その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第114話 赤きミスティレイン



「conscious mind off sin kirisaki……choosing……dicided the no.3 biokillhuman convert!」



「な……何、誰だよ、何の音だよ!」

「!?」

 飛翔は聞き覚えのある、だがこの世界に来てからは一度足りとも耳にしていない、否耳にする筈のない音に若干の動揺を覚えていた。

 ジギルも不可思議なその音に、はっと意識を取り戻し思わず顔を上げて真を見る。




「――なるほど。これは中々低脳な」



 無機質な電子メッセージが鳴り終わるや否や、真の冷淡であった顔付きは今や見る影もなく、その眼は線のように細く感情が読み取れない。
 声色は半オクターブ上り、最早そこにいる人間が今迄そこにいた霧崎真本人であるとは思えなかった。

 だがその霧崎真は辺りの現状をその細い目で見回すなり何を思ったのかそう溢す。



「何、何がなるほどだよ!お前、早く平伏せっ、僕が勇者飛翔だ!解ったらとっとと靴を舐めろ」

「靴を舐めろ……ん?ふふふ、ふふふふ、あぁなるほどなるほど。理解しましたよえぇ、えぇ、舐めましょう、勇者様。さあその御脚をお出し下さい」


「っ……フォース?」



 ジギルにはその光景が信じられなかった。
 全く今迄と異なった雰囲気を纏うその男、真。
 否フォースは片膝を床につけるとそう言って飛翔に手を差し出していた。

 奇怪な音、真の変貌、そして全くと言っていい程違うその優雅な身振りに、ジギルは訳もわからずただその行く末を見守る事しか出来なかった。



「は……はは、そ、そうさ!それでいいんだ。ふふふ、僕は無敵、誰も勇者である僕には逆らえ――ほっ?」



 飛翔は自らの片足を真へと差し出し歓喜した。自分のイービルアイによる能力が通じていると、全ては思いのままだと歓喜したのだ。

 そう、それが起こる一瞬前までは。

 宙に舞うその物体が、迸る鮮血が、遅れて脊髄を這いまわる程の痛覚が全て自分のモノだと気付くその瞬間までは。



「ギイィィィァァァァァッッッ!!」
「ふふふ、血で満ちる情景。何と優雅か……レッドミスティレイン、赤き霧雨。ふむ、そうですねこの際霧雨真。そんな名前も良いかもしれません。なかなか良いネーミングではありませんか?どうです勇者殿、赤いと言う所が抜けてしまいましたがそこはご愛嬌という事で」


「ぅわぁぁっ!!足ぃ!!僕の足がぁぁ!いだぁいっ、いだぁぁいぃぃ!!」


 飛翔の耳には最早真の言葉等聞こえてはいなかった。
 ただそこにある一つの現実、自らが舐めさせ、屈服させる為に差し出したその足が無いと言う事実のみが飛翔の脳内を支配していた。

 激痛と恐怖が飛翔を飲み込んでいく。

 だがそれを容易く平然と行なった真、もとい霧雨真はそんな飛翔の様子を見て不思議そうに首を傾げるだけであった。



「おやどうしました。少し足が切れただけでしょうにそんな大袈裟な……この私にその汚らわしいモノを突き出した。それは私に対する冒涜、それを教えて差し上げただけだと言うのに。しかしその目、何ですか醜い。その目で私の意識を操ろうとしたのでしょうか?奇怪ですねぇ、聞いたことが無い。脳内催眠電磁波でも出ているのでしょうか?少し解析しましょう」



 まるでこの世界には自分しかいないとでも言いたげに、それをするのがさも当たり前とでも言うように、真は涙と鼻水、血にまみれて悶える飛翔の下へ一歩近づくと、自らの左手を飛翔のイービルアイが融合している片目に突き込んでいた。


「ふぴ」


 何の躊躇いもなく、ただ自らの興味本位で飛翔の眼球を抜き取る真。それはまるで知識欲に支配された道徳理念も無い研究者のよう。
 飛翔は自分の身に何が起きたかも恐らく理解できないまま、おかしな音を奏でてその場に倒れていた。


 真の手によって掴み抜き取られた飛翔の眼球。
 その裏には眼球よりも大きな何かがへばり付いている。為す術も無く、水中から揚げられた軟体動物のようにぐったりと掴まれるそれは魔物、この世界にのみ存在する生物イービルアイ。

 真はイービルアイを見るなりその細い目を広げて感嘆した。


「これは何と醜い!この世界の生物は本当にどれも醜い物ばかりですね……さてこの生物の何が人を操ると言うのでしょうか。FAIBE on link index」




「これは……一体、フォース……あんたは」

「ほほぅ、300MHz微弱電磁波ですか。なるほど、マイクロ波による脳干渉……それで私が呼び出されてしまったと言った所ですかね。全く腹立たしい、人工人格とは言え私にも人権はあるでしょうに。と言う事はあのエセ科学者共はやはり私を自在に呼び起こせると言う事でしょうねぇ。気に入りませんね、そうは思いませんか霧崎真……おっと今は私が霧崎真でしたね、まぁいいでしょう。さて、それより」



