その科学は魔法をも凌駕する。
第31話 婚約の儀
カルシウムを収束させた元素武器など、今までの数年間デバイスを扱ってきた中でも初めての事だ。
だがしかしフッ化水素が真の持つ酵素に依って体内で分解されたとしてもそれには多少なり時間が掛かる。
既に低カルシウム血症に陥っているフレイには素早く吸収出来るカルシウムの摂取が急務であり、元素収束刀を体内に潜り込ませた上でその収束を解除すれば粒子化したCaを素早くその体内に吸収させる事が出来るだろうと真は考えたのだった。
傷口も恐らく酵素が体内に回れば直ぐに塞がるだろうからそこまでの心配は無用だ。
止血だけしっかりとしておけば問題ない。
真はカルシウムで出来た刃をフレイに突き刺したままその収束を解除した。
押さえを失った腹部の刺傷から血液が流れ出す。
真はフレイの腹部を剥き出しにさせ、傷口にも自らの口を当て自分の唾液を染み込ませた。
少しでも早く酵素を体内に増殖させ、傷口も塞ぎたかったからだ。
患部を掌で抑え付けて必死に止血を続ける。
「……シ、ン」
ふと力無くフレイがそう呟いた。
視線がしっかりと真を捉えている事から、それが回復の兆しを見せている証拠だと真に安堵の感情を招く。
「………死ぬなよ、フレイ」
どれくらい経っただろうか、フレイの元に駆け寄ってから随分と時間が長く感じる。
必死で止血の為に押さえ付けていた自らの手が力を入れ続けていたせいか白くなっていた。
ふとゆっくり患部から手を退けると既に流血は収まっており、傷口を拭ってみるとそれがほぼ塞がって来ている事に気付いた。
「……シ、ン……どう、して」
どうやら体の異常が収まってきたのか、真に抱えられたままのフレイは表情を緩めながらどこか不安げな表情で真を見る。
「フレイ、大丈夫か?体は?動きそうか?」
真はフレイが正常に戻りつつある事に自分の判断があながち間違いでは無かった事を確信してフレイを抱き起こす。
「私は……バジリスクと……ブレイズが逃げて、それで……他の奴は?!」
凄い精神力だと真は先程まで瀕死だったにも関わらず周りを心配しながら勢いよく体を動かすフレイを思わず賛嘆したくなった。
フレイは今までの事を思い出すように視線を中空へ漂わせると、やがて全てを悟った様に俯いた。
真が此処へ来た時にはフレイと三体のおかしな生物の死体しか見当たらなかった。
この分ではフレイ以外の奴はもしかするとバジリスクとやらに食われたのかもしれない、ブレイズに関しては薬師とやら次第だろうが真にはそこまで気を回すつもりは無かった。
知らない人間をどうこうしてやる程真はお人好しではない、それを他人がどう思うか知らないがそれが真と言う人間なのだ。
このフレイと言う女とも知り合って、一緒に過ごしていなければここまでして助けよう等とは思わなかっただろう。
真が思うのはただ自分の思いの中に入る者を死なせたく無いと言うある種身勝手な気持ちでしかない。それは過去の、夏樹への想いから来る唯一人間らしい感情かもしれなかった。
フレイの様に全ての者に慈悲は与えられないが真はそれでいいと考えていた。
人一人の力など、所詮無力でしか無いのだから。
「フレイ……何があったかは大体検討がついた。ギルドにあの男が逃げて来たんだ、悪いが俺が助けてやれるのはお前だけだ。あの男のお陰でお前を死なせずに済んだのには感謝しているが――――」
「分かってる……いい、んだ」
フレイは真の言葉を遮ってそう呟いた。フレイも全て理解しているのだろう、そう答えるがその顔は何故か不安そうにただ真を見つめていた。
「そ、それより……その、シン」
「ん、どうした。まだ体が痛むか……酵素が分解……いや、何だ……えぇと」
真は地球のバイオプログラムに関する事をどう説明するべきか悩んだ。
自分の酵素が体内の毒素を分解している、対策もカルシウムで取ってあると説明した所で理解してもらえるだろうかと答えあぐねる。
「いや、シンの事だ……きっと私を助ける為、だったのだ……ろう?」
「え、あ、あぁ……」
それは何を指しているのか。
無理矢理フレイの唇を奪った事に関してか、刃で体を突き刺した事か。
何とも説明しがたいが、フレイは何やら真のやった行動が自分を助ける為の何らかの行為だったのだと理解してくれた様に見えたが、その表情にはどこか羞恥を感じさせるものが見えた。
「……そう、か。死に際に婚約、な訳が無い物な……少し、悩んでしまった。突然だったからその……何と言うか……いや、別にシンの事が嫌だと言う訳では無いんだぞ?だがその……まだ早いと言うか……ほら、出会ってからまだ日も浅いし」
「…………まだ症状が出ているのか、意識は正常に見えるがこの世界の毒は一体」
「!?…………わっ、私は正常だ!」
フレイの意味不明な言葉に真は幻覚や混乱の類いの毒を疑ったが、それをフレイは即座に否定した。
まるで真の方がおかしいと言う様な物言いだ。
「――――し……シ、ン、様?」
「?!」
ふと背後から砂を踏みしめる音と自分を呼ぶ聞き慣れた声に真は思わず振り返る。
そこにはいつかに見た狼の様な獣より一回り大きい獣に乗ったルナが呆然と此方を見つめている光景があった。
「……ルナ、追いかけて来たのか」
いつからそこにいたのか、あの時聞こえた笛の様な音はルナが指笛で獣を呼んだ音だったのだと今更ながら気付く。
「獣は呼べないんじゃ無かったのか?どうやっ――――」
「シン様っ!その……だっ、大丈夫、なのですか」
何の事か、ルナの発言にそれがフレイを心配する発言だと理解した真はゆっくりと獣から降り此方へ近付くルナを見据えて大丈夫だと答えた。
「シン様が……その……何でっ!あ、いえ、そのフレイさんに、そうですよね。私より一緒にいたんですものね……でもいきなりフレイさんを殺そうとして、私ビックリして……何が何だか。それでシン様はおかしくなってしまったのかと……動けなくて……それでその」
不安を隠しきれない様子のルナ、そしてその言葉はどうにも要領を得ない。
ただひとつ分かった事と言えば。
「お前……いつからいた?」
「ひぇっっ!?」
ルナを見つめたままそう放つ真の言葉に、体を跳ねさせて驚くルナ。
それはほぼほぼ最初から真がフレイにした行動を見ていたと言わせるに等しい反応でもあった事を真に理解させた。
フレイの体を抱えて咥内を貪り、その後刃で刺すと言う狂気な行動。
第三者が見てはいけない状況だった。
真は内心に若干の焦りを感じながらこれをどう弁解するべきか頭を抱えた。
「そ、そのシン、様が……こ、婚約の儀をフレイさんにした……所から」
「?」
所在無さげにもじもじと体を動かすルナを暫し見据えフレイに視線を移す。
フレイもどことなく赤みを帯びた頬を隠す様な仕草で恥ずかしそうに真から顔を背けたのだった。
話がよく見えない。
婚約の儀をした所とはどんな所か、恐らく唇を重ねた所の事だろうがそれが何故婚約となるのか真には分からない。
だがここは地球ではない、他の星、異世界なのだ。万が一にも真が取った行動が、つまりは端から見る所の接吻が、婚約の儀だとしたらどうか。
真は自分の行動が再び軽率だったかと思い悩むのであった。
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