その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第135話 勇者パーティの後ろで



――ファンデル王国城


 ファンデル城内は騒然としていた。



「何の騒ぎだ!?」

「エミール総長!ま、魔物です!!ファンデル王都外にて魔物の軍勢を確認、只今都民に避難敢行中です!」


「なに!?」



 エミール=カズハは自分の知り得る事を大臣に話していた。
 ダルネシオンが城内の地下牢にて不穏な行動を取っている事、リトアニアとの企み、そして怪しい黒服の者達を独自に操っているだろう事も。

 大臣は地下牢の鍵をダルネシオンが持っている事には多少驚いていた様子であったが、何かしら思う事はあったようで現国王に進言してみると話はそこまでであった。
 一大の決心をもって伝えた話、だがそれ以上の何かを期待する事は出来そうもなかった。

 大臣にしてみても流石に王子相手に勝手な意見は出せないのが現実なのか。そんな悠長な、と本音では思うカズハだが、それが王家に仕えるもののしがらみ。

 ここは抑えるしかなかった。
 ただ一つ、ダルネシオンが最早人間では無いのではと言う疑念だけは自身の胸の内に秘めて置くことにしたのは、恐らく恐怖から来るものだろう。




 そしてそんな矢先にざわめく城内と走り回る衛兵、騎士達。
 夜の明けていく時の中、城下に見えるおぞましい光景にカズハはただ絶句するしかなかった。




――魔物。


 それはこの世界で最も背筋を寒くする単語であり、カズハにとって最も忌々しくそして聞き慣れた言葉。

 だがそんな魔物が、ましてや群れをなしてこのファンデル王都に現れるなどあってはいけない事態であった。



「カズハ!」
「ユーリス」

 心に焦りと違和感を覚えながらその場に立ち竦んだカズハの前に、この慌ただしい城内には相応しくない程悠然とした歩みで近づく男が一人。

 氷城のエミールこと王宮騎士長と並んでもう一つの騎士団を纏める騎士長、ユーリス。
 

 金色の長髪はやはり貴族のそれか。
 今でこそファンデル国で一騎士団を纏める王宮騎士を名乗り高貴な銀鎧に身を包んではいるが、ユーリスはれっきとした王位継承者ファンデル国第一王子ユーリス=ファンデルである。

 
 だが気障な態度とは裏腹に貴族特有の傲慢さ、ましてや第一王子だと言う自覚も無く、面倒見のいい男だ。
 皆が親の七光りという意味でカズハをエミールとしか呼ばない中、ユーリスだけは親しみを込めてカズハと呼んでいるのもそんな人格ゆえか。

 ユーリスはカズハより一回り以上も年上でありながら、若くして国を憂い自らの実力で騎士総長に成り上がった。

 貴族でも何でもないカズハを疎ましく思うこともなく、それどころか影で支えてくれる杞憂な存在。
 友人の少ないカズハにとってユーリスは、最早両親のいないこの世界で心許せる貴重な人物の一人であった。


「ユーリス、この状況は……」
「由々しき事態だな。15年前の悲劇がまた起ころうとしているらしいが。カズハ、君も知っての通りだろうが王都の魔物襲来、あれは定期的にファンデル王都で起こっている。国王が勇者召喚を行った辺りからもしやとは思ったがまさかこんなにも早くとはな、君の両親にも申し訳がたたんよ」

「勇者……そうか、そう言えばスワンは何処へ」



 カズハは自分の両親の事を思い出していた。
 そして今代の勇者、ナカタニスワンを。



 勇者。
 それはある部族によって編み出された不可思議な秘術より、異世界から召喚されし者。

 カズハの父がそうであったように。
 だからこそカズハの勇者への期待は大きかったのもまた事実。
 自らそんな勇者の教育係を買って出たのもそんな事からだった。


 だが蓋を開けてみればとてもカズハが思う勇者、父の姿とは似ても似つかぬ男。それが今代勇者、ナカタニスワンだったのだ。

 スワンはコソコソと洗い場から盗んできたのか、カズハの下着であろう物を夜な夜な自室へ持ち帰っては一人何かをしているような人間だった。


 物覚えもよく武の実力こそなかなかのものだったが、そんな度重なる不埒な行動と直ぐに何処かへ遊びに行きたがるスワンには、ほとほと愛想が尽きていたカズハを誰も責められはしないだろう。