 霧崎真、今は霧雨真と言うべきそれは地球の科学者によって組み込まれた真の第三人格。
 殺戮の為に人体改造を施された真。

 そしてその中に作られた3つ目の人格である霧雨真と自らを名付けたその男は、掴んでいたイービルアイを握り潰すと再度自分の居るその室内を悠然と巡視したのだった。



「あんた……フォース、なのか?」
「はい?おっと、ええそうですね。貴方は確かこの世界で多大な実権を握るリトアニアグループ、その裏組織アニアリトの、いえ元アニアリトのジギルさんでしたかね。大丈夫ですよ、私も霧崎真、記憶は同じですから」

「一体……何が、どうなってる」
「そんなに怯える必要はありませんよ?」



 饒舌になった真はジギルへそう言って微笑みかける。
 その言葉にジギルは自分が目の前にいる男へ畏怖の念を抱いていた事に改めて気付かされていた。



「さて、私についてはおいおい話すとして……何でしたか、アニアリトを殲滅するのでしたね。では早速始めましょうか、私の記憶によるとまだ他にもこの世界でやるべき事があるようですから」
「せ、殲滅って。どうするつも……まさか!?」

「思い出しましたか?アニアリト全てを呼び出すのですよ。最期の大仕事です。サトポンの下へ行きなさい、そして伝えるのです。霧崎真が生きていたと、ですが私は手負、南の森に逃亡しました……ふむ、いえそれだけでは説得に欠けますかね。ではこうしましょう」



 第三人格、霧雨真は一人アニアリト殲滅のシナリオをつらつらとジギルへ伝える。
 ジギルは動揺しながらも目の前にいる男の言葉を脳内で反芻しながらこれから自分がすべき行動を考えていた。
 だがその刹那、真の左手が視界から消える。


「……ッ!?」


 右手に違和感を感じたジギルはふと視線を落とし、驚愕した。

 それもそうだろう、自らの肘から下が無いのだから。
 流血も無く、ただ忽然とその存在を無くした自分の腕。だがその先を床に見つけた時、ジギルは初めて事態を理解した。

 自分の腕は目の前のこの男によって切り落とされたのだと。

 暗殺者である自分の視力を以ってしても捉えられないほどのスピードで。
 だが不思議とそこまでの痛みは感じない。少しの痺れがあるがこの程度は今迄受けてきた過酷な訓練に比べればすり傷程度のものだ。


「瞬間冷圧した窒素で全て切断してありますのでご安心を。ただこの世界の医療がどれだけかは知りませんが。まぁ腕の一本位守りたい物に比べればお安いでしょう?さて、では行きましょうか……おっと、そちらの淑女方を忘れる所でした。どうやら私の想い人もいるようですからね、貴方のお仲間に預けて行く事にしましょうか」



 自分のやるべき事をまるで全て他人事のように言い連ねた真は、床に付す二人の女に手際良く上着だけを着せるとそれを両肩に軽々と背負った。


 ジギルは新たなる主である男に、自分の腕を切り落とされながらも特にそれへ憎しみを抱くことは不思議と無かった。


 その必要があったからそうした、だだそれだけ。
 その行為に悪意も、欲望も、ましてや罪悪感等と言う人間としての隙がある訳も無い。
 ジギルの今仕えた男、霧雨真と名乗ったこの男はそう言う人間なのだとジギルは瞬時に理解し、そして畏敬した。

















「別、人格……」
「ええ、まあそんな所でしょうか。と言っても私の全ては今や人工人格にされていましてね。貴方方の知っている霧崎真は元々の霧崎真をベースにした第一人格と言う形です。まぁ細かい説明をした所で理解できないかもしれませんがね。どちらにせよ、アニアリトを皆殺しにしますよ。約束しているようですしね……兎に角サトポンの所へはジギルさんに行って頂いて、ルーシィさんとバイドさんはそちらの淑女方の対応を宜しくお願いしますよ?お二人は私に殺された事にしますので。因みに私を裏切って頂いても構いませんがその時は御三方も殺しますので、あぁ、あと教会にいる人間もね」



 教会に集まった元アニアリトのジギル、ルーシィ、バイド、そして霧崎真改め霧雨真は事態を簡潔に説明していた。
 ジギルが腕を斬られた事を見ていたルーシィは裏切りだと真へ罵声を浴びせたが、当のジギルがそれを必死に弁解していた。

 漸く怒りを収めたルーシィは静かにこれからの計画をただ聞き入れている。


 提示されたストーリー。
 任務を放棄した霧崎真はルーシィとバイドを殺し、ジギルと相打ちになって南の森に逃げたと言う筋書き。

 だがこの男真、そんな人間一人の為に本当に全国中に散らばるアニアリト全てが集まるだろうか。たかが王都にいる三人のアニアリトがやられた位で、とルーシィは疑問に思う。

 だが同時に自分に出来る事は最早何も無いのだと、今はそんな自分の無力さにただ唇を噛むしかないのだった。

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