俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪

第二百四十話 女神と破壊神と



 「あ、あんた達は……?」

 俺が出てきた男女に声をかけると、男性が『おや?』と言った感じで俺の方を振り向かず口を開く。

 「お、そこに誰か居るのか? 悪いが、ここがどこか教えてくれないか?」

 そこで俺はようやく二人とも目が見えないのだと気付く。声を頼りにして、俺と芙蓉の元へ二人が近づいてきた。

 「ずっと暗闇にいたせいか目を開られないのよ。開けていても閉じていても変わらないから……でも、良かったわ、外に出られただけでも」

 にこりと微笑む女性に、芙蓉が肩を貸しながら先ほどの質問を返す。

 「えっと、ここは……あの世、天界とか呼ばれている場所です。今その門から連れてきてくれた二人はペンデュースという世界を創った女神と、それを壊す為に生み出された破壊神なんです」

 俺はアウロラとエアモルベーゼの動きに注意しながら男性の手を取ると、眉を顰めて顎に手を当てて呟いた。

 「……聞いたことが無いな……女神なら知り合いが居るけど……エクソリアって名前を聞いたことはないか?」

 「いや、聞いたことはないな……それより、目が見えないのは不便だろうし、治させてもらうよ」

 「え?」

 「『還元の光』」

 男性にスキルを使うと傷だらけだった体や鎧が元に戻り、そして目が開かれた。同じく、芙蓉が肩を貸している女性にも使うと、二人は顔を見合わせて涙を流し喜んだ。

 「……アイディール……!」

 「ディクライン! 良かった……またあなたの顔を見ることができて! ……あ、いたた……」

 ディクラインとアイディールという名前らしい二人が抱き合っていると、アイディールさんがお腹を押さえて蹲り、芙蓉が慌ててしゃがみ込む。

 「だ、大丈夫ですか?」

 「どうした、アイディール!?」

 「うそ……これって生理……? そんな……どうして?」

 「生理が来るのはおかしくないのでは?」

 芙蓉がそう聞くと、どうも彼女は色々あって子供が作れない体だったらしい。それを俺が『還元の光』で完全に戻したのでそういうのも治ったということなのだそうだ。

 「いやあ、俺達を導いてくれた上にアイディールを治してくれるとは……実は君達が神なんじゃ?」

 とても上機嫌で俺の手をぶんぶん振るディクラインさんに愛想笑いをしていると、急に険しい顔になり、俺の剣を奪う。

 「何を……!?」

 「動くなよ?」

 ヒュ!

 俺の脇を抜けてディクラインさんが剣を振ると、呻き声が聞こえてきた。

 『ぐぬ……あと一歩のところで……』

 俺の足に手をかけようとしたアウロラの手が剣で串刺しにされ、俺は慌てて間合いを離して声をかける。魔力でも吸うつもりだったのか?

 「目が覚めたのかアウロラ……! おい、世界を元に戻せ! このままじゃみんな死滅してしまう!」

 『……そんなことをするわけがないだろう? あの世界を壊したかったのだ、私にとって止める理由などない。私を殺したければ殺すがいい。反撃する力もすでにない』

 アウロラはうつぶせのまま悪態をつくとそのまま喋らなくなった。とりあえず悪さが出来ないのならと、エアモルベーゼを介抱する。体は入れ替わったのでちょっとややこしいが。

 「おい、生きているか?」

 ぺちぺちと頬を叩くと、瞼がかすかに動きうっすらと目を開けるエアモルベーゼ。

 『……何とかね……まさかあんなものが出て来るとは思わなかったけど……世界は……ダメなのかしら……』

 「……」

 俺が黙っていると、エアモルベーゼが倒れているアウロラの前で座り、語りかける。

 『お願いよ、アウロラ……世界を壊すだなんてやめて……あなたが創ったものだからと言って、命を否定したらダメよ……あなたはここで死んでもいいかもしれない。でも、人間は一人一人考えが違うわ。死にたくない人が大勢いるのよ……だから……』

 「エアモルベーゼ……」

 「この世界も危機に瀕しているのね。まったくどこの女神も身勝手なんだから」

 芙蓉がエアモルベーゼの必死さに悲しそうな目を向けると同時に、アイディールさんが奇妙なことを言ったのを聞き逃さなかった。

 「『も』ってどういう意味だ?」

 「俺達の世界は女神姉妹のアホがやらかして人間が神と戦うことになったんだよ。俺達はその戦いの途中で、冥界の門に取り込まれてな」

 「さっきのエクソリア、って人のことですか?」

 二人がコクリと頷く。そっちも気になるけど、今は俺達の世界をなんとかしないといけない。エアモルベーゼが懇願していると、チャーさんが叫ぶ。

 「カケル、まずいぞ! 魔王達も苦しみだした、限界だ……!」

 「くそ……! おい、アウロラ頼むよ!」

 俺がしゃがみ込んで頼むと、アウロラは顔をあげて俺を見つめてきた。

 『……カケルよ、お前の故郷は地球のはずだ。芙蓉もな。あの世界が消えても困らないだろう?』

 「馬っ鹿! お前、俺がどれだけあの世界で世話になったと思ってんだ! 発端は自分自身のことでもあるけど……でも、短い間だったけど色んな人に助けられて生きていた。それをここから高みの見物なんてできない。そういうことだ」

 『……そこの男、エクソリアの名を言ったな。アレも私と同じく世界を壊すつもりではなかったか?』

 「……最初はそうだったな。だけど、ウチの娘達に諭されて、世界を救うために戦いに赴いたぜ」

 『そうか』

 『アウロラ?』

 短く呟いた後、何かを考えているのか目を閉じる。しばらく間を置いた後、アウロラは手に刺さった剣を無理やり引き抜き、俺達を弾き飛ばした!

