その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第99話 任務放棄は死刑執行

「……リトアニアに連絡は終わったのか?」
「貴様……ふざけた真似を。儂をナメるなぁぁ!!」



 様々な装飾の施される室内で、裸の女はベッドから此方を眺め石像のように固まっていた。
 連絡を終えたのか、リトアニアの会長は壁に掛けられた手斧を振りかざし真へと肉薄する。

 自らのアレを振り乱しながら斧を振り下ろすその様は正に滑稽。

 真はそろそろ熱エネルギー化してしまうヴァイズブラックエッジを手斧に向けそれを容易く斬り捨ててやった。
 所詮はなまくら、その使い手もポンコツと来ればその戦力差は言わずもがなである。

 柄から斬り飛ばされた手斧の刃は壁の絵画に突き刺さり、会長はあからさまに怯えの表情を見せていた。



「な、何が……何が望みだ貴様。か、金なら幾らでもある!」
「……ふ、そうか。じゃぁ今すぐ金貨を出して貰うとするか」

「金貨……幾つだ、待て、すぐに出す。今は持ち合わせが――こ、これで、後は何とかしよう」



 会長はデスクの引き出しから小さめの金庫を出し、直にそれを開け放ち真に向けて見せつけた。
 恐らく他にも財産を隠す金庫はあるのだろうが、別に真は強盗をするためにここに居る訳ではないのだ。
 これはあくまでついでである。

 真は会長が出した小さめの金庫に入る装飾品を指差し、ヴァイズブラックエッジの収束を解除した。


「その中から金貨を出してこっちに投げろ」
「き、金貨……何故そこまで金貨に拘るのだ、この装飾品を売り払えば白金貨にも十分届く」

「いいか、俺は金貨と言ったんだ。早くしろ、殺すぞ」
「わっ!分かった、待て、き、金貨……こ、これしかない。金貨はこれしかないんだ、装飾品は間違いなくAランク物だ。これで」



 消えゆく自分の命の灯火に必死で縋るリトアニアの会長。
 所詮金も権威も全ては力の下に成り立つ無様な幻影といった所か、真はその金貨を投げろと会長に指示して投げられたそれを片手で受け取った。

 そしてそんな光景を客観的に想像し、やはり力が全てだと言う持論に間違いはないのだと思い直さずには居られいでいた。



「助かる、丁度金欠でね。後はお楽しみの続きでもしてくれ、人生の最期にな」
「なっ、待て!どう言う事だ?本当にそんなもので見逃してくれるのか……」


 そんなもの。
 リトアニアの会長にとっては金貨一枚そんなものなのだろうが、そのたった一枚の金貨の為にどれだけ命を危険に晒す人間がいるか、それはこの会長の知る所ではないのだろう。 

 だが真にしてもそんな事を今更考えるつもりもない。


「……言ったろ?俺はあんたの召使に殺しを依頼された。あんたも死にたくなかったらリトアニアの裏切者を何とかする手立てを考える事だ、じゃあな――」



 真はそう言うと反発応力によって会長の真横を瞬時に通り過ぎ、その開かずの窓を新たに収束させたカーボナイズドエッジで斬り飛ばして屋敷を後にしたのだった。
 加速システムと重力操作によって瞬く間に遠くなるリトアニア会長、サモン=ベスターの屋敷。



 真は会長殺しを止めたのだった。
 と言うよりあの恐らくサトポンと言う名の老紳士をアニアリトと判断したその時からこれは決めていた事なのである。


 人一人を殺した所で大きな組織は消えたりしない。

 真の望む所として、出来るならばリトアニアとアニアリトが互いに揉めて共倒れになるのが万々歳の理想といった所。

 だが恐らくあの程度の会長であればアニアリトの方が一歩上手であろう、真が殺らずとも直ぐにアニアリトによってあの会長は消されてしまうかもしれない。
 だがそれでもあの会長が裏切者以外のリトアニアの人間に何かしらを伝えて殺されれば、あのサトポンにも矛先は向く筈とそう考えての今の行動であった。


 おまけの金貨も手に入れ、情報も十分。
 この分ならリヴィバルのギルドに戻る必要もないだろう。
 真はそう考た所でカーボナイズドエッジの収束を解除させ、夜のファンデル王都に降り立った。


 邪魔な漆黒のフードをコートの役割に戻し、奪った金貨を一頻り見つめてポケットへと入れる。
 残りやるべき事はアニアリト残党の始末といった所か、そう考えていた刹那だった。
 背後に何かしらの気配を捉えて真は咄嗟に振り返る。

 だが時既に遅し。
 向けられたその銀閃は真の胸を数箇所捕らえていた。


(顔面に一本、両腕、胴に三つ……随分と早いお着きだな)


