俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪

第百十四話 航海、そして後悔……

 ――阿鼻叫喚、地獄絵図。

 それはこういうことを言うのだろう。


 「あははははは! リファ! これ、この羊の腸の詰め物! 美味しいですよ!」

 「ふへへ、カケルさん、飲んでます? ボクは口移しでもよー! んー!」

 「……もくもくもくもく」

 「うう……ぐす……このステーキ……素敵……美味しい……僕は僕は……!」

 「ぐがー」

 「酒だ! 酒持ってこいー!」

 ちなみにもくもくとすわった目でひたすら食べ続けているのはリファで、最後のセリフはトロベルである。レオッタのほんの少しのいたずらで、この場は完全な混沌と化してしまった。

 つい数分前、こんなことになると誰が想像しただろう。



 
 「で、向こうへ着いたら僕達はどうすればいい?」

 「その前に確認だ。聖女とやらにはすぐ会えるものなのか?」

 「そうねえ、週に一回。聖堂で集会があるからその時には現れるわよ。クロウは神官クラスだから直接会えるけど、私達じゃダメね」

 「クロウって偉かったんだな」

 「一応リーダーをするくらいにはね。そうだね……向こうへ着いたら基本は新しい信者、ということにして僕と行動をともにすればいいかもしれない。レオッタ達は別口で行動して封印についてもう少し調べてもらう。どうかな?」

 「むう……流石に完全に信用していない相手を放置するのは……まして敵地だ」
 
 リファが苦い顔をする。その意見はもっともだ。だが、クロウはまっすぐにリファを見て言う。

 「……確かに僕は言われるがまま過ちを犯した。だからこそこの中で一番上位である僕が君達と行動をするんだ。この三人がおかしなことをすれば僕を殺してくれて構わない」

 「む……」

 「ま、まあまあ……私は死にかけましたし、いいように使われたのか、それとも真意があるのかを調べるまでは協力しますよ。……ごくごく……魔王相手におかしなことをする勇気は私にはありませんよ、ははは……」

 リファが渋い顔をし、トロベルが割って入った。

 「ま、ボクはどっちでもいいけどね。クロウ君はカケルさんには勝てない……ということは人質にもなるし」

 「ルルカは現実派だな。俺も別にクロウがいればレオッタ達は自由に動いてもらって構わない」

 「へっ、お人よしな魔王様だぜ。了解した、リーダーを殺されちゃたまらねぇから、ことが終わるまで大人しくしておくぜ。ビールも奢ってもらったしな」

 大男が肩を竦めてニカッっと笑う。ローブが似合わないな、とどうでもいいことを思ってしまった。

 「聖女様にはお会いしたことはありませんが、魔王だと知られている私は引いていた方が良いかもしれませんね」

 ティリアが口の周りをべたべたにしながらキリッとした顔で言う。

 「あさりのバター焼きか……ちょっとくれ」

 「あ、どうぞ! 濃厚なバターがあさりのぷりっぷり感とよく合うんですよ……ああ……ってそうじゃありません! それにリファも王女なので、身元がばれている可能性があります。なのでクロウ君とカケルさん、ルルカで動いてもらった方がいいと思いまふ」

 シーフードピザに手を伸ばしたティリアがもぐもぐしながらそんなことを言う。確かに異世界人の俺なら適任だし、同伴しているルルカも賢者ではあるが、あくまでもジョブなので他にいないというわけでもない。新しい信者
が二人ならクロウも説明しやすいか。

 「それならカケルと二人で夫婦ということで説明するよ。夫婦での入信は子供を作ってその子供も信者になりやすいからとても重宝されるんだ」

 「なるほどな。いいか?」

 「ボクは全然いいよー。むしろ本当でも……」

 「くっ……!」

 「ちょ!? リファ首を絞めないでよ!?」

 「落ち着けよ……しかし、今更だけどいいのか? やけに協力的だけど」

 クロウが付け合せの野菜をフォークで転がしているのを見ながら(嫌いなのか?)声をかけると目を細めて俺に返してきた。

 「トロベルも言っていたけど、いいように使われたのであれば僕は進言するつもりだよ。それにカケルの話を聞いて、少し思う所もあったしね……」

 俺の皿にブロッコリーを乗せながら遠い目をして言う。そのブロッコリーを返しながらクロウへ言った。

 「別に宗教が全部だめってわけじゃない。自分で考えて、本当にそれでいいと思ったのならそれはそれでいいんだ。間違っていたとしても、自分で決めたことというのはそれくらい意味と価値があるってことだな。間違ってたら俺が止めてやるよ」