 ドン! ブワッ!

 「ぐあ!? やっぱこうなるのか……!?」

 「カケルさんあれ!」

 弾き飛ばされる際、芙蓉を掴んでいたため柱にぶつからないよう俺がクッションになると、芙蓉は俺達が先程まで立っていたところを指差して叫ぶ。そこには――

 『冥界の門を開ける時間が長すぎたようだな』

 アウロラとエアモルベーゼが門から這い出てきた手に絡みつかれていた。あのまま立っていたら俺達もああなっていたかもしれない。

 『あれを閉めないと……』

 『こうなってしまっては、内側からしか閉めることしかできまい』

 そう言ってアウロラは冥界の門へと歩き出す。

 『……どうするつもり?』

 『天界を荒らされては困るからな。お前を生み出したのは私だ、責任は取らなければ』

 『本気!?』

 『私はいつだって本気だ』

 歩くまでもなく、ずるずると引きずられるエアモルベーゼとアウロラ。それを俺と芙蓉が駆けつけ、二人のついていた手を切り裂き二人を引っ張る。

 「まだ世界を救う手だてを聞いていないんだ、勝手に死なれたら困るぞ」

 「エアモルベーゼも諦めるのが早いわよ?」

 手から解放されたアウロラが俺に振り向いて口を開く。

 『……すでに時は遅いのだ。時間を置けば、そこの男達のようにここから出てくる者も増える。あの二人はどういう訳か人間だが、この門に巣食うのは亡者や魂。それが解き放たれればとんでもないことになる。だから閉めるのだ』

 俺が何かを言おうとすると、アウロラはそれを許さず話を続けてきた。それも信じられないようなことを言うのだ。

 『……あの世界を救うためにはもはや私にもできない。だが、お前のスキルがあれば何とかなるかもしれない。『魔王の慈悲』。そしてお前の寿命を世界に与えるのだ』

 「あれを……!?」

 『そうだ。その結果お前は死ぬかもしれない。いや、きっと死ぬだろう。世界の人間や草木、動物の寿命を肩代わりなどできないのだからな。結果、全員は救えないかもしれない。それでも、お前はやるか?』

 細い目をした狂気の女神は何かを試すかのように俺に問う。その問いに見合う答えはこれしかない。

 「……当然だ! 世界があれば、人間がいればまたいつか復興する。そうやって世界は回っているんだ。お前の言うとおり世界は間違っているのかもしれないし、いつか終わりが来るかもしれない。でも、それは今じゃないんだ」

 『……』

 俺の答えが良かったのか、悪かったのか? 分からないが、アウロラは無言で門へと向き直り、漆黒の中へと足を踏み入れた。

 「お、おい……」

 『勝負は私の負けだ。世界を救うなりなんなり好きにすればいい』

 ギィィィ……

 アウロラが門を閉ざし始め、重い音が響く。そこにエアモルベーゼが門の中へと飛び込んだ。

 『……お前、何を……?』

 『私はあんたの半身だからね。手伝うしかないでしょう?』

 『私一人で十分だ』

 『……一人は寂しいわよ』

 『……』

 「エアモルベーゼ!」

 扉が閉まっていく中、女神は無愛想に、破壊神は楽しそうにこちらを見ていた。

 「何とかならないの?」

 『こうなるとどうしようもないわね。アウロラはともかく、多分私は消滅しちゃうわね。次は人間に産まれたいかな?』

 「……やっぱダメだ! お前等はこっちで罪を償えよ!」

 俺が閉じようとしている門をこじ開けようとすると、エアモルベーゼが笑いながら俺達に言う。

 『ふふ、そうね。月島影人を焚き付けたのは事実だし、アウロラも芙蓉さん達をいいように利用した大悪人ね! だからこそ、この門を閉じるのは私達の仕事……』

 「……なら最後に聞かせてくれ。アウロラ、どうして世界を救う方法を教えてくれたんだ?」

 『……自分で考えろ、人間』

 そういうアウロラは少し笑っていたような気がする。そしていよいよ門が閉じる――

 『あ、そうだ! カケルさんごめんね、初めて会った時コブラツイストをかけて』

 「かけられてねぇよ!? お前は目を潰しただけだろうが!?」

 そして、エアモルベーゼが、フフっと笑いながら涙を流し手を振ると――

 バタン!

 冥界の門はその重い扉を閉じた。

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