俺が女の子にされた理由(ワケ)
8話告白は傷つけることを覚悟して
「郷田君?」
声の主の方を一瞥するとそれはもう大柄で、いかにも野球部といわんばかりの五厘刈り。
まだ四月の終わりだというのにもかかわらずカッターシャツを学ランは着ていない。 
そのせいか、鍛えられたであろう棍棒のような腕と、何か詰まってるんじゃないかと疑うかほどの胸筋が威圧感でいっぱいで、俺が喧嘩を挑んでも一握りで潰されるんじゃないかってくらい大男。
「この熊みたいなやつ誰?」
相変わらず知らない人間なので、耳打ちで鵜久森に確認する。
「俺に聞くか普通……こんなゴリラ知らねーよ。 そもそもボッチ自慢してんだ? 人の名前と顔なんて一々覚えねーよ」
いやいや覚えろよとつっこんでやりたい所だが俺も人のこと言えないので割譲。 
取り敢えずこいつの見た目からして俺らの一般クラスとは違うスポーツクラスの生徒だろう。
スポーツクラスは名の通り部活動の推薦なので入学して来た生徒で、俺たちとは別次元の存在だ。
そしてやたらモテる……。 運動神経抜群というだけあってか顔が多少おっさんでもブサイクでも補正がかかってるんじゃないかってぐらいモテる。 あとやたらプライドが高い。
まぁ、結論からして俺が苦手な人種だ。
「いつも昼見かけねーと思ってたらこんな隅っこで飯食ってたのか。 それもこんな女見てえな面したオカマと死んだゾンビみてぇな奴と?」
なんだろうか、初めて男扱いされて喜べるはずなのに複雑! それに死んだゾンビってなんだよアイツら元々死んでんだろ。 まぁ鵜久森無感情だし、実際ゾンビみたいなもんなんだけど……。
「そ、その言い方は二人にひどくないかな……?」
「あー悪い悪い! 別に馬鹿にしてるわけじゃねぇんだ」
熊谷さんの一言で、しまったと思ったのか俺と鵜久森に謝る姿勢を見せる郷田だが悪気はサラサラないようで、どこか俺たちに敵対視するかのよう顔が怖い。 元から怖い顔が更に深みを増してる。
「でもな! 俺がいくら誘っても一緒に飯を食ってくれなかったのによこんな奴らが詩織と飯を食ってんのは見逃せん。 お前ら俺の詩織の弱みでも握ってんちゃうか?」
俺の詩織? えらいぶち込んできたな。 鍛えた身体でぶち込むのはライトスタンドだけにしとけよ。
色々言い返したいところだが俺や鵜久森がの発言なんて聞く耳持ってくれなさそうだなと思っていると、熊谷さんの方もそれは感じているのか出来るだけ相手を興奮させないよう庇ってくれる。
「弱みなんて……二人は私の友達です! 郷田君が心配してくれるのも嬉しいですけど、二人の悪口はやめてください」
「分かってんよ、でも四十万《しじま》みたいな盗難野郎とか普通にいるからな。 詩織が悲しむ顔は見たくねぇんだわ。 ま、四十万は俺がシメといてやったから当分は安心だろうけどな」
ふんっと腕に力を入れ山のようなコブを作る姿は確かに頼り甲斐がある。
根は良い奴そうなんだけどな……ちょっと独占欲が強いな。 熊谷さんも常に苦笑いだし。
てか四十万って子シメられたのか骨何本か持っていかれてそうだな。
「あ、ありがと。 でもあまり無茶なことはしないでください、私は大丈夫ですから」
「あ、あぁー。 でも困ったことがあったら俺をいつでも頼ってくれよ……お前の頼みならすぐ飛んでいくからよ」
「うん……ありがと。 えっと、その……」
何か言いたげに口をもごもご動かす熊谷さんだがなかなか言葉が出てこない様子だ。
チラチラと俺ら二人に気を遣ってくれてるのかもしれないが心配しなくて良いよと首を振る。
「それで詩織。 そろそろあの件の返事をくれないか?」
郷田はどこか照れ臭そうに縮こまった様子で尋ねる。 察するに人間関係の何かしらだろう。
