その科学は魔法をも凌駕する。
第61話 星空の告白
「……ふぅぅん。仲間が輩に絡まれてるのを無視して自分だけのんびりしてる人がね……STR101……VIT100にSPD11?え、びっくりなんだけど。街人レベルじゃん、てか1と0ばっかりだね。まあそんなステータスなら怖くなっちゃってもしょうがないか」
「さっきから何を言ってる?」
青年から矢継ぎ早に放たれる不可思議な言葉、だが恐らくそれは真を馬鹿にしているだろう事だけは分かった。
「いや別に、君が弱くてあの男達に怯えていたって話も解るよ。僕にはそう言うのが分かる力があるから、でもそれなら下手に女の子を連れて歩かない方がいい。じゃないとまた――――」
「お待たせしました、冷製ビーンスープと……デザートのフォンデュプリングですっ」
またもや話の途中で空気を読まずに料理を持ってくる店員の女。
真はその器に入ったスープを受け取り、テーブルに置きながら店員の女を見る。
「……こんなのも頼んだのか?」
「え、あ、えと……さ、サービスです。良かったら……あ、あとその……これ!」
女は何か小さな石の欠片の様な物を真へと突き出し、反射的にそれを真が手に取るとそのまま慌てて厨房へと走って言ったのだった。
「何だったんだ……?で、すまない。何の話だったか忘れたが騒がして悪かったな、お前も食事、だったんだろ?」
「………………すかした態度、必死だね。ま、女の子の前だもんね?まぁいいや、僕も明日はトーナメントで忙しいからこれで。じゃあまた縁があれば話の続きでも、お嬢さん」
青年はそう言って若干苛立った態度で店の外へと消えていったのだった。
――あっ、おい!キュートっ、食い逃げだ!店を見てろ、おい待て小僧っっ!!
何やら慌ただしい店だと真はうんざりしながらサービスだと言われたデザートにフォークを突き刺し口へと運んだ。
(……うまい、味覚を消し忘れて正解だったな)
「おいシン…………」
ふとフレイが鋭い目付きで真を見る。
真はフォンデュプリングを口に頬張りながらそんなフレイといつの間にか酔いつぶれて寝ているアリィを見比べ、フレイの言わんとする事を理解した。
「…………おい、アリィ起きろ!お前が頼んだんだろう?」
「んにゃ……やれやれぇぃ……にゃむにゃむ」
自分のせいでアリィに食事を奢ることになったのに当の本人は酔い潰れ起きる気配もない。
真は未だ鋭い視線を向けるフレイを見詰め頭を下げた。
「すまん。起きない」
「違うッ!さっきあの店員から受け取ったのは何だ?」
「ん、何って……これか、知らないが」
真は店員の女が渡してきた石の欠片を手に広げフレイへと見せる。
フレイは猫のような素早さでそれを真の掌からもぎ取ると数秒それを眺め、自らの手に握って再び真を見た。
「声の魔石だな。く、随分と積極的な…………シン、発……いや使い方は……勿論知るわけないよな?」
「あぁ……世間知らずですまないな、で?それは何なんだ、危険な物か?」
フレイがあれだけ慌てて真から奪い取ったのだからそれは真の知らないこの世界で余程危険な物なのだろう。
地球では簡単に粒子分解等出来る技術がある、勿論真にもその技術は使えるし同時にそれを防ぐ事も容易い。
そのシンパシーマナとやらが万が一爆弾の類いでも核爆弾の大規模化兵器でも無い限り真ならば問題はないが、何しろこの世界には何があるか分からない。真は真面目にフレイの言葉に耳を傾ける事にした。
「あぁ危険だ。こう言う物をいきなり渡してくるような女は安心できない」
フレイの真剣な表情に真はそのシンパシーマナとやらを握るフレイの手を見詰めていた。
だが何故店員の女が真を狙うのか、何が目的か真には検討も付かない。
しかし万が一あの女がリトアニア商会の息が掛かった者で、真の身元が既にリトアニア商会に割れているとすればどうか。
それは自分のせいでフレイやルナをも巻き込む事になってしまうのだ。
真にとってそれは不本意な事態、避けなければならない自業自得で終わらせるべき事である。
真は自分の不始末は自分でつけなければと椅子から立ち上がりフレイの元へ歩みよると、シンパシーマナを握ったフレイの手を取った。
「なっ……シン!なんだ、待て!」
「ダメだ、すまない。これは俺の不始末なんだ、お前を巻き込む訳にはいかない」
「やっ、やめろ!な、何だシン!そんなにお前は……」
フレイは頑なにその手を開こうとはしなかった。
ここまで頑固なフレイは見た事がない。
そこまでして真を思ってくれているのはそれ自体喜ばしい事だが、ならば尚更真はフレイを危険に晒したくはなかった。
「……すまないフレイ、その手を離して貰うぞ」
「やっやめ……ろ……ダメ、だ」
女とは思えない力強さ、真は申し訳ないと思いながらも少し本気でそのフレイの手からシンパシーマナを取り上げようとする。
「そんなに……シン、お前はそこまであの女が……ああいうのがタイプ、なのか……私だって……好きでこんな胸に……なった訳、じゃ……あっ!」
女にここまで力を使う事になるとは真としても心外この上無いが仕方なかった。
これは真の問題なのである。
「なに言ってる、危険なんだろう?これが発動したら――――」
――あ、え、えと……わ、私キュートって言います!えと……その、あの時はありがとうございました。私まだこの仕事慣れてなくて……その……よ、良かったらまた来てくださいっ!!
