その科学は魔法をも凌駕する。
第37話 暗闇の散歩
真達一行がファンデル王都に戻った時には既に日が反対側へと落ちる頃だった。
正直真一人なら直ぐに戻れたが一人で帰っても仕方がない。
途中で意識を取り戻したルナが獣を頑張って呼んでみましょうかとも提言してきたが、別に長い距離をひたすら歩く事が苦にならなかった真とフレイは顔を見合わせながらゆっくり行こうと言い、ヘロヘロになるルナを茶化しながら楽しくファンデル王都までの道のりを歩いたのだった。
その際に真が僅かな反発応力で足への負担を軽減していたのは誰も知る事のない事実である。
三人はファンデル王都に着くと先ずはギルドへと向かう。
戻った時受付にいたネイルに事の事情を話すとネイルは大層驚き、フレイを本気で心配しながらもハイライトを呼んで来た。
多少驚いた様子であったハイライトだが、まぁ僕を組伏せた男なら無事に戻ってくるか等と軽口を並べながらフレイ達を裏切ったブレイズ=フォーと言う男は死んだと教えた。
僅かばかりに顔を曇らせるフレイとは対照的に真はその男に対して同情の欠片も無かったが、とりあえずは依頼棄却と言う事で事態を収束させたのだった。
薬師でもその原因は検討がつかないと言うハイライトの言葉に、フレイは何を思ったかバジリスクから抉り出した眼球の一つをハイライトへと渡してこれで何か分からないかと提案していたが、ハイライトはそれを若干気味悪がりカウンターから一つの小さい麻袋を持ってきてフレイに入れさせた光景は中々にシュールである。
恐らくはその眼球が本当に男一人を殺せるバジリスクの物なら直接触れるのに気が引けたのだろう、フレイが手に持っていたのにその辺りは用心深いなと真は内心で感じていた。
と言っても今となればフレイには毒耐性があるので問題無い訳だが。
そんな訳で真達はバジリスクの詳細をギルドへ任せ、疲れきったルナの為に早めの宿帰りとなったのだった。
「おぅ!兄ちゃん達……戻って来るって言ってたから心配したぜ。まさかどっかでおっ死んだのかとな。まぁ無事なら何よりだいっ、腹減ってるだろ?飯にするか?」
「ん、あぁ……俺は別に」
と、反射的に曖昧な返事をしてしまった真だがフレイとルナはもしかして腹が減ってるのかもしれないと思い直し二人に視線を向ける。
それをどうすると聞いているのだと理解したフレイは、そうだなと言って今にも倒れそうなルナの肩に手をかけ飯にしようと笑った。
店主の熊男はあいよと、何処か嬉し気な笑みを浮かべ厨房へと入っていく。
「……おいルナ、大丈夫か?お前だけでもそのグレイズウルフだったか、それに乗れば良かったじゃないか」
「そんな、シン様が、歩いていると……言うのに、私だけが……ダメです、そんなのは許せません!」
明らかに辛そうな顔をしてフラフラと食卓へ向かうルナのそんな発言に、真はこれから科学の力で歩くのはやめようかと思わされていた。
楽しいとは言い難い食事、並べられる店主の料理とは反して会話はそこまで花開かなかったのは疲れからだろう。
ルナはもう限界ですぅと言って、食器を手に持ちながらテーブルに突っ伏した。
そんなルナを見かねたフレイはルナを先に部屋へと言うので、真もまた特にそこまで執着していない食事をそこそこに部屋へと引き上げたのだった。
「……シン、入っていいか?」
「ん、ああ、開いてるぞ」
宛がわれている部屋でブーツを脱ぎ、鍵もかけずにベッドに腰かけていた真の元へフレイが例の甲冑の一部らしきものを外した薄着姿で現れる。
そんなフレイは身体のラインがくっきりと出ていて真は思わず目を反らしたが、フレイはお構い無く真の横へと僅かな距離を空けて腰を下ろした。
「……その、なんだ、ありがとう、助けてくれて」
フレイも恥ずかしげに視線を真から外したままそう呟く。
「別に気にするな。お前には世話に、なったからな。貸し借りなしだ……金はまだ借りたままだが」
「ふっ……それもそうだった。それを返して貰うまでは死ねないか」
そう言って笑い、この部屋に入ってから初めて真を見るフレイ。
思わず真もフレイに向き直り、そのあまりに近い距離にバジリスクの毒で危険に晒された時に取った行動がフラッシュバックした。