「さぁてな、また王都でもふらふらしているのかもしれない。しかしこの事態だ、勇者殿も流石に気付くだろう。前回も、この儀礼は昔から続く文化みたいなものだ。その為の勇者だからな、今回だけ魔物の手に人族が堕ちるなどは、無いだろう」

「それは、ユーリス……その言い方ではこの事態はまるで誰かがわざと起こしているように聞こえる」
「ん?おっと、はは、それもそうだ。失言だった、さて、私達も騎士達の指揮を取ろう。既に私の騎士団は城内からの監視と避難に注力させている。氷城の騎士団も纏め役がいなければな、程々に出張って都民を安心させてやってくれ」


 カズハはこんな事態に飄々とするユーリスに違和感を覚えた。しかも程々にとはどういう事か。
 これは王都、むしろ世界を魔の手に落とすかもしれない由々しき事態なのにと。

 それともそれだけあの勇者の力は信頼に値するものなのか。

 そうは思ったが、すれ違うユーリスにもう一度そんな事を問い詰めるような暇もなく、ましてや身内が何か企んでいる等と軽々しく言えるわけもない。

 カズハは脳裏に渦巻く疑念をふり払い、廊下を駆けたのだった。

 

 
 魔の襲来。
 それは幾度となく過去より起こる歴史の断片。
 そこに関わるは異世界より導かれし勇者。

 そして頼りのない今代の勇者。
 父も最初はああだったのか、それとも全く違う心持ちの者が乱数的に召喚されるのか。

 それはカズハには判らない。
 ではそんな勇者が万が一本当に頼りなかった場合はどうなると言うのか?

 所詮勇者の子でしかない自分には、世界を救う歴史の断片になどなれない、カズハはそれでもただ今やるべき事をと気持を切り替えていた。





「総員に告ぐ!!魔物を一匹たりとも王都内に入れるな!都民の安全が第一だ、氷城の騎士団、総員王都外周配備に付け!」


 カズハはロードセルの通話を城内拡声器の魔力機に繋げ、自らの率いる騎士団にそう声を荒げていた。
 それは自らの心の迷いを振り払うかのように。


 騎士団総員を王都外周へ。
 その言葉は城内に在中する者達にも聞こえたであろう、あるまじき言葉。


「……これは騎士長解雇かな」


 騎士とは都民を守る為、それは建前だ。
 王族貴族の護衛が何より第一。

 そんな事は王宮近衛の自分が一番良くわかっている。

 だがそれもこの世界あってのもの。
 全てが魔の手に落ちればそんな事も言ってはいられないのだ。

 今は一騎士として、勇者の娘として、一人の人間として、守るべきものを履き違えたくはなかった。



「カズハ、立派になったのね」
「へ?」


 そんなカズハの憂いを知ってか知らずか、慌ただしい王都には凡そ似つかわしくない鈴の音のような声が突如カズハを呼んだのだった。
 


「ぇ、へぁ……アリエル、さん?」


 金色に輝く長い髪、見ているモノを吸い込みそうな緑眼と先細った特徴ある耳。
 優雅に靡くその装いは正しく妖精そのもの。

 かつて幼きカズハを彼の森で母と共に見守り続けてくれた長耳族、アリエル=エルフィーユの姿がそこにはあった。



「いつの間に少し大きくなった?」
「い、いつの間にって……アリエルさん!今まで何処にいたんですかっ!?もう十年以上も経つんですよ!私、わたし……本当は寂しくて。それに、あ、アリエルさん!魔物が!また、あの時みたいに……でも、もうお父さんはいないし、それに今回の勇者だって!」


 カズハは長い年月、一人堪えて来た思いの丈を、唯一幼き頃から見知る相手に全てぶつけたかった。
 だがあまりに多くの思いと経験は、目の前の安堵アリエルを見てしまえば全てが無意味に思えてしまう。


