その科学は魔法をも凌駕する。
第6話 土竜団
「――で、どうすんだアイツ」
「んあ?まぁ久し振りの客人だがいつも通りでいいさ、身なりは……まぁあのグリーブみてぇな物位か、ありゃ多分上物だ。それに魔力使いならなんかしらの魔力結石をそこそこ持ってる筈さ」
「そうか?冒険者にしては手ぶらだったろ、まぁいいけどよ。労働者にするか?」
酒場にて男達は口々に突然現れた冒険者らしき男の処遇について話し合っていた。
ここワイドの街はファンデル王国でも最南端に位置する何もない小さい街だ。
ただそれでも川上にあってその源泉近くには多くの水の魔力結石が採掘できた。街人はその魔力結石と越境する商人や冒険者の滞在によって今まで生計を立てていた。
だが数ヵ月前にこの街はある賊の集団によって制圧下に置かれていたのだ。
土竜団、元々は皆冒険者崩れや他人から物等を奪い売りさばき生計を立てている様な盗賊紛いな人間の集まりである。彼等は人数を増やし、そろそろ拠点が欲しいと考えた。そんな彼等にとってこのファンデル王国の最南端に位置し、税の徴収すら忘れられた様なこの街は最適だった。
元々数の少ない街人は共存と言う名の元彼等を受け入れたが、あっという間に数十人の土竜団に武力の元にひれ伏す事になったのだ。
殆どの街の人間は川上の採石場でひたすら働かされている状態で、残り少ない街人も魔力結石の加工や品出しを土竜団監視の元で強制させられている。
「別にそこまで人には困っちゃいねぇ。それに最近じゃこの街にも外部の奴なんて滅多に来ねぇしな。適当に持ち物奪ってやりゃ逃げるだろう」
「へっ、うちらの噂でも広まっちたまったんじゃねぇのか?それに、反抗してくるかも知れねぇじゃねぇか」
過去に土竜団の制圧下にあるこの街に冒険者の団体が訪れた事があった。
その際根倉を襲い、持ち物を奪ったがさすがは冒険者とあって武力でそれに対抗してきたのだ。
それでも土竜団も柔ではない、中には魔力使いや腕の立つ元剣士、ギルド員崩れも多くいる。
数とその力の中では数人の冒険者チーム等無力に等しかった。
今では彼等も鉱石場で働く労働員と成り下がっている。
「そんときゃやってやるだけさ、ただの魔力使い一人だ。わざわざ事を荒立てる程の事じゃねぇ……宿にはグレンがいたな、適当にやれと伝えておけ」
土竜団のリーダ各である銀の胸当てをしたガタイのいい男は、もう一人の男にそう言うと再びグラスに手を付けた。
◆
先程男が言った宿とやらは程なくして見つける事が出来た。
二階家の木造家屋。
そこそこに小綺麗な木目扉を押し開ける。
人気の無い宿には一つのカウンターがあり、そこに足をかけて居眠りをする汚い皮の服を着た男がいた。
これが宿主だろうかと疑問に思いながらも、とりあえずその男に声をかけるが全く起きる気配がなかった。
何とも無防備である、これが真のいた乱戦の日本なら考えられない光景だ。
真はもう一度声を張って男を呼び起こした。
「おいっ!」
「なぁっ!?」
男が驚いた様子で腰かけていた椅子から飛び起きるが、真の顔を見るなり訝し気な表情で硬直している。
「ここは宿か?」
真はそう言いながら自分が金を持っていない事に気付く。
ここの貨幣は分からない、過去の日本、いや地球では電子通貨が全てを担っていた。と言ってもそれも乱戦の前の話で、アンドロイドキルラーが蔓延る様になってからはそんなものも使う機会は無かったのだが。
「あん?見ねぇ顔だな……お前、冒険者かなんかか?」
真は冒険者と言うのが何か知らないが、恐らくこの世界ではそう言った旅人の類いが多くいるのだろうと判断する。
先程の村でもギルドだの報酬だの言っていたので、ギルドに所属する人間は放浪しながらそう言った臨時の報酬を得て生計を立てているのかもしれない。
真はそうだと答えると、男は僅かな沈黙を置いて口角をあげる面白そうな顔をして椅子に座り直す。
「そうかそうか、久しぶりだな。まぁいい、部屋ならこの上だぜ」
そう言い男は二階に向かう階段を指差す。
「一番奥の部屋だ、鍵は空いてる」
「金はいくらする?」
正直、それを聞いて断るつもりでいた。
ここの物価はよくわからないが、自分が持っている物と言えば先程の村で貰った頼りない銀貨が一枚だけだ。
日本の宿なら一泊2万程度、とてもこんな銀の硬貨でどうにかなるような物でもないだろう。
「……ん、ああ。そうだな、幾ら持ってる?」
その質問に違和感を覚えたが、この世界が持ち金から値段を時価で判断するならそれも得心がいく。真はポケットから銀貨を一枚取りだし男に見せた。
「これなら……あるんだが」
「銀貨一枚か、まぁ宿代にゃ事足りるな。それでいい、好きに使えや」
どうやら足りた様だった。
この世界の貴重な材料を無くしたのは残念だったが、鑑定は大凡済ませてある。
どちらにせよ元の世界にはもう戻れないのだ。この世界で過ごす以上ここで使うのは仕方がない事だろう。
それに情報として銀貨一枚で宿泊は事足りると言う事も分かったので良しとした。
真は男に礼を言うと、早速二階の階段を上がり、何部屋かある内の一番奥の部屋へと入った。
中はお世辞にも広いとは言えず、テーブルと椅子、簡素なベッドに人一人が倒れ込める程の白いクッションを見てこれが布団だろうと判断した。
布団で眠る等いつぶりだろうか。
過去の地球にはもうこういった物は存在しない。真自身の記憶にも殆ど残ってはいなかった。
細胞を活性化させ、脳のリラックス効果もあるカプセルマシンが地球の主流であり睡眠と言う概念すら真のいた時代には既に無いものだ。
真はとりあえずと、合金製のブーツを脱ぎ捨て布団に転がり込んだ。
異常に軽い身体に、その合金製ブーツがアシスト無しではそこそこに重い事を実感させる。
デバイスを枕元に置く。
この部屋に鍵は掛けられないのか等と場違いな事を考え、心地良い布団の感触に真は気づけば深い過去の回想に耽っていたのだった。
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