その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第103話 アニアリトの危機

 
 サモン=ベスターの腹心、リトアニアの懐刀。
 そんな風に言われるようになったのは記憶に懐かしい。


 サモン=ベスターは無類の好色家だが、リトアニア商会をここまで大きくしたのは彼の手腕に依る所も大きい。
 ギルドと言う独自の団体を国の補助まで受けながら設立し、あまつさえ国外までそれを広めたのも一概にサモン=ベスターの多大なコネクションとその際限無き欲望あってこそだろう。

 だがこのサトポンが仕える真の主は今やこの男ではない。
 ファンデル王国第三王子、ダルネシオン=ファンデル。

 ファンデル王の息子ではあるものの三男ともあって王位継承の可能性は余程の事が無ければ有り得ない立場にいる男。
 当時齢二十三と若かったダルネシオンだが、その見識には目を見張るものがあった。

 リヴィバル王国とファンデル王国は現在も冷戦状態が続いている。
 それは有神論を掲げ、神の元に皆平等を主張するファンデル王国に対しリヴィバル王国が無神論を主張しているからだ。
 ダルネシオンはそんな小さき事の為に国がいつまでも対立している事を馬鹿馬鹿しく思っていた。

 リヴィバルは小国、ファンデルはノルランドに比べれば小さいがそれでも大国である。
 このまま対立を続けリヴィバル王国がレノアール共和国と国交を結べばそれはファンデル王国と十二分に渡り合える程の国力を持ってしまう。

 そう考えていたダルネシオンは各国へのコネクションを持つリトアニアグループに目をつけていたのだ。

 リトアニアグループをダルネシオンの管理下に置き、実質ファンデル王国の実権を握る。
 裏でリヴィバルの王とその手を結び、いつかは両国を我が手中に治めるというのが若きダルネシオンの目指す所であった。

 その一つとしてリヴィバル王国への撒き餌に奴隷売買を持ちかける事。
 自らが種族差別を行った上で国に多大な利益をもたらせば、無神論者との証明も兼ねてリヴィバルの信用を獲得できる。
 それには何としてもまずリトアニアグループを掌握する事が必須だった。


 だがリトアニアの全権を持つのはファンデル王国と繋がりのあるサモン=ベスター。
 万が一にもそこからダルネシオンの策略が漏れ出るのは避けたい。
 そこでダルネシオンが目をつけたのはサモン=ベスターの腹心でもあり、リトアニアを裏で管理する元リヴィバル王国出身の男サトポンだったのだ。






 武芸の達人であり数多くの弟子を持っていたサトポンであるが、ある程度の歳でその地位を引退しリトアニア商会の旅中護衛役としてサモン=ベスターに拾われた。

 旅中護衛役は危険な魔物や獣が跋扈するこの世界では特に商いを生業とする商人達には必須の存在である。
 サモン=ベスターは後にリトアニア商会をグループ化させ、その中に一つの警備隊を組織しその全権をサトポンに任せたのである。
 いつしか警備隊はサトポンの武芸を学び大きくなっていった。

 そして一般市民からも腕に覚えのある人間達を引き入れ、いつしかギルドと命名されたそれは単独組織として国に根ざすようになった。

 数多の中小商会を全て取り込み肥大化するリトアニアグループ。
 護衛の他にも様々な仕事を請け負い、そのシステムの利便性に他の国をも巻き込んだリトアニアグループの一組織ギルド。
 だがリトアニアグループが十分に部下だけで動くようになった頃、サトポンは随分な歳を重ねた事を理由にサモン=ベスターの召し抱えとして隠居する事になっていた。


 今では唯の雑務をこなす執事に成り下がっている。
 そんな折にサトポンへ声をかけたのが彼のダルネシオン=ファンデル第三王子であったのだ。

 サトポンはそんなダルネシオンの話に乗る事にした。神を崇めるファンデル王国、その王子の口から奴隷売買と言う言葉が出た事に何とも面白さを感じたからだ。
 久しく感じなかった生きる悦びをそこへ見出したくなったのかもしれない。



 ダルネシオンが直接サモン=ベスターを誘わなかった理由は解りきっている。
 ベスターは一流の商人でありこんな儲け話なら逃さないと言いたい所だが彼もまたファンデル王国出身の有神論者である事は間違いない。ならば恐らく奴隷売買等には手を出さないだろう。

 それを見越して声を掛けてきたダルネシオン。 
 サトポンはダルネシオンと結託し、国の行く末を見ることにした。かつて育てた者達を率いて秘密裏にダルネシオンをサポートする、その組織こそが現アニアリトである。


 だがアニアリトの名はここ数年、裏の世界で随分と名が通るようになってしまっていた。
 アニアリトの部下には基本リトアニアの名を名乗るよう教育してあるが、それでも力行使でダルネシオンの用を足していたのが仇となったのだろう。
 ついにリトアニアが奴隷売買を陰で行っていると言った話が一人のギルド官によってサモン=ベスターの耳に入る事になってしまった。

