その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第143話 翔べ!



 太陽系第三惑星に位置するその星、地球。


 今や日本の全てを牛耳り、国連にもその影響を多大に呈する科学研究組織フォラスグループ。

 フォラスグループジャパンは国連加盟国ら一蓮托生のもと、日本の実権を手に入れた上で他惑星への進行を推し進めていた。
 日本政府の実権を握る必要があったのは、他惑星移動に於いてその被検体が必要不可欠であったからだ。


 国連から多大な予算と信頼を得る為、その犠牲となるのは日本の人間でなければならない。フォラスグループジャパンはそれを実現するため水面下でゆっくりと、だが確実にそれを成し遂げていった。

 その後他惑星移動に必要な装置の開発と並行し、他惑星の制圧及び移動モルモットの開発を推し進めていた。
 その過程で、考え方の違いからフォラスグループジャパンは芹川派のデスデバッカー、柴本派のフォースハッカーに二分されていた。


 その二つの派閥によって開発された移動モルモットこそが、機械兵器アンドロイドキルラーであり、
人工人格式生物兵器バイオキルヒューマンである。



 芹川派試作のアンドロイドキルラーは移動モルモットとして失敗作であった。
 だからこそ人工人格式生物兵器の調整は慎重に行われた。

 精度を上げたアンドロイドキルラーを何度もぶつけ、兵器としても、自立人格としても完璧と判断される事となったそれ。

 完成形移動モルモット、霧崎真その兵器ヒトである。



 他惑星移動に用いる粒子分解移転の試作最終段階。その最後の実験に霧崎真は参加し、そして他惑星移動を見事成功させた。
 人とアンドロイドの粒子分解移転の成功は、遂に次の段階である人移動へ。
 
 全てはフォラスグループの手の内でしか無かったのだ。
 












 月華元は疲れた様子で、積もりつつある雪路にへたり込んだままフォラスグループの詳細を真に告げていた。

 地球での真と言う人の改造、機械兵器、科学進展、その場にいたシグエーはそんな話に何かを考える様子でただ口を噤んでいた。 

 真に完膚無きまでに叩きのめされたトライレイズンのボルグとフィリップスではあったが、流石にA階級目前のギルド員と言うべきか。
 団長ブラインの介抱により意識を取り戻した二人は、そんな真へ怒りというより悔しさを滲ませながらもあまりに飛び過ぎた話に通りでと言った溜息しか出ない。

「何なんだよお前……魔族よりやべぇんじゃねぇか?」
「はぁ……負けたんだぁ僕は」

 まだダメージが残るボルグは地べたに転がりながら嫌味を込めた一言を放つ。
 フィリップスは目を覚ましてからと言うもの余程悔しかったのか、全ての自信を失ったような表情で同じうわ言を繰り返していた。

 そんな険悪な空気が漂い皆が憔悴仕切る中、要約シグエーがその口を開く。


「シンのおかしなそのテクノロジーとやらか、それに今更そこまで驚くつもりはないが……君のあの危険衝動の原因はやはりそれで間違いなさそうだね。だがそれにこの星の――」
「アースグレイブ系第三惑星よ」

「あ、ああ。まあ兎に角それでもこの星のラベール花は有効だった訳だ」
「確かに、そうだな」
「私は分からないけれど、その何とか花にはSSRI的な役目を真の自律神経に与える成分、例えばトリプトファンみたいなものがあるのかもしれないわね……」


 詰まるシグエーの言葉に所々月華元が注釈を入れる。


「でも、真……貴方、今は大丈夫なの?」
「ああ、何だか今は頭がスッキリしている。主人格から他のプログラムコード人格へ移行する制限コードのブロックもFIBEがやってくれたみたいだ。それに、俺の知らない科学技術もどうやら多い様だしな」


 真はふと背後を振り返り、それに釣られるよう他の五人も視線をそちらへ向ける。

 塞がれた口でモゴモゴと言葉にならない何かを言い、贅で満たされたでっぷりとした体を左右に揺らす一人の男。
 柴本派、フォースハッカーの山本猛オカルト研究員。


 山本はトライレイズンの二人が意識を取り戻したそんなタイミングでヘラヘラとその場に姿を現していた。


 第二人格の真が発動する前、魔物の群れに飛び込んだその時から、山本は既にある科学技術を発動させていた。


 無限処女膜と言うふざけたものを実現する為自らが開発したプログラムコード。


 所謂分身である。

 究極の3D映写からその軌跡を4次元として取り出し自在に移動可能、接触可能の理論を体現化した五次元プログラム。
 それに山本のまだ初期段階ではある無限コードを組み合わせたそれは、正に自らの影武者と言うべきオカルト研究者夢の分身術そのものなのである。


