その科学は魔法をも凌駕する。
第91話 女騎士レヴィーナ
殆ど砂漠とも言える様な黄金色の地に現る獣は数少ない。
先程の生物は危険度Cのグレイズワーム、大体同じ種の獣でも大きいものにはグレイズと名が付くのだとか。
国境らしき長壁に向かう道すがら、真とレヴィーナはそんな他愛もない話をしながらいやに歩き辛い砂地を踏み締めていた。
「まさかリトアニア商会を相手取る気とはな……また随分と無謀な事を考えている。魔王と対峙する位無謀だ。だがあのガーゴイルを瞬時に消し飛ばしたお前ならやりかねないからまた恐ろしいな。時にシン、あれは一体何をどうやったか教える気はないのか?」
何故真がリヴァイバル王国へ向かうのか詳しい事を知らなかったレヴィーナに真は事の事情を説明した。
だがやはりあの大手商会に関わるのはこの世界で常軌を逸する行動。レヴィーナの反応を見ればそれは明らかだった。
しかしレヴィーナはそんな事を言いながらも楽しげに真の話を聞き入れ、その上尚ガーゴイルを倒した方法を引き出そうとする。
フレイの屋敷でもその点をかなりしつこく追求されたが真は偶然の一点張りで通していた。
科学技術の説明等この世界でしても仕方がないし、真自身も研究開発者ではないので詳しい仕様の説明は出来ないのが正直な所だ。
「だからそれはたまたまだ。俺はなにせD階級だしな」
「ふう……企業秘密って訳か。まぁ何時敵になるか分からない相手にそう安々と手の内は見せられないよな」
「敵になる可能性か……そう言えば考えていなかった。まぁ、説明が面倒なんだ。所であんたはどこまで付いてくる気だ?」
他人への情報開示は自らを危険に晒す。
戦いに身を置くものなら当然の常識だが、今の真にとってはそんな事は今更些細である。
そこまでこの女剣士、レヴィーナが信用に足らないと言う事も無いだろう。
そんな事より真の不安はそちらではなく、これからあの大権力に歯向かうと言う自分に付いて来ているレヴィーナの身の安全についてだった。
仲間を危険に晒さない為、一人で事を遂行する道を選んだというのにここでまた他人を安易に巻き込んでは意味がない。
傍若無人なリトアニアが陰で人々を苦しめているとは言え、今回の一件は真自身が巻き起こした事態でもあるのだから。
「ん、私か?特にこれと言って考えてはいないが……あの娘にあそこまで懇願されたらなぁ、放って置く訳にも行くまい。それに他にも理由はあるぞ」
「一体フレイはどんな頼み方をしたんだ……因みにその理由ってのは世界を敵に回してもリターンが期待できる程の物か?あまり俺に関わらない方がいい」
「ふ、私の身も案じてくれるのか?心配は無用だ、私にはもう家族もいないしこれでも腕には覚えがある。そんな私が求めるのは世に二つ……強き者と相交える事、面白いと思える事に肩入れする事、それだけだ。今回の一件はその両方を兼ね備えている、付いて行くには十分だ」
外見の美麗さとは裏腹に意外と戦闘狂の癖があるレヴィーナはそう言って笑う。
その横顔に何とも真は自分にもあるそんなジャンクな部分を見ている気になった。
ファンデル王国とリヴァイバル王国を境する大門。
胸元を覆うタイプのメイルが多いファンデル王国とは違い、その門前に立ち塞がる者達は通気性の良さそうな軽装で此方を睨めつける。
その手には武器と言える得物は無く、真とレヴィーナが近づくにつれ自然と仁王立ちから半身へと態勢を変えていた。
「我が国に何用か」
「無闇に当国へ入る事は禁ずる」
「ギルド員だ、旅をしている」
レヴィーナは無防備とも言える門兵二人に臆すること無くそう告げると、自らのギルド員証を胸元から抜き出し見せつけた。
真はそんな手続きが必要なのかと、レヴィーナに習って自らもファンデル王都のギルドで発行された資格証を見せる事にした。
「……ふむ、階級Aの2。ノルランド王国発行か。そっちは階級Dの3と……旅か。なる程?」
レヴィーナは訝しげな表情を寄越し何かを言いたげな門兵にふと拳を差し出した。
それに対し門兵はさも当たり前の様にその拳の下に掌を差し出す。
「些か不思議な組み合わせだがまぁいいだろ……当国でも十分に成果を上げるがいい」
