俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?
第二百十話 ヘルーガ教徒と教祖
「もどかしいわね、馬車でも追いつけないのは」
「カケルさんの身体能力はずばぬけていましたけど、あそこまでとは……」
芙蓉が御者台に身を乗り出し、前方を見ながら焦る。するとティリアが荷台で俯きながら呟いた。
「きちんと私が確保していれば……鼻血を出していたので油断しました……すみません皆さん……」
「あ、あれは仕方ないよ! カケルさん、ギャグっぽいところあるし……」
エリンが慰めようとしている横で、クロウが口を開く。
「だけど、暴れられたらティリアさん以外太刀打ちできる気がしなかったね。僕達で止められるのか……?」
「ナルレアさんが戻ったから、呼びかけに応えてくれるのではないかと思いますよ。その前から、呼びかけるたび動きが鈍ったりしましたし」
横たわるナルレアの体を見ながら期待を込めて言うウェスティリア。そして――
「カケルさん、苦しそうでした……今度は私が助ける番です! 懐に飛び込みますからね!」
「いや、そこは無理したらダメだからな?」
と、叫ぶのを突っ込むクロウ。叫んだのはカケルが村で助けたリンデという女の子だった。グランツが馬車を回収した後、ついて行くと乗りこんできたのだ。もちろん芙蓉とウェスティリアは反対したが、家の屋根を壊した、ということを言われ連れて行くことになった。魔王のフェロモンにやられているので引き寄せられてしまうのだろう。
「出会ったらまず、私が最初に仕掛けます。その後でグランツさん、芙蓉さんが抑えに入り、拘束できたところでクロウ君達も呼びかけに参加してください」
「それでいいよ。なんだかんだで僕もまだそれほど強くなってないし……ん? あそこ、なんかボロボロじゃないか? それにあれはヘルーガ教徒か?」
クロウが右前方を指差す。
その方向はカケルがガリウスと戦闘を行った場所だった。血と焼け焦げた木々が目に入る。そこに黒いローブが数人座りこんでいるのを見つけ、馬車をそちらへ走らせた。
「あ、ああ……お前達は……」
「た、助かった……み、水をもらえないだろうか……」
黒ローブ達がウェスティリア達を見るなり縋るように近づいてくる。足を引きずったり腕を抑えていたりと痛々しい状態のようだった。
「もしかしてカケルと戦ったのか?」
クロウがむさぼるようの水と食料を口にいれるヘルーガ教徒へ尋ねると、その内一人が一息ついて話し出す。
「……その通り……我々はここでカケルという男を始末するよう教祖に言われてガリウス大司教と共にやってきた。だが、見ての通り惨敗したのだ。回復魔法や薬が足りず、特に足をやられている者達はここに置き去りというわけさ」
するともう一人も口を開く。
「私は反対だったのよ……確かに私を馬鹿にしたヤツラを見返したかったからヘルーガ教に入ったけど、戦いに駆り出されるのはごめんだわ」
「んぐ……んぐ……ふう。助かったよありがとう。あのツキシマとか言うのが教祖になってからヘルーガ教は変わってしまった気がする。力も強いし、不思議な魅力があってあの男の言葉には逆らえない……だが、ヘルーガ教はやつの私兵になっている……」
不満を露わにするヘルーガ教徒達を見て、芙蓉は腕組みをした後彼等に尋ねる。
「あなた達はこれからどうするの?」
「私達はこのままヘルーガ教を抜けようと思ってるの。生きて町まで帰れたら、傷を癒してどこか知らない土地でここに居るみんなで村でも作ろうかなって言ってたの」
「そう、それがいいわ。あの男に関わると恐ろしいことになるから今のうちに逃げなさい。少ないけど、ヘルーガ教を抜けるなら……持っていきなさい」
芙蓉が懐から封筒を取り出し女性の教徒へ手渡すと、首を傾げながら封筒を開け驚愕する。
「? ……!? こ、こんなにもらえないわ!?」
「この人数なら何とか生きていけるでしょ? 私達はこのまま向かうから自力で戻る羽目になるし。それじゃ、行きましょう。あ、そうだカケルさんと戦ったのはいつくらいの話?」
「あ、ああ……昨日の明け方だから……もう二日は経つ。ここからもう何日か行くと教祖の屋敷だ」
その言葉に芙蓉を始め、全員が頷き馬車へと乗り込む。そこへ、一人の男がグランツの前に立った。
「……この中だと俺が一番元気だ、一緒に連れて行ってもらえないだろうか? もらいっぱなしじゃ悪い」
「俺は構わないが……」
「僕はあまりいい気はしないね。後ろからばっさりってパターンもあるのは僕が良く知っている」
「……確かにその通りだ。なら、道中は両手両足を縛っていてくれても構わない。俺は屋敷の中に詳しい。役に立てるはずだ」
そして少し考えたウェスティリアが口を開く。
「わかりました。拘束はしません。が、少しでもおかしな素振りがあればその場で捨てます」
「それでいい。俺の名はイヨルドだ。それじゃ、みんな元気でな」
イヨルドは残ったヘルーガ教徒に礼をして馬車に乗りこみ、馬車はゆっくりと歩き出す。しばらく進むと、残ったヘルーガ教徒が叫んだ。
「落ち着いたらユニオンの伝言に場所を残しておくから、後で必ず来い! いいか、死ぬんじゃないぞ!」
「大丈夫ですかね、あの人達」
荷台から彼等が見えなくなり、エリンが誰にともなく呟くと、隅に座っているイヨルドが目を瞑ったまま答えた。
「大丈夫だろう。ケガをしているが致命的なものはない。一応、戦闘ができるであろう者が来ていたから魔物に会っても問題ない」
だがエリンは首を振って続ける。
「そうじゃないの。ちゃんとこれから上を向いて生きていけるかってことよ。みんなそれおぞれ嫌なことや悔しいことがあったからヘルーガ教徒になったんでしょ? 寄り添って生きていくにしても、町でくらすにしてもまた同じ事にならないかなってね」
「……多分問題ない。俺もそうだが、自分の命や人生を他人に委ねることの愚かさを知り、目を覚ましたからな……すでにここがどん底だ、這いあがるだけなら何とかなるだろう」
「私はあまり悩みとか無かったから分からないけど……あ、いや。ウチの村、若い人が少ないから移住してくれると助かりますね!」
リンデが笑いながら言うと、イヨルドが少しだけ口を緩ませてからまた黙り込んだ。その後、グランツが不要とウェスティリアに話しかける。
「カケルさんの方が先に着きそうですね。師匠達がうまくやっているといいんですけど」
「そうね……倒してくれていると本当に助かるんだけど」
「フェルゼンさんにフェアレイターさん。それにエリアランドの破壊神の力ですし、出会っていたらもう倒しているんじゃないですか?」
芙蓉が呟き、ウェスティリアが三人の実力者なら、という
だが――
◆ ◇ ◆
「まさかこれほどとは……」
「~!?」
チャコシルフィドが冷や汗をかきながら声を出し、へっくんがカタカタと揺れる。目の前には――
「残ったのは猫とハニワだけかな? 愚かものどもめ。異世界人の私をお前達が簡単に倒せるわけがないだろう?」
――影人が立っていた。
そしてチャコシルフィドとへっくんの背後には、フェルゼン、フェアレイター、グラオザムが血まみれで倒れていた。
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