 山本はその技術を用いて自らの分身を魔物に向かわせ、自分は可視光屈折による量子ステルスで姿を消すと言ったファンタジー思想が成せる山本独自の科学技術スキルだったと言う訳だ。
 

 そんな技術が既にあったとは知らず、月華元と真は流石に驚きを隠せなかった。トライレイズンに関しては先のナイトメアかとボロボロの身体で再度剣を抜き放った程だ。


 ヘラヘラと物理うんちくを披露し、真へと報復しようとする山本と完全にFIBEの全機能を理解した真による科学技術の小競り合いがその場に暫し続いたが、シグエーの「魔法は知っているかい?」の一言で山本はまんまとその罠に嵌まる事となった。



 今ではシグエーの土属性魔術とギルド官十八番の拘束魔具によって手足口が黙らされている。

 身辺調査の為と体を弄り、不本意にも山本を悦ばせた月華元は奪った新型デバイスを眺めながら呟く。



「……兎に角この星の触りは理解したわ。何方にせよ、私と山本君は他惑星移動最終段階のカード。今山本君に死なれては困るの……それは理解して、真」

「ああ、それは解ってる。アイツの自業自得とは言え生きていてくれて何よりだった」


「私と山本君は兎に角このフォラスグループの他惑星移動を完成させるわ……不本意だけれど、そうでもしないと此処から帰る手立ても無さそうだし。上手く山本君を使えばもしかしたら意趣返しもできそうだから」



 真と言う戦闘要員に間違った情報を渡してしまったと言う罪悪感か、それともこの狂った科学技術への憤りか。

 月華元はどこか疲れた様子で無理矢理にそう言い笑った。



「そうなると……ツキハナモトさんと、そこの男には何処か居住地が必要か。ブライン、悪いが君達三人はウェルト地区のハイライトさんの所へ彼女らを送ってもらえないかい?」


「え!?ハイライトさんって、あのハイライトさん!?ハイライトさんの師匠のハイライトさん!?」

「少し黙っていろフィリップス。ですがハイライトさん、我々はギルドの任務としてもハイライトさんの送迎を受け持っています。話は朧気に理解しましたが、正直言って私はまだそこの三人が本当に人間とすら思えてはいない」



 すっかり元通りのテンションを取り戻したフィリップスを制してブラインはシグエーに告げる。



「ああ……だからこそ頼みたい。彼処は僕にとっても大事な場所、万が一があっても君達の力ならと僕は考えているんだ。本気なら魔族をも軽く打ち倒せる程の君達ならね。それに、ハイライトさんも只者じゃない。下手をするとこのイセイだ、カガクだのと言った話も理解してしまうかもしれない」



 ハイライトの信頼。
 その言葉は神星の理の三人がB階級で収まる器ではない事の証明。
 だがブラインにすればウェルト地区の薬屋に見知らぬ人間を連れて行くと言う事は、シグエーの大きな秘密を晒す事になる。
 あそこにはリヴァイバルから逃げた獣族に、生ける伝説ハイライト=ソーサリーがいるのだ。
 だからこそ今のシグエーの判断に疑問は拭えなかった。
 それだけここにいるシンと言う男は信頼に足ると言う事か。暫しブラインは黙り込む。



「別にいいんじゃねぇの?」



 そんな刹那に寝転んだボルグが脇腹を押さえながらむくりと身体を起こす。



「そもそもこの左遷だってよ、どうせリトアニアの嫌がらせだろ?ファンデル以外の国のギルドなんてリトアニアの息が掛かってるって言っても所詮独立だ。どんな扱い受けるかなんてわかんねぇ」

「ボルグ、お前ハイライトさんがどうにかなると言いたいのか?」


 ブラインは半ば自暴自棄になったようなボルグの発言に僅かな殺気を漂わせる。
 だがボルグにしてもただの旅気分であったこの移動が、魔族の争いに巻き込まれ、おかしな人間に出くわし、仲間割れに巻き込まれ、挙句に不可解な眉唾話だ。

 いい加減これ以上の面倒事は御免だと言いたくなるのは恐らくフィリップスも、ブラインですら同じ気持ちであるのは間違いない筈であった。



「すまない、僕のわがままだ。だけど君達は無事に僕を送り届けた事にしてくれればいい、ボルグの言う通りノルランドのギルドとファンデルのギルドで統制が取れているとは思えない。普通の異動と言うことはないだろう」



 今回のシグエーの左遷は形上異動と銘打ってはいるが、所詮はリトアニア会長サモン=ベスターの権力の元で行われた国外追放でしかない。
 つまり本来はファンデル王国のギルドからシグエーの送迎をつける必要など無いのだ。