 原因はリトアニアと称したアニアリトの一人が殺された事にある。
 流石に人身売買の最中だったとは言えないが、リトアニアグループにその事が知れてしまった今、その事態は深刻。
 早急に全てを闇に葬らねばならなかった。

 サトポンは早々にアニアリトの幹部が取り纏めを行うリヴィバルのギルド本部へ、リトアニア会長サモン=ベスターの暗殺を命じた。

 この際これに乗じて一気にダルネシオンを次期リトアニアの会長に押し上げる事も考える。
 だが送り込まれてきたギルド員は何故か暗殺を放棄し、それどころか依頼主をサトポンだと知った上でサモン=ベスターにリトアニア内部へ助けを乞うよう口添えしたのだ。


 問題外も良い所だった。
 一体リヴィバルのギルドはどうなっているのか、これは一度灸を据えねばならない。
 だが今はサモン=ベスター暗殺計画の疑いを晴らすべく会長と本リトアニア幹部への対応が何より優先だった。

 サトポンは自らの片腕を関節から綺麗にへし折り、背に持っていた短刀を自分の脇腹に突き刺した。
 致命傷はない、この程度の痛みはサトポンにとって何でも無い事だ。
 高級な絨毯を自らの血で汚しながら、サトポンはサモン=ベスターの自室へと繋がる扉を押し開ける。




「……っ、ベスター会長!」
「サトポン!!」


 白い絹のローブを身に付け、今にも帰り支度をしようとする女は今日ベスターが招いた遊女。
 そんな女に最早興味も無くなった様子のベスターは同じく白いローブを纏っただけの無様な巨体を揺らしながら魔力通信機に齧り付いていたが、扉からサトポンの姿を目に入れるなりどうなっていると駆け寄ってきた。



「すっ、すみません……不覚を取りました。ベスター会長がご無事なようで何より」
「そうかっ、生きていたか。しかしサトポンに遅れを取らせるとは中々の手練のようだな……あやつサトポンがどうとか言っておったが一体……」


 どうやら今の所ベスターがサトポンを疑っている様子は無い。
 それはそうであろう、突然現れた何者かもしれない者に、今まで仕えてきた人間がお前の命を狙っていると忠告されて真に受ける方がどうかしている。
 それ位サトポンはベスターに尽くしてきたのだから。


 あのギルド員の目的はしかし一体何なのか。間違いなくサトポンの出した暗殺依頼を実行しに来たリヴィバルのギルド員である筈。
 だがあの者にしてみればこれで結果仕事は失敗となるのだ。報酬も支払われず、失敗となれば最早リヴィバルのギルドに戻る事も出来ないだろう。


 どちらにせよ今回の依頼実行者は、暗殺完了次第サトポンのファンデル王都直轄配下アニアリトによって口封じする予定であった訳だが。


 ならば今回あのギルド員がベスター暗殺を全うせず、こうした事態を招いた意図は何か。
 自らがサモン=ベスター暗殺を完了した後、裏で殺される事を予期し、一か八かで逆に依頼主であるサトポンを嵌めようとした可能性か。

 否、自分が暗殺されるのを恐れるならばこの依頼自体を放棄するしかない。
 サトポンを嵌めるにしてもリトアニア会長をわざわざ生かしておく必要は無い。



 つまり狙いは――疑心か。

 サトポンはあのギルド員の目論見を理解した。
 こうした強襲事件とサトポンが犯人だと言う一言、それはサモン=ベスターの中で何かしら組織に対する猜疑心を生む。
 それは何れリトアニアグループの内輪揉めに発展し、サトポンが取り纏めるアニアリトがそこへ浮上してしまう可能性は高い。

 今でこそ水面下ギリギリ。
 だとすればあのギルド員の狙いはリトアニアグループ自体の組織解体。


 厄介な事になった。
 早々にサモン=ベスターを消さねばならない。
 だがこれだけ大きくなったリトアニアグループ、その会長。恨む者も多くいるとそんな理由での暗殺を予定していたが、リトアニア本部に会長本人から内部審議の連絡が行ってしまった今サモン=ベスターを消してしまう訳にもいかない。

 生かしておくのも問題、殺す事も容易に出来ない。
 これは一度ダルネシオンに判断を仰ぐべきか。 


 内心を悟られぬよう苦悶の表情で自ら刺した脇腹を押える。



「サトポン、薬師も呼んでおく。しかし許せん……あの者を直ぐに炙り出すぞ」

「申し訳御座いません。リトアニア本部と連携し直ちに」



 兎に角リヴィバルギルド本部へ至急今回の暗殺依頼を出した人間の身元確認、そしてあの者を追わせているルーシィ、ジギル、バイドの三人に状況確認をしなければとサトポンは脳内で次なる行動を即座に羅列していった。


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