濡れた唇が何とも艶かしく、真は思わず自分はこれにキスしていたのだと考えると頭が煮えたぎりそうな気分にさせられていた。
邪念を振り払う為に真は自分から話を切り出す事にする。
「で、どうした?礼にその身体を貰ってくれって訳じゃないだろ?」
「……それもいい、どうせお前がいなきゃ無くした命だからな。好きにしていいぞ?」
「…………ふぅ、勘弁してくれ。で、何だ?」
「連れないなシン、まぁそんな所も嫌いじゃないがな…………少しは女心も理解しないとこれから大変だぞ?」
フレイのそんな言葉の意図する所が真には図りかねたが、フレイは特に気にした様子も無くそのまま本題へと入った。
「まぁ大した話じゃない。その薬師探しだがな、明日は昼ぐらいから出て、お前達をゆっくり街案内しながら情報収集でもと思ったんだ。ルナも随分疲れていたからな」
「昼ね……それは何時を言うんだ?」
この世界の時間軸が真には分からない。
真自身はデバイスとこの世界の太陽の上り具合から勝手に時間を決められたが、フレイ達の昼と言うのが真のデバイスで表示される何時を意味するのか。
フレイは真の何時、と言う言葉に首をかしげる。
「何時……シンの生まれた村とは常時が違うのか?昼と言えば日が真上だろ。朝は日が出た辺りで夜は日が沈んだら……それが大体の場所では常時だぞ?まぁ、細かく言うなら王都の魔力砲の影位置から方角で日を割り出すと言うのもあるがあれはそこまで浸透していないしな」
常時、つまりは常識だと言う事なのだろうがそれだけ大雑把な感覚で物事は上手く進む物なのだろうかと言う疑問が真の中には芽生えていた。
「そう、か。じゃあ日が真上だな、それでいい」
真はとりあえずそれで了承したとフレイに伝えると、フレイは本当は私も疲れていて寝たいんだと呟きながら真の部屋を後にしたのだった。
◆
「おいおい、一体兄ちゃんはいつから起きてんだい?ちゃんと寝てるかぁ?」
翌朝、と言うよりまだ日も上りきっていない様な時刻。
外は暗く朝か夜かの区別も難しいが、真のデバイスの時刻表示では4時と確実に日は跨いでいるのだ。
「……まぁ、あまり眠くないもので」
「そかぁ?まぁいいが、また飲むか?」
真は宿の親父が恐らくカフェインの事を言っているのだろうとそれに返事を返し、暗がりの窓辺を見つめた。
フレイとルナは恐らく疲れている様子だった事から昼の時間帯まで起きては来ないだろう。
それまでの時間をどうするか、真は遮断された筈の眠気が少しばかり羨ましくも感じていた。
(あの時は確かに寝れた気がしたんだがな……何だったんだ)
ワイドの街で気付けば慣れないベッドの上で呆けていた事を思い出し、真はどうでもいい様な事をただ考えていた。
「ほらよ、兄ちゃんもすっかりハマったな?」
「……どうも。まぁ、そうかもしれませんね」
白い陶器から立ち上るカフェインの香りが真の思考を前向きにさせる。
本当に危ない薬でも入っているのではないかと思うほどに、それを飲むと何だか頭が冴え渡る気がするのだった。
(散歩もでもしてみるか……)
ふと思い立った考え。
真はこの城下町が恐らく広いだろうとは理解しているが、その実情はまだ知らない。
歩いた所と言えば城下町入り口とギルド、そしてこの宿屋への道ぐらいの物だった。
昼からは薬師探しの情報収集がてらにフレイが真とルナを街案内してくれると言う話だったが、いくらなんでもそんな時間までここでカフェインを飲み続けるのは真にとって苦痛以外の何物でもない。
万が一にも迷子になったら誰かに宿の名前を言って道を尋ねればいい、そこまで方向音痴でも無い真は軽く外の空気を吸おうと決め残りのカフェインを飲み干した。
「店主さん、ちょっと出てきます。昼前には戻ると、もし連れが起きたら伝えて貰えますか?」
「ん……そうか、こんな暗がりから物好きだな兄ちゃんは。まぁいい、フレイちゃんと……あの青髪の娘だよな。伝えておくさ」
フレイの名はどうやら知っていたのかと、そういえばこの宿はフレイに紹介された事を思い出しながら真は宿を出たのだった。
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