熊谷さんの一瞬見せた不安な感情が湧いた表情がそれを予想させる。 だが相手に気づかれまいとすぐ笑顔を作れるのは彼女の慣れなんだろうか。
「う、うん。 でももうちょっと待って欲しいかな……」
「十分待った。 数週間待ち続けたんや、そろそろ良いんやないか。 今ここで欲しいとは言わん、今日の放課後までに考えてくれんか?」
「でも私……なんて言って良いのか……」
「俺の気持ちに応えてくれたらええ、信じとる。 俺は詩織を守る覚悟が出来とる」
聞いてるこっちが恥ずかしくなるぐらいこの男ズバズバとそんなこと言えるな……なんなの意識高い系ってみんな羞恥心とかないの。
もう郷田には俺らなんてただの飾りなんだろうか無関心でひたすら熊谷さんにアタックする。 まぁこちらも傍観者で見てる方が気が楽なんだがどうも隣からの視線がうるさい。
「何か言いたげなようだけど?」
「いや別に。 ただ見てておもんねーなって思っただけだ」
「確かに恋とは無縁に生きてそうだし、モテなさそうだし」
「ばっか! 俺だって昔は告白なんてしょっちゅうされてたね」
「て、夢を見てるんだ……可哀想な奴」
「おい……てかあんたも気づいてんだろ?」
はて、何がと言った感じに首を傾げてみると鵜久森はため息混じりに熊谷さんと郷田の方を一瞥する。
「あんたの連れあんなに怖いんなら断れば良いんだよ。 そうしないと男の方止まんねーぞ」
「それは見たら分かる……」
少し不服でもあるが俺も鵜久森と同じ意見だ。 特に郷田の方が周りを見ていない、多少焦りもあるのだろうか、気持ちと勢いが空回りして熊谷さんがびびってしまっている。
こんな時、周りの人が助けてあげるべきか、でも俺が口を出しても万が一逆鱗にふれでもして掴まれたらかの身体じゃどうしようもない。
それに郷田自身俺のことを男だと思っている可能性がまだあるのもタチが悪い。 こんなことならスカート履いてこれば良かったか……いやそれは違うか。
「ならアンタがどうにかして助けてよ。 一応男だろ?」
ここは鵜久森を頼るしかなさそうだ。 ちょっと不安だけど、彼なら何かしらやってくれるんじゃないかって期待がある、捻くれの勘ってやつかな。
でも断られるだろうなぁ。 俺だって嫌だもん。
「はぁ嫌だわ。 なんでわざわざ地獄を見に行かなくちゃなんねぇだよ。 俺にメリットが一つもない」
やっぱりか。 
考えるそぶりすら見せず即答。 当たり前の反応だ。 実際素手でクマと対面するみたいなもんだしな。
なら俺が手を貸すしかない。
俺は熊谷さんの肩を持ち前に出る。
「なんだよお前。 今、俺は詩織と話してんだ邪魔すんなや」
こ、怖い。 お前スポーツマンシップの概念を知らないな!? まずは目で殺すんだぞ、いや殺されてたわ。 なんてふざけたこと言ってる場合じゃない、咄嗟に前にでてきてしまったけどどうしよう……。
「中森さん……?」
「い、嫌がってるから。 熊谷さんが困ってるの見えないのかなって? あはは……」
ダメだ目が見れない。 そもそも俺自身が普通の男でもこんな奴に文句言えねえよ。 相手が悪すぎる。
「あん? 俺はな詩織が好きなんだよ! 守る覚悟もある! その思いをぶつけて何がわりいんや?」
「ひゃッ!? ごめッ! ごめんなさい!」
ダメだ、熊谷さんを助けるとか以前の問題だ。 ダサすぎるぞ、男を見せろ俺。
『あ、悪りぃ手が滑った』
それは突然の出来事で。 近くにいた全員が目を丸くし、口がきけない。
一つ見えるのは郷田の頭から水が垂れ、その後ろで冷笑しながら呑気に立つ鵜久森の姿だけ。 ただ起こった出来事を理解するのに十分だった。
しかし先に動いたのは俺でも熊谷さんでもなく水を浴びた郷田で、一瞬のうちに振り返り鵜久森の胸ぐらを掴み上げる。