「ああ、そうさせてもらう」
門兵の一人はそう言いながら握った手を自らの丈の長い薄手の衣服にしまうと、納得した様に石柱上部へ待機する門兵へ開門の合図を送っていた。
恐らくは賄賂か何かだろうと真は判断し、国を渡るのにこうした手続きが必要なのだという事をひっそり学ばされた。
門を通り抜けたにも関わらずその景色はあまり代わり映えしない。日を反射する一体の砂地が眩しく真の視界を僅かに遮った。
「やはり暑いな……ファンデル王国ではまだこれでも行けたが、流石に今回ばかりは買い換える必要がありそうだ」
レヴィーナは歩く度に物々しい音を奏でる白銀のプレートメイルを軽く叩きながら篭手を外してその額の汗を拭っていた。
真にしても多少の温度差はその肌で感じ取る事が出来る。
ただ痛覚を遮断してしまっているので温度覚の方は甚だ当てにならない。
汗等も時には出る事もあるが、それが温度の差から来る事は皆無と言っていいだろう。
よって真にはあまり理解できないが、この日照りとレヴィーナの白い首筋に垂れる雫から判断するにこの国はファンデル王国よりかなり気温が高い地なのだと判断できる。
門兵の格好がああも軽々しい物だったのはそうした気候も関係しているのだろう。
「そう言えばさっき賄賂を渡した奴、お前のギルド員証がノルランド王国発行とか言ってたが」
「ん?あぁ、そう言えば言ってなかったな。私は元々ノルランド出身だ、ファンデル王国に獣使いテイマーとか言う強者がいると噂を聞いて渡国したんだが……まぁいつの間にか少し長居してしまったな。そのお陰でまぁ今お前の面白い話に有り付けている訳だが。ハッハッハ!」
「変わった女だな」
「……ん、そうか?」
真とレヴィーナは暫くそんな目的と掛け離れた世間話を交わし合い、所々に岩山が鎮座する広大な砂地をひた進んでいた。
遠目には何か塔の様な城塞にも似た建造物。
それがここリヴァイバルの王都かどうかは判断のつきかねる所だが、何かしらの街である事は恐らく確かだろう。
「シン、あれがリヴァイバルの王都か?」
そんな事を考えていた真の心を読んだ訳では無いだろうが、レヴィーナも同じ事を思っていた様で真にそう問いかけてくる。
だがファンデル王国から出たことも無い真にそんな事が判る筈もない。それを真に尋ねてくる辺り、レヴィーナもノルランドとファンデル王国は知っているがリヴァイバル王国は初めてなのかもしれなかった。
「俺に聞いて分かる訳が無いだろ、レヴィーナこそリヴァイバルを旅した事は無いのか?」
「何っ!?私はお前がこの国の出身だとばかり……私は初めてに決まっている」
「何で俺が此処の出身になる……そもそもあそこでよく俺と出くわしたな」
よくよく考えてみればレヴィーナはこの国に入るのが初めてだと言うのにどうしてあそこで都合良くも真と出くわしたのか。
この女は謎が多過ぎる、真はそう思わずには居られなかった。
「何故って、お前はこれと言った剣帯も無いしザイールトーナメント本戦にリヴァイバル出身の無手流が上がっていると耳にしたからな。その時それがシン、お前だと私には直ぐに判ったぞ……だが違うのか。まぁいい、取り敢えずあそこに行けば何か分かるだろう」
「……それもそうだが。いや、で、何であそこにいたんだ?」
レヴィーナはこう見えて少し抜けているのだろうか、どうにも会話が噛み合わない。
あの時の打てば響く様な戦闘は幻か、そう思わずには居られない。
「あぁそれか……恐らくシンとは反対側から来たんだろうな、国境の石壁伝いに兎に角歩いたらお前がグレイズワームに襲われていたんで調度良かっただけの話さ。私は昔から運が良くてな、大体何とかなると思っている」
「…………そう、か」
つまりそれは迷子だったのではないか。
自分も一度ファンデル王都城下町で迷子になっているので人の事をとやかく言えはしないが、やはりレヴィーナは少し抜けている所ではない。
完全に天然だと思わずには居られない真なのであった。
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