 「……そうだね、カケルはそう言う人間だもんね」

 ブロッコリーを見つめながらぐぬぬ……という顔をし、悪びれた様子も無く、トロベルの皿へブロッコリーを置きながらクロウはそう呟いた。

 「ま、難しい話はこれくらいにして、食べましょ飲みましょ♪」

 レオッタがティリアの注文したパスタを少し分けてもらながら、明るい声で言った。この船の上では逃げることもできないし、楽しめるときに楽しんでおこう。

 「ビール、もう一杯頂戴!」

 「おう、貯蔵は充分あるから飲め飲め! お代はもらうけどな! はっはっは!」

 ジョッキをもってカウンターへ行く俺と大男。この一瞬、これをレオッタは狙っていたのだ。



 「あ、リーダーのジュース無くなっているわね? はい、どうぞ♪」

 「ありがとう」

 「魔王様もどうぞー」

 「ありがとうございます……少し苦いですね、このぶどうジュース?」

 「トロベルもね」

 「ああ、スッキリするからありがたいですね」

 「剣士のお姉さんもどぞー」

 「む、みんな美味しそうに飲んでいるな。では私も……かは!?」

 


 「ふう、どうやって冷やしてるんだろうな……キンキン……だ……」

 「あーカケルさん! それ美味しいですか? 私にもくだひゃい……ひっく」

 ティリアが赤い顔をして俺に絡んでくる。……酒臭っ!?

 「おい! ティリアに酒飲ませたのは誰だ!?」

 「んふふ……誰でしょうー?」

 「うおおお!?」

 つーっと背中を指でなぞられてぞわっとする俺! 見ればルルカがクスクス笑いながらグラスを飲み干していた。

 「ちょっと貸せ! ……ワインじゃないか!? レオッタ……!」

 「いやあ、まさかこんなことになるとはねー……ごめんね?」

 「いいんだよ! 酒でも飲まなきゃやってられねぇんだこっちは! 死にかけたんだぞ! レオッタ、もう一杯くれ」

 「うーん……トロベルの変わりようが怖いわね……」

 言われるままワインを注ぐレオッタの額には冷や汗が出ていたが、自業自得なので放っておこう。尚もすりよってきてビールに手を伸ばすティリアを押しのけながら、もくもくと食べるリファと、ステーキを食べているクロウに声をかける。

 「リファ、お前は飲まなかったんだな? ちょっとティリア達を……」

 と、話しかけたところでリファが手で俺を制しながら言う。

 「食事は大人しく食べるのです。でないとお母様に怒られてしまいます」

 見れば目がすわっていた。どうやらリファもダメらしい。

 「クロウ? お前は……」

 声をかけるとビクッと体を震わせて顔をあげた。何故か目が潤んでいた。

 「カケル……僕はついにステーキを食べたよ……貧乏で路地裏で転がっていたあの頃を考えるとこれはもう死んでもいいんじゃないかな!」

 「飛躍し過ぎだろう!? 落ち着け、これからも生きてりゃいくらでも食える!」

 「本当に? ああ、僕は……僕は……あ、みんな立ち上がってウロウロしているね? そうだ、みんなツバメになろう!」

 「何言ってんだお前?」

 「スワロー! あはははははは!」

 ああ、ツバメってスワローって言うもんな……座ろうってか……クロウも一服盛られていたか。そういえば、と。俺と一緒にビールをもらっていた大男を探してみるといつのまにやら飲み干してテーブルで寝ていた。先手を取られたか……!?

 「カケルさーん♪ びーるー」

 「んふふ……異世界の知識……」

 鳥のもも肉を咥えながら迫るティリアとルルカ。さながらゾンビのようだ……! するとツィンケルさんが笑いながらビールを差し出してきた。

 「はっはっは! いいじゃねぇか賑やかで! ほれ、嬢ちゃん達にやるよ」

 「わーい」

 「ごくごく……」

 「お、おい……」

 「ま、飲み慣れてないんだろう。一回やらかしておけば後は段々慣れてくるもんだ。飲んで慣れろ。船乗りの鉄則だぜ?」

 そんな道理は聞いたことがない。が、実害も無いので、好きにやらせておくことにした。

 「カニの爪! あははは!」

 「兄ちゃん、諦めろ、な? ほれ、乾杯ー」

 「……ああ、完敗だ……乾杯……」

 ティリアの頼んだ料理はきっちり食べましたとさ!

 到着まで後二日。大丈夫かねえ……。 

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