「……?」


 真に向けられたのは手投げ短刀。
 鍔が無く、持ち手もほぼ無いような細長い刃そのもの。
 その6本は同時に何の躊躇いもなく、一瞬で的確に真を狙っていた。
 だが目の前に現れたグレーの外套で全身を覆ったその者は、そんな真を見て多少の動揺を見せていたのだった。



「もう来たのか?やっぱりあの爺の差金か」
「…………何故仕事をしなかった」


 真の問いかけはスルリと流され、グレーのフードからふと囁かれる言葉。
 両腕に向け投げられ短刀を反射的に掴んでいた真は、それを眼前のソイツに投げ返した。


 だが当たり前のように軽くも避けられる真の投げ返した短刀は暗闇へと消え去った。
 それを見ながら真はメッシュアーマーにも巧い事突き刺さったナイフを抜き取り地面に投げ捨てる。



「あんたらがどうせ殺ると思ったんでね……で、どうする。任務放棄は死刑執行か?いや、どっちにしろ殺す気だったんだろうが」


 思った通りに進む物事。
 真はこうなるだろう事を全て予測していた。

 リトアニア会長の暗殺依頼、そんな大事を起こした人間がすんなりと逃して貰える筈も無い。

 アニアリトはギルドに暗殺を依頼し、リトアニアの会長サモン=ベスターを殺させた後で更にそれを行ったギルド員の口封じをする手筈であったのだ。


 それを解っていたからこそ真は会長にわざわざ助けを呼ぶ時間を与えた。

 でなければ真が会長を生かしたと知れた時点であのサモン=ベスターは身内によって消されてしまうからである。
 恐らく既にあの会長はもうこの世にはいないだろう。どうでもいいがついでにあの女も。


 真が次にやるべきは今目の前に現れている奴等を消す事。つまりはアニアリトの残党始末である。
 情報を手に入れた今、後はあの会長が連絡を取ったリトアニアの連中とアニアリトで勝手に揉めてくれればそれでいいのである。
 身内の内部抗争による組織破壊、それこそが真の狙う所なのだ。そして少しでも戦力を削ぐ為にアニアリトの手練は真自身で始末する。


 そう、結局全ては力で解決させる事。
 その専売特許はアニアリトだけのものではなく、真の最も得意とする所なのだから。





「消えて貰う」
「そうかい、どっちが狩られる側か試してみろ」



 真がそう言い終わるより先にフードは素早くその身を消した。


(――上か)


 消えたように見えるのは対象がとてつもない速さで移動した証。
 そしてそれが最も顕著に見えるのは人間の視野が不得意とする上への移動である。

 真がバックステップで一歩下がると同時に目の前へ一筋の煌きが走る。
 直後フードの右足が地面に軽く突き刺さった。

 どうやら靴底に何かが仕込まれているようである。
 フードは初撃を躱された事を悔しく思うような間もなく第二撃の蹴りを真の鼻先目かげて繰り出した。

 真はそんなフードの二撃目も軽く身体を反らせ、最小の動きでそれを躱す。

 避ける動作は戦闘中に最も隙の出来る行為である事を真は痛い程知っている。攻撃は最大の防御と言うように逃げるという行為は裏を返せば自殺行為に等しい。

 つまり避けるのならばそれは最小の動作で無くてはならない。
 真は嵐のような追撃を一つ一つ的確に見取りながら様子を伺っていた。

 暗殺がたった一人によって行われる訳は無いと踏んでいたからだ。そんな刹那、真は両脇から感じた気配に大きく後ろへ飛び退る。


 眼前を二本の銀閃が飛び交い、その直後に再びフードが一直線に靴底の刃を真へと向けて来ていた。
 靴底に仕込まれるのは半月型の刃。
 氷上の娯楽であるスケートのブレードを凶器にしたようなものだが、持つ者によってはとてつもない威力に様変わりするそれ。


 真が一旦距離を大きく取った所で、攻撃を止めたフードの下に同じような二人のフードの人間が集まっていた。
 先程隙を見て両脇から短刀を投げてくれた刺客の連中であろう、三人のフードは静かにただ真を見詰めているように見えたのだった。


(……さて、あと何人出てくるやら)


「こんな街中で随分と激しいな」


 真は視線を目の前の三人へ向けながら辺りの気配に気を配る。
 街中とは言えここはこの時間帯に人気の一つもない商業区、暗殺にはうってつけ……とまでは行かないが初撃で仕留めるなら十分の場所である。

 ただそれをし損なった三人の刺客は多少なりこれからの身の振りを考えているようにも見えた。


「手間取るぞ」
「生かしては置くまい」
「……一度退く」



 三人のフードが端的に、小さく交わした言葉を真は聞き逃しはしなかった。

 直後に散開する三人のフード。
 仕方なくそのうちの一人に目をつけた真は、加速システムによってその後を追ったのだった。

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