その科学は魔法をも凌駕する。
第43話 誘拐事件の真相
他の区域とは隔離されたかの様な寂れた町並み。
ハイライトと偶然鉢合わせた場所へと二人は戻ってきていた。
ここでこいつと会わなければ今自分がこんな気持ちになる事も無かったのではないか等と身勝手な事を考え、それまでのフレイとルナとの時間がとても懐かしく平和に感じた。
「……ここは……ギルドはいいのか」
「いや、ギルドも行くけどさっきのあの娘がイルネじゃなかったとすればもしかしたら戻っているかもと思ってね……まぁ希望的観測でしかないが。それに君の事もある」
「俺……の?」
真は疑問に思いながらも、古びた一件の小さい木造家屋に入っていくハイライトの後に続いた。
「……あっ、シグエの兄!」
「――――っな、イルネっ!?」
狭い家屋の中に入ると、そこには一人の少女がハイライトを見て駆け寄ってくる。
拐われた少女と同じ赤とオレンジのローブに頭から突き出た狐の様な耳。ハイライトはその姿を見るなり驚き目を見開いた。
「店に戻ったらじっちゃんがカウンターでおろおろしてたから何事かと思ったよぉ!」
「な……何事って……イルネ、お前何処に……」
ハイライトと少女のやり取りから、この少女がどうやらハイライトの探していたイルネと言う獣族の少女だと言う事が理解できた。
「ごめんごめん、心配かけちゃったみたいだね。いや、じっちゃんにも言ったんだけどね……猫が店の窓から入ってきてさぁ……それで大事な治療薬を倒すから思わず追いかけちゃったんだ」
舌を出しながらはにかむ少女、てへ、とでも形容出来そうなそんな笑みにハイライトは怒りも心配も何処かへ吹き飛んだように安堵していた。
「早とちりか……」
「あぁ、すまないシン。全く……でも何で同じ服なんだい?」
「え?」
こんな気持ちでハイライトを責める気にもならない真。
ハイライトは謝罪ついでにイルネの服について疑問を口にしたが、イルネは驚きながら瞬きを繰り返していた。
「同じって……何で私がニーナとお揃いの服を着て今日出掛けようとしてた事知ってるのぉっ!?シグエの兄って実は召喚士?考えが読めるとか?」
「あ、いや……そのな」
聞いてもいない事まで自ら喋り出すイルネに若干気圧されながらも、ハイライトは事の事情をやんわりと簡潔に伝えた。
その際イルネが言った召喚士についてもハイライトは訂正をかけていたが、今の真にはさほど関心も無い話である。
「そう、なんだ……ニーナちゃんが……それでなかなか来なかったんだ……私全然知らなくて……」
「今後そんな事が起こらない様にするから大丈夫、イルネは心配しなくていい」
「……うん、でもありがとう。シグエの兄が助けてくれたんだもんね、それと……そっちのお兄さん?」
イルネは俯いていた視線をハイライトから後ろにいる真へと向ける。
真としては自分の行動がそこまで役に立ったかどうか分からない上、他の事で頭が一杯だった為かそんな無垢な少女の視線を正面から受けるのに気が引けていた。
「……ああ、この兄ちゃんは僕の友達でね。イルネ探しを手伝ってくれたんだ、ちょっと変わってるが根は良い奴さ」
「おい……」
ハイライトのまるで自分の事を昔から知っている様な口振りに思わず声を出したが、ハイライトはまぁいいからと小声で真に提言してくる。
「そっか、シグエの兄の友達か、私はイルネ。ありがとう……その、えっと……」
「……真だ」
真は恐らくイルネが自分を何と呼べば良いのか悩んでいると判断し、自ら名を名乗る。
「シン、シン兄ね!了解」
「まぁ自己紹介はその辺りで……ちょっとハイライトさんの所に行ってくる。下にいるんだろ?」
ハイライトはイルネにそう聞きながら、店内に設置されている木造のカウンターを飛び越えた。
「うん、私が戻って安心したのかまた籠って薬剤調合だって。私もニーナの所行こうかな、きっと怖かっただろうし……」
「……そうだな、でも待ってろ。一応こんな事があった後だ、話が終わったら僕も一緒に行くから。……シン、こっちだ」
拐われた友人であるニーナの所へ行こうとするイルネを呼び止め、ハイライトは真をカウンターの中へと誘った。
カウンター内の床一角を持ち上げるとそこには地下へと続く階段があり、降りた先の通路は薄暗く木箱が所狭しと積み上がっている。
ハイライトに続き廊下を進むとやがて開けた空間に出る、そこだけが何かで照らされた様に明るい。
「ハイライトさん」
「ん、おぉシグエーか。どうやら早とちりだったらしいな、心配のし過ぎだったか……あれから随分時も経っているしな」
「まあ……そう言う訳でも、無さそうでしたよ」
ハイライトは何故かその空間にある椅子に座る白髪混じりの男に自らの名を呼び掛けていた。
そしてその男に事の事情を話すと、男は渋い顔をして何かを考え込んでいる様だった。
「……リトアニア商会か。確かに大手だからな、リヴァイバルの新規商会の美味しい仕事に手を貸すのも分からないではないが……しかし厄介だな。今のお前でも何ともなるまいに」
「……えぇ、でも何とかしてみます」
男とハイライトの会話、その内容は恐らく二人にしか分からない事なのだろう。
真は何故自分までがここに連れてこられたのか、そしてハイライトが呼んだ男の名がただ気になっていた。
「……まぁ国が動かん限りは何ともならんだろうが……その為にお前はギルド官になったんだったな。まぁいい、で……そっちのは何だ?珍しく友達でも出来たかシグエー?」
「えぇ……まぁ、友達と言う程好かれてはいないですがね。シンです、先日僕が試験して組伏せられました。シン、ハイライトさんだ」
「ハイライト……?同姓、同名……なのか?」
同姓か、同名か、真にはこの世界のどちらが姓でどちらが名なのか分からなかったが、ただ一つ理解したのは二人が同じハイライトと言う名を名乗っているらしい事だった。
「あぁ、すまない。僕の名はシグエーだ、元々孤児だからな……姓は無い」
「ふん、こやつは勝手にワシの姓を名乗っとるんだ。その方が都合が良いとかでな……折角こやつが死にそうになった獣の名を付け――――」
「その話はいいですから!……まぁシン、僕の事は……特別にシグエーと呼ばせてあげよう。ややこしいからね」
誰がややこしくしてるんだと突っ込みたくはなったが、今はそれより早く宿へと戻りたかった。
真は此処へ来て漸く自分がフレイとルナを宿に置いてきた事を思い出していたのだ。
「そんな事よりそろそろ宿に……」
「で、ハイライトさん……こいつの事で少し気になる事があって」
シグエーは真の言葉に被せる様にして、本当のハイライトだと言う男に真の起こした暴走についての経緯を話した。
商人を切り捨てた事、人の命を、動物の命をまるで何とも思わない様な言動。
そして真自身もそんな自分が分からないとシグエーに言った事を。
「……ふむ、まぁ人間とはそう言う部分も持ち合わせているものだがな。ただそう言った人間は往々にしてその事に快楽を感じるものだ。……シンと言ったか、お前もそんな気持ちがあるか?」
そう聞かれた真は僅かな躊躇いを見せた。
快楽。
人や機械、生物を殺す事への快楽を覚えるかとこの男は聞いている。
そこまでの気持ちは真には無い、だが先程商人を切り捨てた後は何か抑えられない衝動があったのもまた確かである。
それを快楽と言われたらどうなのか、真にはそれが今はっきりと答えを出せない迷いにもなっていた。
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