その科学は魔法をも凌駕する。
第26話 バジリスク討伐 前半
フレイ=フォーレス一行は朝方から調達された荷馬車の後ろでその身を揺すられながらファンデル荒野へと向かっていた。
馬を操るのはC級のギルド員マックス=ベータ、他に同じくC級のギルド員であるレイコップとライアン、そして今回このパーティのリーダーであるフレイと同様B級ギルド員のブレイズ=フォー。
ブレイズは過去にもフレイとパーティを組んだ事がある。
その時は階級もさながら女としての魅力を十二分に発揮するフレイに見惚れ、他のメンバーと徒党を組んで迫った事もあったが尽く組伏せられた。
今となればブレイズはBの一級止まりでフレイの方が先に昇進しているのはその人間性の違いとも言える。
大概にしてB階級を下で燻る人間は欲望に振り回されている様な人間が多いのだ。
「……フレイもどうだ、中々の上物なんだぜ?」
ブレイズは荷馬車に積んだ食料や夜営用の道具等が積まれている中から銀色の四角い容器を取りだしフレイに勧めた。
「戦いに赴くと言うのに酒等……相変わらずだな、その中に眠り薬でも仕込んだのか?」
「はっ、馬鹿言え。もうお前にボコられんのは御免だ、それに飲んでる方が調子が出んだよ」
そう言うとブレイズは銀色の容器の飲み口を開けて一口含み口の中で濯ぐようにそれを味わった。
「かぁっ!たまんねぇな、これでバジリスクもとっとと見つけりゃ万々歳。今回はBの二階級フレイ=フォーレス様も一緒、土竜も余裕と来たもんだ」
まるで他のメンバー等鼻から役に立たないと言った様な物言い。
そして自分より先に昇進しているフレイに対する嫌みがそこには込められていた。
だが他の連中は特に何かを気にした様子等微塵も見られ無い、死んだ魚の様な目をしてただそこに存在するだけ。
覇気や向上心の欠片も無い様な連中、フレイが散々見てきた堕ちた人間達だ。
だがフレイはそんな人間達に敢えて干渉する気も今更無い。
散々目をかけてきた男達に裏切られたあの時の事は、所詮フレイの自己満足に過ぎなかったのだと心を締め付けるように未だ重く記憶に残っていたのだった。
◆
「もう暗いな。よし、荒野も近い、今日はこの辺で野営にするか。おいっ!マックス、馬車を止めろ、今日はここまでだ!」
荷馬車の中から外の様子を伺ったブレイズは馬の手綱を引くマックスへそう声をかける。
馬の鳴き声に伴って馬車の揺れがいっそう激しくなりそのまま停止すると、ブレイズは他の連中に荷下ろしと野営の準備をさせた。
荷車から次々と降ろされる簡易式の天幕や傷みの少ない携帯食料と飲料水、その他にも恐らく旅や討伐の際に重宝される様な物が入っているであろう麻袋が外に出されていく。
フレイもその作業に取りかかりながら未だ荷車の中台に座りながら酒を飲むブレイズを一瞥した。
「……お前も少しは手伝ったらどうだ?」
「何で俺が手伝う?これはそいつらの仕事だ、お前もこっちで酒に付き合えよ」
呆れて物を言う気にもならなかったフレイはただ黙々と天幕を張っていく男達と共に野営の準備をしてやった。
天幕を二つ張り終え、携帯食と飲料水、そして僅かな光源となる魔力機マナコアをそれぞれに置いて今日の所はここで一夜を明ける事になった。
ファンデル山脈の山々を眼前に見据える砂地、乾燥しきったその台地目前に一行は大きな岩の陰に腰を休める。
「一日も掛からずここまでこれりゃぁ上等だな、明日は早い所バジリシクを取っ捕まえて戻るか。生臭い獣なんて食ってられねぇからな!」
はははと豪快に笑いながら酒を煽るブレイズ。
食料、飲料水は共に四日分と言った所である。
本来であればここまでの食料を持ちながらの旅はあまり成されない、旅は身軽なほどいいとされているからだ。
必要な食料や水は基本現地調達が鉄則、ただそれをしないのはブレイズの個人的な問題と手足の様にこき使える仲間とも言えない仲間がいるからであろう。
「私は荷車で休む、見張りもしておくからお前らは気にするな」
「……おいおい、フレイ。こんな奴等気にするこたぁねぇぜ、お前もこっちで飲めよ」
フレイはブレイズのそんな身勝手な言葉に返事も返さず荷馬車へと踵を返した。
「……っち、連れねぇな」
背後でブレイズの捨て言葉が聞こえたが、そんな事も気にせず馬の首を一撫でして荷馬車へと入る。
