が好きである。小説は書いた者の心の中が覗ける。なぜなら小説を書く者にとって小説を書くという行為は、自分の心を丸裸にするようなものだと言われているからだ。つまりそれを読むことは、人の心の中を読むようなものだ。黒沢はそこにまた、魅力を感じていた。
そんな彼は今、街から離れた山奥にある【黄泉なさい】というブックカフェのオーナーをしている。【黄泉なさい】にはルールがある。ひとつは飲食物の持ち込み禁止。ひとつは決して声を出してはならない。ひとつは会話をするなら筆談で。すべて、読書への集中を妨げない為のものだ。ブックカフェといえば本来、本好き同士が本について語り合うスペースとして利用されることが多いが、【黄泉なさい】はそれを筆談で行う。客席のテーブルにはそれぞれ飲み物のメニュー表、飲み物の注文書、四百字詰めの原稿用紙と下敷き、万年筆が置かれている。原稿用紙は本来、客に読んだ本の感想を書いて貰うために置いてあるものだが、中にはオーナーへのお悩み相談や店のクレームなども書く客がいる。なお、席料として客からは一時間につき飲み物代込みで千円を貰う。
この店は、一見さんはお断りである。会員制で、紹介でないと入れない。店のルールを知らない者が突然やってきて、店の沈黙を破るのを防ぐためだ。なお、店の外には店員が一人立っていて、そういう客の対処をしている。
こういう面倒な店に客が来るものなのかという疑問が真っ先に浮かんでくるかもしれないが、実は意外と客足は多い。騒音にまみれた都会を嫌がって、こういう静かな場所を求めて読書をしにくる者が結構いるのだ。安心して読書できる場所、現実から逃避できる場所を求めて。

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