「よく頑張ったね。大丈夫、一城の思いは無駄にさせない。それより、知っていたら教えてほしいの。此処には何かある、大きな魔が」


 アリエルはカズハの肩をそっと抱き、優しく、だが険しい表情でカズハにそう尋ねていた。
 


 大きな魔。


 アリエルの言葉はいつも断片的なものだが、聞き慣れたカズハにはその言わんとする事が手に取るようにわかった。



 心辺り。


 この人なら大丈夫。
 カズハはやっと胸のうちに抱えきれなかったその恐怖を打ち明ける相手に出会えたと感じた。

 そして同時に、自分が如何に小さな存在かと思い知らされるのだった。












「アリエルの野郎……何処落としてくれやがる。危うく魔物SMプレイになるとこだったじゃねぇか」


 アリエルの気まぐれによって、ファンデル平野に落とされた光拳のベルクは、眼前に群がる魔物の軍勢を前にただ口角を上げていた。

 それはかつての湧き上がる戦闘意欲。
 そしてそんな百を優に超える魔物の群れと魔族個体であろうものを一人で相手取らなければならないというおそらくは恐怖から来る震え。

 だがそれでも獣族の血がそれを歓びに変換させる。

 震え、歓喜、使命感。
 

 今となってはいなくなった一ノ瀬一城への手向けに。


「く、く、く……折角ならジイサンの新型ナックルでやりてぇとこだったけどよ。まぁこの際思い出と共にってかぁ―――っしゃぁぁ!!魔族共がぁぁ!俺様は勇者パーティの一人、ベルク=ヒューイナス様だぁぁ!!こっち向けやぁぁぁ!!」



 数百メートル先の魔物勢に聞こえるよう、そしてその気を引き付け王都から一気に距離を離すようにそう叫ぶベルク。


「あ、あの!貴方が勇者様なのですか!?」
「え、お?んぁぁ!?」


 と、今からそんな死闘を繰り広げようと気を昂ぶらせた最中。
 背後から聞こえるか細く震える声がベルクの戦闘心を遮らせた。


 背後には禍々しい程に漆黒の水晶球が付く木杖を抱え、心細いほど身の丈の小さな青髪の少女が一人。

 少女は震える膝に力を込めるよう、立つのだけでも精一杯な風貌でただベルクを見つめそう呟いていた。


「おっ、おいおい……お、お前、こ、子供がこんな所で何してんだ!危ねえぞ!あれを見ろ!ありゃ魔物だ!分かってるか?ここはやべえから早く王都に避難しろっ!!」
「ち、違うんです!わ、私も、た、た、闘います!ゆ、勇者と共に、た、戦うのが私の使命なんですっ!」

「はぁ!?勇者ぁ?何言ってんだチビっ子!いいから早く逃げろ!!――っち!やべぇ、気付いちまった!上空かよ、そりゃぁ考えんの忘れたなあ」



 ベルクの咆哮に気付いたか、それとも魔物同士の争いを抜け出たのか。
 赤黒く鈍い色の翼を持つ個体が王都に向けて滑空する。

 青髪の少女との会話を切り、ベルクはそんな魔物の処遇を考えていた――――刹那だった。



「――風よ、水よ、魔力マナ合わせ誘い放つ!疾走する光のストライド水槍(アクアトライデント)!!」


 青いショートヘアを掻き乱す風の渦。
 水飛沫と共に、その少女の杖に瞬く間に収束していく淡い光の本流は次の瞬間。

 薄青い槍の形となって、空を必死に仰ぐ黒き飛竜の体躯を突き抜けていた。


「やっ……やった!」
「――まだだ!!」

「へ!?そ、そんな」


 赤き翼を持つ小型の飛竜は体を丸めながら地面へと墜落する。
 そんな一連の状況を呆気にとられ見ていたベルクだが、ふと我に返り墜落する魔物の元へ駆けようとしていた。


 魔物はしぶとい。
 個体毎に必ず潰しておかねばならない部位がある。

 それを嫌と言うほど知っているからこその叱咤であった。
 だがそれ以上にベルクは思う。



「誰だかしんねぇけどチビっ子!後ろ、頼んだぞ!!」


「へ……!は、はぃっ!!」


「でもいいかっ!無理はすんなよ!出来る限り王都近くからでやれ、いつでも隠れられるようになぁぁ!!」



 そう言い残しベルクは平野を駆ける。

 
 本当は藁にもすがりたい程の状況だった。
 それほどまでにこの事態は異常。

 だが思う。
 世界を救う勇者は、その仲間達は。


 時代を変えてまた現れるのかもしれないと。
 



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