その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第98話 老紳士と会長

 敷地内に足を一歩踏み入れるなり伝わる獣の唸りと殺気。
 ザッと言う幾つもの芝地を蹴る音を耳に入れた真は、左右から飛び出す気配を感じ咄嗟に上空へと跳んでいた。


 真下では左右から計四匹の狼とも犬とも呼べぬ四足歩行の獣達が飛び上がった真を認め、前足に急停止をかけながら顔を上げている所であった。


「金持ちはどうしてペットをこうも飼いたがるのか……」


 ルナの操るグレイズウルフとは真逆の黒い毛色、大きさはそれぞれ2mはくだらない獣達は一様に怪しく光る鋭い犬歯から涎を垂らし獲物を見据えていた。

 普通に歩いていれば恐らくあの四匹の猛犬に喰いちぎられると言う事なのだろうが、これが罠だとするなら些か安易とも思えた。


 恐らくこれは挨拶代わりと言った所か。
 真は重力操作によりゆっくりと落ちて行く数十秒の間に猛犬の処遇を考えていた。
 下手に犬もどきを相手して声でも上げられては面倒、殺るなら一撃一瞬でなくてはならない。


 そう判断した真はデバイスより磁性粒子分解波の放出を準備、対象を捕捉した。
 先ずはその電磁波を一体の猛犬へと向ける。

 耳鳴りのような音を一瞬感じた後、目標とされた猛犬は跡形もなくその場から消え去った。
 落下していく最中、それをもう一体。そして更に三匹目へ。

 
 そして最後の一匹が地面に降り立とうとする真を認め声を上げようとした刹那、真は手元のヴァイズブラックエッジをその猛犬に向かって薙いでいた。

 ただ一匹残った猛犬は声を上げる事も叶わず静かにその首を飛ばし、大袈裟な体躯を芝地に倒した。



 辺りには静寂が戻り、ただ扉へ向かおうと歩く真の芝踏み音だけがそこにあった。

(……やっぱりそうか。次は控えるしかないな)



 真は携帯端末――通称FIBE――の画面に表示されるエネルギー残量を見て、磁性粒子分解波の使用エネルギーに肝を冷やしていた。


 デバイスに使用しているのは三次電池。
 使用放電をエネルギーとして再充電するシステムを二次電池に組み合わせた物である。
 だがそのエネルギーサイクルの対象となるのは基本動作のみ。

 つまり元素捕捉や元素収束、反発応力操作及び主要なプログラムはいくら起動させようともその分の電気エネルギーが自動回復すると言う事である。

 無論、一度に容量限界の電気エネルギーを放電させてしまうとデバイスは緊急オフモードへと転向してしまい使用不可となるが、そんな容量オーバーなプログラムは存在しないのでそこは考える必要はない。
 

 だが、問題は磁性粒子分解波がそんな三次電池の範囲外となっている事であった。


 以前から磁性粒子分解波使用後の残バッテリーが回復しない事に僅かな疑問を抱いていた真。
 だが他の機能を酷使している間に僅かなりとも残量が戻っていた為特に気に留める事もしていなかった。

 しかし今回使用した磁性粒子分解波の回数は三回。デバイスのバッテリー残量はあからさまに減少し、真も初めて見るような状態になっていたのだ。
 万が一にも緊急オフモードになってしまえばこの世界にこれを修復出来る人間は恐らく存在しないだろう。


 デバイスが使用不可となれば真が魔物等が蔓延るこの世界で生きる道は密かにどこぞの街で暮らす以外に無くなってしまう。

 今となればそれでも構わないが、まだ真にはやる事があるのだ。
 真は今後バッテリーが回復するまでは磁性粒子分解波の使用を控えようと心に留めたのだった。





 職人技の施された重厚な扉にはノッカーが付いているが、あんな獣に挨拶をされた後で敢えてそれを使う気も起きない。
 真は扉を力任せに押し開いた。


 扉には予想通りと言うべきか、鍵もかかっておらず高級な赤い絨毯と螺旋階段、煌々と輝くシャンデリアの明かりが真を出迎えた。



「真夜中の客人と言うのは総じて招かざる客ではありますが……ここまで堂々と来られたのは貴方が初めてですよ」


 広いロビーには一人の老紳士。
 ブラックスーツに赤の蝶ネクタイをつけたその男は、腰に両の腕を回したまま表情の読めない笑みで真にそう告げたのだった。



「……随分な歓迎には感謝するが、何故入れた?」
「ほほ……家の可愛いペットです、少し気性が荒いですがな。招かれた理由……それは貴方もお察しなのでは?」



 食えない爺であると真は思った。
 この男の言葉遊びに付き合うつもりもないが、こうして真の所在を探っている所余程の余裕があるのだろう。

 真が会長を殺す為に参じた事をこの男は知っている。つまりはこの老紳士が依頼主でやはり間違いないような口振り。
 万が一真がギルドの依頼を受けた暗殺者ではなくただの客人であったとして、老紳士の言葉に何かしらの情報を得てしまっても黙殺出来る程の力を背後に持っていると言う事だ。