「われ、何してくれねん?」
おおよそ人があげることのないドスの聞いた声、近くにいる生徒もその行先を見守っている。
ただそんな中で一番落ち着いてるのは鵜久森だった。
「すまんすまん。 ちょっと滑ってよ、悪意があったわけじゃないんだ」
「あぁ? じゃあその手に持ったコップはなんや? 運が良く俺の頭にかかったんって言うんかい?」
「まぁ……そゆことだな」
嘘が下手すぎる……てか何してんだよ鵜久森のやつ。 確かに助けてあげろって言ったけどそんな茨の道を歩くようなやり方より他何かあっただろ。
あいにくそんな理由が通じるわけもなく郷田は今にでも殴りかかりそうなほど怒りが顔にこもっている。
「ご、郷田君やめて!?」
「詩織は目をつぶっとけ。 俺にこんな恥かかしやがって、一発食らわなきゃワカンねぇみてぇだな」
熊谷さんが必死に止めようとするも、血が上った郷田が聞く耳を立てるわけもない。
「アンタはそれで良いのか?」
「あぁ!? なんやここに来て土下座でもするんか?」
「こんな大勢の目の前でどこの馬の骨かもわからん俺と喧嘩。 ただじゃ済まないだろうな、指導……下手すりゃ停学だ。 それに加えてアンタは部活に支障も出るんじゃないか?」
胸ぐらを掴まれても鵜久森の目はしっかりと郷田に向けられている。
「なんや……俺をビビらして助けてもらおうってか? 汚い考えやでぇホンマよ」
「アンタは勘違いしてんだよ。 アンタが彼女にしてんのは脅迫だ。 男が好きな女を泣かしてどうすんだよ」
「もうやめてください! 郷田君!」
目を赤くしながら熊谷さんは強くはっきりと郷田へと呼びかける。
その声を聞くや否、郷田はどこか悔しそうに舌打ちしながら鵜久森を手放す。
「詩織、すまんな。 恥ずかしいとこ見せたわ、ちっと熱くなっちまった。 大丈夫だ、こいつの言う通りだ。 好きな女を泣かすのは男失格だ」
「いえ、郷田君はとても良い人です……私なんかよりずっと素敵です。 あの! 三日待ってくれませんか?」
「三日?」
「はい。 それまでに気持ちを整理して、告白の返事を伝えます。 放課後……校舎裏に来てください」
「あぁ詩織が待てって言うならいつでも待つ。 信じてっからよ、俺が伝えたいってことは全部伝えたつもりだ。 気が悪いとこ見せたなごめんな」
郷田は優しく、熊谷さんの肩に手を置きそう伝えるとしすがにその場から立ち去る。
その途中鵜久森と目を合わせて一言何か呟いたように見えたがなんて言ったかまでは俺には分からなかった。
「鵜久森君も本当にごめんなさい。 私が不甲斐ないばかりに……あんなことさせちゃって」
郷田の姿が見えなくなった頃、熊谷さんは鵜久森に頭を深々と下げる。
だが鵜久森はそっぽを向いて別に良いと呟くだけで俺の方にやってくる。
「アンタの友達が馬鹿みたいにつっこんでったからな。 汚れ役は俺みたいな人間がやれば良い、これだと大きな問題にもならねぇだろ」
「ご、ごめん」
反射的に謝ってしまった。
すると鵜久森は指を二本立て俺に向ける。
「これで借りが二つ出来たなバカ女」
「ば、バカ……。 はぁ、でもそいうことにしといてやるよバカ」
それに満足したのか、鵜久森は微かに口角を上げ笑った。 今日、初めて見た鵜久森の笑みだった。
それから鵜久森は机に置いたままのヘッドフォンを首にかけ背を向ける。 
「熊谷。 アンタは優しすぎなんだよ。 もっと人を傷つける覚悟を持った方がいい、その隣にいるやつみたいにな」
最後に一言そう言い残し行ってしまった。
頼りない、冴えない、バカにして最初は変な奴としか思わなかった。  まだ出会って数分それでも……俺なんかよりずっとカッコいい男だった。