「あ…………」
「…………あ?」
突然真がフレイから奪い返したその危険物が手の上で声音を発した。
その声は間違いなくこの店の女店員の声、そして声が止んだと同時にその欠片は先程よりもくすんだ色味を呈し、真の掌で静かに転がった。
背後で本人である店員の女が何かを叫んだ気がしたが、真は訳の分からない事態に思わずフレイを訝しげな視線を送るのだった。
「……フレイ」
「…………な、なんだ」
「説明して貰おうか」
◆
その後フレイから再度借り入れた金で支払いを済ませ、酔いつぶれて寝てしまっていた貧乳スポンサーのアリィをひっぱたき起こし、どうやっても完全に起きないルナを背に抱えた真は何事も無かった様に店を出た。
指定の宿に向かう道すがら話題は先程の声の魔石についてフレイが真に焼き餅を焼いたと言う話でアリィが盛り上がってしまったのは仕方の無い事である。
「へっへぇん……なるほどねぇ。おっぱいはシンちゃんに御執心な訳だ、なるほどなるほど……メモメモ」
「ばっ!ち、そんなんじゃ……あれは……その、なんだ。シンパシーマナと見せ掛けて実は危害を与えるタイプの魔力機だと思ったんだ」
「……しかしあれはどういう原理なんだ」
「シンちゃんは本当に知らないんだ。なるほど、それを利用しておっぱいはシンちゃんといたいけな店員少女の恋路を邪魔したと。ヤダねー、性悪だねぇー、だからおっぱいばっかり大きくなるんだねぇー」
アリィは先程まで酔い潰れていたとは思えない程この話題に食い付き、目を輝かせながらここぞとばかりにフレイを責め立てた。
どうやら余程フレイの胸に対して劣等感を持っているらしい。
フレイは所在なさげにアリィの言葉に反抗する事も無くただ俯いていた。
「声の魔石はね、元々力を失った魔力結石の再利用を目的に作られたんだよ。魔力を使い果たした魔力結石なんてただの石だと思われていたのに、それに想いとか声を入れ込む事が出来る。誰しもが多少の魔力を体に宿していて、それを空の石に声として入れるって事なんだね。今は研究所でどんどん新しい再利用方が考えられてるから市場にはもっと面白い物が一杯あるよ?因みに入れ込んだ魔力、シンパシーマナの場合は声だけど発動って言えば込められた魔力が開放されるの。……ぷくく……まさか知らないのにたまたま言っちゃうなんて……くくくく、さすがシンちゃん、サイコー!」
「……アリィ、あんまりフレイを悪く言うなよ。お前も貧乳って言われるのが嫌なんだろ?だったら同じ事だ。それに、お前も十分魅力的な女だ……あんまり変な男に気を許すなよ」
「…………ぇ」
「シン……?」
いい加減このアリィと言う女の言葉がフレイを傷付けている様に感じた真はこの辺りで釘を刺しておく事にした。
いつものフレイなら軽口の叩き合いで済むだろうが、今回ばかりは様子が違う様に見えたからだ。
スポンサーとは言え、ついさっきに会った商人と最初にこの世界へ来た時から世話になっているフレイとでは真にとって情の傾きがまるで違う。
フレイの味方になるのは当然の事であった。
だが何か間違えた表現をしたのか、フレイは俯いていた顔を素早く上げて真をどこか寂しげな表情で見詰める。
アリィはと言えば恥ずかしそう顔を崩すと、慌てながらその場から立ち去ろうとしている。
「あっ……あ、アタシこ、こっちだから!明日の準備あるし……じゃ、じゃあねバイバイ!」
「おいっ」
「……べ、別にホレてないからっ!あ、あとおっぱ……フレイ」
「な、なんだ……」
「ご、ごちそうさまっ!!!」
振り返って何を言うかと思えば、アリィはそうお礼を言ってからその場を猛ダッシュで走り去っていったのだった。
「はぁ……とんでもないスポンサーに当たったな」
自分でアリィの店にしようと適当に言ってしまった事を申し訳ないと思いつつ、後悔の念に駆られる真は悪いな一言付け加えてフレイを見る。
だがフレイはそんな事より他に真へ聞きたい事があるとでも言うような視線を真へと向けていた。
「なぁ、シン。その……お前は、私の事を……どう思っている?」
「……どう……って」
真はフレイのその質問の意図する事が掴めないでいた。
どう思っているか、先程までの話の流れから行くと恐らく胸の事を気にしているのだろうが真にとってそんな事はどうともない事である。
むしろ何故そこまで胸の大きさに拘るのか、それは個性であり男にしてみてもタイプはそれぞれ違うのだから相対的に比較のしようがない事で気にしても仕方がないのだ。
「だからその!……その」
何処か真面目な様子で俯くフレイ。
「胸の事か?……お前はお前だろ?」
真は背中に背負うルナをもう一度背負い直してからフレイにそう答える。
「そ、そうじゃなくて……私わ!……その、あれからシンの事ばかり考える……眠る時も……今日だって……こんな服装ならシンは喜ぶかとか……そんな事、を……」
あれからとはそう、それは恐らくあの時かもしれなかった。
婚約の儀、この世界では常識の行為であり真にとってフレイの命を救う為にとったあの行動。
「だから……包み隠さず言う。私は、シン、お前が好きだ」
フレイのそんな言葉に真は頭が真っ白になってただその場に立ち竦んだ。それは紛う事なき愛の告白、フレイは思いの丈を真にぶつけている。
だが何もいきなりこんな所で言う事でも無いだろうにと思う所はあるが、フレイも酒が多少入り感情が昂っているのかもしれない。
真はただ、そんなフレイの想いを脳裏で反芻しふと空を見上げる。
夜空には幾つもの星が散りばめられ、それは地球でいつかに夏樹と見たプラネットルームのそれと良く似ていた。
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