外はあっという間に日の光が星々との交代を済ませ薄暗い、フレイも荷馬車で火の魔力結石を用いた魔力機で光源を確保しながら自らの持ち込んだ麻袋から携帯食を取りだし噛り付いた。
乾燥しきった固いパンを無理矢理噛み千切り咀嚼する。本来はスープ等に浸けて十分に水分と味を染み込ませて食べるがここ旅とあってはそれも叶わない。
中には調理器具を持ち込み料理をしながら旅をする事もあるが、今回のメンバーではそれも期待できそうに無かった。
(……ついこの前の事なのに懐かしいな)
フレイはシンと過ごした森での二日間を思い出し、一人笑みを溢した。
木の枝を仏頂面で乱雑に投げ入れる姿、火を着けて見せた時の目を見開いた顔。
どこから取ってきたのか分からない魚を足元に置いてはにかむ童子の様な笑顔に、かと思えば急に人を諭す様な口振りで寡黙な男の一面を見せたりもする不思議な男、シン。
今この状況においてフレイは次の依頼はシンと組みたいと思い直していた。
それはシンがブルーオーガを単独で撃破出来る程の力を持つからと言う訳でもない。
そもそもそんな話を完全に間に受ける程フレイも馬鹿正直に生きてはいないのだ。
万が一にも自分がブルーオーガと対一で殺り合ったとして同じ事が出来るだろうか、その答えは出来るとも言えるし、難しいとも言える。
やってない以上それは未知でしかない、それが戦いと言うものだとフレイは理解していた。
今回の依頼にシンを連れてこなかったのは、シンを連れていけばあのルナと言う少女もまた強引に着いてくると判断しての事だ。
あの少女はシンとは違う、間違い無く実践経験に乏しいと長年色々な人間達を見て来たフレイには分かった。
それに実際真の実力もまだはっきりとは分からない事も理由にはある。
だがやはりこの何とも充実感を感じない旅は今のフレイにとって苦痛以外の何物でもなかった。
確かに長年探していた物が見付かるかもしれない事はフレイにとって大きい。
しかしそれも本当かどうかにわかに信じ難い上、ここにいる生気の無いような男共を守る事にやはり無意味さを感じているのも否めなかったのだ。
だからこそそう、フレイは興味本意にあのシンと言う男とゆっくり軽口を交わしながら日々を過ごしてみるのもいいと思っていた。
気安く、同じ目線で物を言い合える様なそんな男と。
フレイはそんな事を思いながら獣の胃袋で誂えた水袋を取りだすと、温くなった水で乾いた口内を湿らせ荷車で足を伸ばした。
あれからどれくらいの時間が経ったのか、フレイはふと何かの振動を身体に感じて目を覚ます。
どうやらいつのまにか少しばかりの仮眠を取ってしまった様だった。
荷馬車から顔を覗かせ男達が休むはずの天幕を見るが、そこには既に明りは灯されていない。
どうやら既に夜もふけ皆寝静まっている様だ。
フレイの物音に馬は立ったまま寝ていたのだろう、目を覚まし鼻を鳴らす。
「……悪い、起こしたな」
何も異変が無い事を確認し、フレイは再び荷車の中で背を凭れさせた。
――ズンっと、再びの揺れがフレイの意識を覚醒させる。
地震だろうかとフレイは考えを巡らせる。
時たまこういった地の揺れは何処の国でも起こるが、それは時に大陸が割れる時や山の活動による物だと言われている。
だがフレイにはそれが何か嫌な事が起こる予兆にも感じていた。
長年冒険者をやって来て、様々な危険と隣り合わせの依頼を一人こなしてきたフレイの勘とでも言う物。
荒野も近い、土竜が地下を這う音か。
獣は夜の方が動きが活発になるとも言われているが、土竜は獲物がその生息地の上を歩く音を聞き分け捕食する。
ならばまだ荒野に足を踏み入れていないフレイ達に気付いたと言うのは考えずらかった。
再三の激しい振動と生物が絶命するような絶叫音にフレイは慌てて身体を起こし荷車から飛び出した。
「……んだぁっ!?」
その音に気が付いたのか天幕からブレイズと他の連中も飛び出してくる。
「……おいフレイ、何の音だ!?土竜かっ」
ブレイズの背には体身程のハルバードが背負われていた。
直ぐに戦闘体制になれる辺りはさすが腐ってもB階級のギルド員と言った所だろう。
フレイは荒野の方へ目を凝らしながら近付くブレイズに分からないと呟き、突如静寂に包まれた台地に立ち竦んでいた。
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