声の主の方を一瞥するとそれはもう大柄で、いかにも野球部といわんばかりの五厘刈り。
まだ四月の終わりだというのにもかかわらずカッターシャツを学ランは着ていない。 
そのせいか、鍛えられたであろう棍棒のような腕と、何か詰まってるんじゃないかと疑うかほどの胸筋が威圧感でいっぱいで、俺が喧嘩を挑んでも一握りで潰されるんじゃないかってくらい大男。
「この熊みたいなやつ誰?」
相変わらず知らない人間なので、耳打ちで鵜久森に確認する。
「俺に聞くか普通……こんなゴリラ知らねーよ。 そもそもボッチ自慢してんだ? 人の名前と顔なんて一々覚えねーよ」
いやいや覚えろよとつっこんでやりたい所だが俺も人のこと言えないので割譲。 
取り敢えずこいつの見た目からして俺らの一般クラスとは違うスポーツクラスの生徒だろう。
スポーツクラスは名の通り部活動の推薦なので入学して来た生徒で、俺たちとは別次元の存在だ。
そしてやたらモテる……。 運動神経抜群というだけあってか顔が多少おっさんでもブサイクでも補正がかかってるんじゃないかってぐらいモテる。 あとやたらプライドが高い。
まぁ、結論からして俺が苦手な人種だ。
「いつも昼見かけねーと思ってたらこんな隅っこで飯食ってたのか。 それもこんな女見てえな面したオカマと死んだゾンビみてぇな奴と?」
なんだろうか、初めて男扱いされて喜べるはずなのに複雑! それに死んだゾンビってなんだよアイツら元々死んでんだろ。 まぁ鵜久森無感情だし、実際ゾンビみたいなもんなんだけど……。
「そ、その言い方は二人にひどくないかな……?」
「あー悪い悪い! 別に馬鹿にしてるわけじゃねぇんだ」
熊谷さんの一言で、しまったと思ったのか俺と鵜久森に謝る姿勢を見せる郷田だが悪気はサラサラないようで、どこか俺たちに敵対視するかのよう顔が怖い。 元から怖い顔が更に深みを増してる。
「でもな! 俺がいくら誘っても一緒に飯を食ってくれなかったのによこんな奴らが詩織と飯を食ってんのは見逃せん。 お前ら俺の詩織の弱みでも握ってんちゃうか?」
俺の詩織? えらいぶち込んできたな。 鍛えた身体でぶち込むのはライトスタンドだけにしとけよ。
色々言い返したいところだが俺や鵜久森がの発言なんて聞く耳持ってくれなさそうだなと思っていると、熊谷さんの方もそれは感じているのか出来るだけ相手を興奮させないよう庇ってくれる。
「弱みなんて……二人は私の友達です! 郷田君が心配してくれるのも嬉しいですけど、二人の悪口はやめてください」
「分かってんよ、でも四十万《しじま》みたいな盗難野郎とか普通にいるからな。 詩織が悲しむ顔は見たくねぇんだわ。 ま、四十万は俺がシメといてやったから当分は安心だろうけどな」
ふんっと腕に力を入れ山のようなコブを作る姿は確かに頼り甲斐がある。
根は良い奴そうなんだけどな……ちょっと独占欲が強いな。 熊谷さんも常に苦笑いだし。
てか四十万って子シメられたのか骨何本か持っていかれてそうだな。
「あ、ありがと。 でもあまり無茶なことはしないでください、私は大丈夫ですから」
「あ、あぁー。 でも困ったことがあったら俺をいつでも頼ってくれよ……お前の頼みならすぐ飛んでいくからよ」
「うん……ありがと。 えっと、その……」
何か言いたげに口をもごもご動かす熊谷さんだがなかなか言葉が出てこない様子だ。
チラチラと俺ら二人に気を遣ってくれてるのかもしれないが心配しなくて良いよと首を振る。
「それで詩織。 そろそろあの件の返事をくれないか?」
郷田はどこか照れ臭そうに縮こまった様子で尋ねる。 察するに人間関係の何かしらだろう。
熊谷さんの一瞬見せた不安な感情が湧いた表情がそれを予想させる。 だが相手に気づかれまいとすぐ笑顔を作れるのは彼女の慣れなんだろうか。
