カイカイカイ…

霜月 秋旻

窓の外

五月。僕は十八歳になった。僕は今までこの十八年間、無難な人生を送ってきた。過去を振り返るとそう思う。僕に訪れるべき苦悩を、誰かが肩代わりしてくれた。いや、苦悩を誰かに押し付けたのかもしれない。そうすることによって僕は、たいしたストレスを抱えることなく、重い病気にもかからず、ここまで生きてこれた。目立つことは極力避けた。攻めることもはせず、ひたすら守り続けてきた。傍からみればつまらない青春時代だろう。何でも話せるほど親しい友人もいなければ、恋愛経験もない。心が突き動かされるような出来事もない。おそらく僕はこのまま、残りの学生生活をただ無難に消費して終えるのだろう。
「安藤くんは、いま何かやりたいことは無いの?」
無い。以前に進路相談で担任にそう聞かれて、僕はそう答えた。担任は怪訝な顔をしていた。小学校と中学校は義務教育なので自分で選ばずとも入学できた。いま居る高校を選択したのは、ただ単に自宅から一番近い高校だったから。ただそれだけだ。将来何になりたいかなど、まったく考えていない。僕が求めるのは、目立つことなく、安心できる、安定した生活。攻めるようなことはしない。ただ守るだけだ。今までも、そしてこれからもずっと。こういうのを大人はさとり世代と呼ぶのだろう。
学校では進路、趣味、思考に関するアンケート調査が定期的に行われる。はい、いいえ、どちらでもないのいずれかにマルをつけるものだ。しかし僕にはそんなアンケートなど、毎回やるだけ無駄だった。なぜなら、僕にはどの質問にも、「どちらでもない」で答えるのが常なのだから。
「安藤くんは何色が好き?」
以前、クラスメイトからこのような質問をされたことがある。それに対して僕は「灰色」と答えた。好きというほど好きではない。ただ灰色は、黒でもなければ白でもない、中間の色だ。無難な色として、まっさきにこの色が浮かんだ。なので灰色と答えた。それだけのことだ。いや、実際まわりからすれば、僕は灰色なのだろう。何を考えているのかわからない、灰色の人。僕自身も、自分が何者で、何が好きで何をしたいのかがわからない。ただ無難に生きてきただけ。これからも特別刺激のない、無難な道を進むことになるだろう。
ある日の午後。授業中に僕は窓を眺めていた。見上げると雲ひとつ無い青空がひろがっている。校庭の葉桜がざわめき、小鳥が自由気ままに木から木へと飛び移っている。小鳥は何を考えているのだろうか。次はどこへいこうかとか、あそこの木は居心地がよさそうだとか、そんなことばかり考えていそうだ。次はどこへいこうか?決まっている。無難な場所だ。安全で快適な場所。僕があの小鳥ならそう考えるだろう。
小鳥を目で追っていると、小鳥は校門の柵へと飛んでいった。すると柵の外側に、何者かがひとり立っていた。背が高く、喪服のような黒服を着た男が。サングラスをしているが、僕のほうをじいっと眺めているような気がした。その黒服の男は、何かを担いでいた。背丈ほどある大きい、ハンマーのようなものを。僕に気付かれたのを察したのか、その男はどこかへ行ってしまった。




その翌朝。学校へ行くと、教室はざわついていた。クラスメイトの一人が前の晩、何者かに自分の部屋を荒らされたそうだ。部屋に置いてあったものが何もかも壊されていたという。巨大な鉄のハンマーのようなもので…。

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