 単にシグエーが二度とファンデル国のギルドで働く事は叶わないと言うだけ。

 神星の理はそれを知りながら、最後の餞別の意味合いを込めて自主的にシグエーの送迎を買って出たにすぎない。
 


 三人は分かっていたのだ、これは任務でも仕事でもない事位。



「いや……俺のせいなんだ、俺がリトアニアを」
「シン!その話は今はいい、君は君で、あるだろう……」

「ハイライトさん、何の話ですか?ハイライトさんにとってその男は、仮にも仲間を無遠慮に殺せるような男が、信頼に足るとでも言うのですか?」

「ちょっと……あ、あの!わ、私は大丈夫、どうにか、するから――」
「魔女は黙っていてくれ」


「ま、マジョ!?」
「今はハイライトさんに話している。そもそもその男にボルグもフィリップスもやられているんだ、殺されていてもおかしくなかった。ハイライトさん、貴方は殺しを何より嫌がるじゃないですか?それなのにその男に関しては随分と寛容に見えますが、どういう訳です?」


「……そんなつもりはないよ。命を軽視するつもりなんて毛頭ない、だが彼は、シンはそれに苦悩し、それでも変わろうとしている。彼を慕う仲間の為にも……僕は彼を助けたいと思う、それだけだ」

「そっ」

 ブラインは今まで腹に溜めていたであろう疑問を遂にハイライトへぶつけていた。
 ハイライトも自分を慕ってくれるそんなブラインへ正直な気持ちを返す。


 僅かな口論の末、ふと思い出したようにフィリップスが呟いた。



「ていうかそういえばさ、王都が魔物にどうとか言ってなかった?」
「!?」
「!!」


「……アリィ」
「そういやそんなのがあったな……色々ありすぎて吹っ飛んでたぜ。それじゃ王都に避難なんて出来ねぇんじゃねえのか?」

「いや……尚更行くべきだ、シン!!」

「ああ、アリィが……いや、あいつが助けを求めるなんて、普通じゃない。まさか本当に」



 真が第二人格にその思考を奪われていた時、確かに聞いたロードセルから響くアリィの声。

 自分本位で、強がりな女。

 アリィは暗い過去を抱えそれでもただ一人で足掻き生きていた。その姿はまるで真のよう。


 だから分かる。
 そんな女が自分に助けを求める等、事態はそれだけ深刻だと言う事。



「この第七都市も魔族の手に落ちていた……やはりファンデルは」

「でもさ、ファンデルの魔物襲来事件って有名だよね。世界を滅ぼそうと魔王が現れてはファンデルの勇者が倒す。そういえば今代の勇者も持て囃されてたの見た気がするなぁ……」

「で、どうすんだよ?ブライン?」



 ボルグの問いかけに、フィリップスも口を噤むブラインを見やった。
 それはフィリップスも既にボルグ同様、シグエーの意を汲むと言う結論を自分の中で出したという事である。


「く……では、ハイライト、さんは」

「今から僕が引き返したところで一人分の戦力にしかならないだろう。きっと本部のギルド員や騎士団も総出の筈、それにファンデル国は一応出禁だしね……ノルランドの方も気になる。僕は僕でノルランドのギルドに取り敢えず行ってみる事にする。シン、君は一人ならすぐにでも向かえるんだろう?例のあれで」



 シグエーはそう言うとシンへ目配せする。
 君だけでも直ぐにファンデルへ行けと、そんな意味を込めて。
 


「あ、ああ。だが」


 真はそこまで言って月華元を一瞥した。
 自分もここにいる者達に迷惑をかけた以上、一人で勝手に行くというのも気が引けたのだ。
 月華元と山本は言い方を変えれば自分側の人間、真自身も利用されていたとは言え、この星の者達には全くの無関係な存在だ。


「大丈夫よ真、友達、助けに行って!私だってこれでも研究者の端くれよ?最悪山本君になんとかしてもらうわ」

「もが!!もがも!」


「いや……でもこの星の人間には関係の――」


「ああ!わかった!フィリップス、ボルグ、そこの二人を連れて至急ファンデルへ戻る!!異論は無いんだろう!?」



 真が再度逡巡したそんな時だった、ブラインは何かを振り払ったような表情でフィリップスと座り込むボルグへ突如そう言い放った。


 そんな台詞を待っていたかのようにフィリップスは一度跳躍し、首を鳴らす。

 ボルグもやれやれと零しながらも口元には笑みがこぼれていた。



「シンと言ったな……この借りは、デカイぞ」



 ブラインのその言葉に真は一言「ああ」とだけ言いシグエーを一瞥する。


 積もる雪を辺りに舞い上がらせ、真は刹那上空へと飛び上がっていた。





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