「う、うん。 でももうちょっと待って欲しいかな……」
「十分待った。 数週間待ち続けたんや、そろそろ良いんやないか。 今ここで欲しいとは言わん、今日の放課後までに考えてくれんか?」
「でも私……なんて言って良いのか……」
「俺の気持ちに応えてくれたらええ、信じとる。 俺は詩織を守る覚悟が出来とる」
聞いてるこっちが恥ずかしくなるぐらいこの男ズバズバとそんなこと言えるな……なんなの意識高い系ってみんな羞恥心とかないの。
もう郷田には俺らなんてただの飾りなんだろうか無関心でひたすら熊谷さんにアタックする。 まぁこちらも傍観者で見てる方が気が楽なんだがどうも隣からの視線がうるさい。
「何か言いたげなようだけど?」
「いや別に。 ただ見てておもんねーなって思っただけだ」
「確かに恋とは無縁に生きてそうだし、モテなさそうだし」
「ばっか! 俺だって昔は告白なんてしょっちゅうされてたね」
「て、夢を見てるんだ……可哀想な奴」
「おい……てかあんたも気づいてんだろ?」
はて、何がと言った感じに首を傾げてみると鵜久森はため息混じりに熊谷さんと郷田の方を一瞥する。
「あんたの連れあんなに怖いんなら断れば良いんだよ。 そうしないと男の方止まんねーぞ」
「それは見たら分かる……」
少し不服でもあるが俺も鵜久森と同じ意見だ。 特に郷田の方が周りを見ていない、多少焦りもあるのだろうか、気持ちと勢いが空回りして熊谷さんがびびってしまっている。
こんな時、周りの人が助けてあげるべきか、でも俺が口を出しても万が一逆鱗にふれでもして掴まれたらかの身体じゃどうしようもない。
それに郷田自身俺のことを男だと思っている可能性がまだあるのもタチが悪い。 こんなことならスカート履いてこれば良かったか……いやそれは違うか。
「ならアンタがどうにかして助けてよ。 一応男だろ?」
ここは鵜久森を頼るしかなさそうだ。 ちょっと不安だけど、彼なら何かしらやってくれるんじゃないかって期待がある、捻くれの勘ってやつかな。
でも断られるだろうなぁ。 俺だって嫌だもん。
「はぁ嫌だわ。 なんでわざわざ地獄を見に行かなくちゃなんねぇだよ。 俺にメリットが一つもない」
やっぱりか。 
考えるそぶりすら見せず即答。 当たり前の反応だ。 実際素手でクマと対面するみたいなもんだしな。
なら俺が手を貸すしかない。
俺は熊谷さんの肩を持ち前に出る。
「なんだよお前。 今、俺は詩織と話してんだ邪魔すんなや」
こ、怖い。 お前スポーツマンシップの概念を知らないな!? まずは目で殺すんだぞ、いや殺されてたわ。 なんてふざけたこと言ってる場合じゃない、咄嗟に前にでてきてしまったけどどうしよう……。
「中森さん……?」
「い、嫌がってるから。 熊谷さんが困ってるの見えないのかなって? あはは……」
ダメだ目が見れない。 そもそも俺自身が普通の男でもこんな奴に文句言えねえよ。 相手が悪すぎる。
「あん? 俺はな詩織が好きなんだよ! 守る覚悟もある! その思いをぶつけて何がわりいんや?」
「ひゃッ!? ごめッ! ごめんなさい!」
ダメだ、熊谷さんを助けるとか以前の問題だ。 ダサすぎるぞ、男を見せろ俺。
『あ、悪りぃ手が滑った』
それは突然の出来事で。 近くにいた全員が目を丸くし、口がきけない。
一つ見えるのは郷田の頭から水が垂れ、その後ろで冷笑しながら呑気に立つ鵜久森の姿だけ。 ただ起こった出来事を理解するのに十分だった。
しかし先に動いたのは俺でも熊谷さんでもなく水を浴びた郷田で、一瞬のうちに振り返り鵜久森の胸ぐらを掴み上げる。
「われ、何してくれねん?」