 真はこの男がアニアリトを仕切っていると確信していた。



「なるほど。あんたがアニアリトの飼い主か……リトアニアと繋がってる線は消えたな。まあいい、約束通り仕事をしに来た、案内してもらおう」

「ほほ……アニアリトとははて一体何の事やら。ですが賢い方は嫌いではありません、どうぞ最上階へ。ベスター会長はお部屋に居らっしゃいますよ」
「ふん」



 真は細い目で笑みを崩さない老紳士を一瞥し、螺旋階段を一気に駆け上がった。
















 情報は十分だった。
 リトアニアの会長は自らに仕える執事のようなあの老紳士に暗殺依頼を出されている。
 それだけならば何かしらの恨みと言う解釈も出来そうなものだが、恐らくあの老紳士はバックに何かを飼っているのは間違いない。
 だがそれを使って会長を殺らない理由はリトアニアとの繋がりを万が一にも悟られたくないと言う事だ。
 つまりはあの老紳士がアニアリトを裏で牛耳る大元と見て間違いないと真は判断していた。



 ならば会長と共にあの老紳士も葬っておくべきか、そう考えたが真の足は最上階を目指す。

 それはあの老紳士程度を殺った所でどうにもアニアリトと言う組織が壊滅するとは思えなかったからである。
 大きな組織と言うのはどうあってもただ一人に手綱を握らせたりはしないものだ。
 大きな組織を壊滅させるにはもっと別の方法が必要であった。



 真は最上階のただ一つの扉ヘ続く長い廊下を駆けていた。
 やはりと言うべきか、リトアニア会長の居場所と言う重要な場所にも関わらず護衛の一人もいないのは依頼主の配慮か。


 再びの重厚な扉を真は軽く押すが、内鍵が掛かっているのかそれが開く雰囲気は無い。
 今更遠慮する必要も無いと、真は収束してあるヴァイズブラックエッジで扉を切り開いた。



「――んなっ!?」
「えっ……」



 豆腐のように切り裂かれた扉の部位が室内の床に倒れ、その音によって全裸の男と女が真に振り返る。
 でっぷりと腹の出た恰幅のいい男は額に汗し、下で仰向けになる女は表情を快楽から驚愕に変えていた。


「なっ、なんだ貴様わッ!」

「……お楽しみのところ悪いがな。あんたがサモン=ベスターで間違いないか?」



 自慢のイチモツを震わせながら驚き叫ぶ男がリトアニアの会長で間違いないと真は確信していたが、もう少し動揺した顔が見たいと敢えてそう尋ねていた。

 ここで如何にもと答えようものなら大した人物だが、そこまで肝は座っていないようである。
 会長は裸のまま真の背後を覗き声を上げていた。



「オイッ!誰もいないのかっ、侵入者だ!お、サトポンッ!!」


 慌てふためく全裸の会長は正に滑稽。
 だがそれよりも恐らくあの老紳士を呼んだのだろう、その名前に何とも笑いを堪えきれなかった真である。

「ふ……それがあの爺さんの名前か?なかなかのセンスだな、親の顔が見てみたい」

「きっ、貴様……ま、まさか……馬鹿な。サトポンはあのリヴィバルでも一、二を争う無手流の使い手……お前は一体」


(あの爺さんが……なるほど)



 無手流とはリヴィバル王国に浸透する格闘技。
 剣術が主なここファンデル王国とは違い素手で相手を無力化するのが得意なようである。

 シグエーもどうやらあそこが出身であり、その腕前もなかなかのもの。
 だがあの老紳士がそれだけの実力なら是非とも一度手合わせ願いたいと思うのであった。



「心配しなくてもあの爺さんは殺していない。なんならあの爺さんからの依頼でアンタを消すよう頼まれた人間だ……と言っておこうか」
「んなっ……何を馬鹿な……く、衛兵!来い!」


 リトアニアの会長はデスクにあった何かを手に取ると、それに向け必死に声を上げる。
 恐らくはロードセルだろう。
 誰に通信しているのかは分からないが出来る事ならこの屋敷外、リトアニア関係者に事態を伝えて貰いたいと真は思いながらその惨めな光景をただ眺めていた。

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