おおよそ人があげることのないドスの聞いた声、近くにいる生徒もその行先を見守っている。
ただそんな中で一番落ち着いてるのは鵜久森だった。
「すまんすまん。 ちょっと滑ってよ、悪意があったわけじゃないんだ」
「あぁ? じゃあその手に持ったコップはなんや? 運が良く俺の頭にかかったんって言うんかい?」
「まぁ……そゆことだな」
嘘が下手すぎる……てか何してんだよ鵜久森のやつ。 確かに助けてあげろって言ったけどそんな茨の道を歩くようなやり方より他何かあっただろ。
あいにくそんな理由が通じるわけもなく郷田は今にでも殴りかかりそうなほど怒りが顔にこもっている。
「ご、郷田君やめて!?」
「詩織は目をつぶっとけ。 俺にこんな恥かかしやがって、一発食らわなきゃワカンねぇみてぇだな」
熊谷さんが必死に止めようとするも、血が上った郷田が聞く耳を立てるわけもない。
「アンタはそれで良いのか?」
「あぁ!? なんやここに来て土下座でもするんか?」
「こんな大勢の目の前でどこの馬の骨かもわからん俺と喧嘩。 ただじゃ済まないだろうな、指導……下手すりゃ停学だ。 それに加えてアンタは部活に支障も出るんじゃないか?」
胸ぐらを掴まれても鵜久森の目はしっかりと郷田に向けられている。
「なんや……俺をビビらして助けてもらおうってか? 汚い考えやでぇホンマよ」
「アンタは勘違いしてんだよ。 アンタが彼女にしてんのは脅迫だ。 男が好きな女を泣かしてどうすんだよ」
「もうやめてください! 郷田君!」
目を赤くしながら熊谷さんは強くはっきりと郷田へと呼びかける。
その声を聞くや否、郷田はどこか悔しそうに舌打ちしながら鵜久森を手放す。
「詩織、すまんな。 恥ずかしいとこ見せたわ、ちっと熱くなっちまった。 大丈夫だ、こいつの言う通りだ。 好きな女を泣かすのは男失格だ」
「いえ、郷田君はとても良い人です……私なんかよりずっと素敵です。 あの! 三日待ってくれませんか?」
「三日?」
「はい。 それまでに気持ちを整理して、告白の返事を伝えます。 放課後……校舎裏に来てください」
「あぁ詩織が待てって言うならいつでも待つ。 信じてっからよ、俺が伝えたいってことは全部伝えたつもりだ。 気が悪いとこ見せたなごめんな」
郷田は優しく、熊谷さんの肩に手を置きそう伝えるとしすがにその場から立ち去る。
その途中鵜久森と目を合わせて一言何か呟いたように見えたがなんて言ったかまでは俺には分からなかった。
「鵜久森君も本当にごめんなさい。 私が不甲斐ないばかりに……あんなことさせちゃって」
郷田の姿が見えなくなった頃、熊谷さんは鵜久森に頭を深々と下げる。
だが鵜久森はそっぽを向いて別に良いと呟くだけで俺の方にやってくる。
「アンタの友達が馬鹿みたいにつっこんでったからな。 汚れ役は俺みたいな人間がやれば良い、これだと大きな問題にもならねぇだろ」
「ご、ごめん」
反射的に謝ってしまった。
すると鵜久森は指を二本立て俺に向ける。
「これで借りが二つ出来たなバカ女」
「ば、バカ……。 はぁ、でもそいうことにしといてやるよバカ」
それに満足したのか、鵜久森は微かに口角を上げ笑った。 今日、初めて見た鵜久森の笑みだった。
それから鵜久森は机に置いたままのヘッドフォンを首にかけ背を向ける。 
「熊谷。 アンタは優しすぎなんだよ。 もっと人を傷つける覚悟を持った方がいい、その隣にいるやつみたいにな」
最後に一言そう言い残し行ってしまった。
頼りない、冴えない、バカにして最初は変な奴としか思わなかった。  まだ出会って数分それでも……俺なんかよりずっとカッコいい男だった。
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