俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?
第四十八話 真夜中の追跡
「どこ行きやがった……!」
窓の外から飛び出した人影の後を追い、屋敷の外へ出るが見失ってしまう。ダッシュしながら俺は考えを巡らせる。
……ソシアさんを抱えてそれほど速く動けるはずがない。でも道にいないってことは……。
「上か!」
見上げると、屋根づたいに走る人影を発見することができた! 月明かりのおかげでソシアさんの姿までハッキリ分かるほどである。
「待てー! ル〇ン!!」
俺は地上を走り、徐々に距離を詰めながら叫ぶと、慌てた様子で声をあげていた。
「嘘!? もう追いついてきた!? 『魔』は高いと思っていたけど、身体能力も!? ていうかル〇ンって誰さ!?」
「足の速さなら負けないってんだ! ≪炎弾≫!」
ボヒュ!
俺の放った火の玉が……ええっと……予告状といえば怪盗か! というわけで火の玉が怪盗に向かって飛んでいく。が、すんでの所で回避された。
「うわお!? 人質がいるのにえらいのを飛ばしてくるじゃないか……!」
「チッ、外したか。こちとら回復魔法持ちだ、ちょっとくらい許してくれる! ……多分」
「多分!? ……何て恐ろしい男なんだ……さて、どうするかね……おや、あれは……」
何か考え始める怪盗だが、俺は目を離さない。とはいえ、屋根の上では手が出しにくいのも事実。こっちも何か考えないと……ん?
シュタ!
そこで怪盗が俺のいる通りに速度を緩めずに降りてくる。
「観念したか!」
「どうかな? ≪ポイズン・フォグ≫」
「何!?」
走りながら俺に半身だけで振り返り、片手から煙のようなものを出してきた。意思をもったかのような煙にまとわりつかれると頭がクラっとした。
「殺しは主義に反するから軽いものだけど、徐々に体の自由が失われる。派手に動くと毒の回りが早くなるから気をつけなよ?」
確かに身体の動きが鈍くなってきた……!
「ぐぬぬ……舐めるなよ! ≪爆風≫!」
ゴォォォォ!
見よう見まねで覚えた風の魔法を使って霧を吹き飛ばした!
「げ!? むちゃくちゃだな!?」
『速』俺の方が上、少しばかりのアドバンテージなどものともせずあと一息まで追い詰める! だが、一歩というところで悲劇は起きた!
「もうダメだー! ……なんてね♪」
芝居がかかった声で叫んだあと、ニヤリと口元を歪めて怪盗は十字路の中央で大きくジャンプした。
「上に逃げても着地で捕まえれば……」
俺は上を見ながら走っていたが、それ故に気付かなかった。
ドーン!
ブヒヒーン!
「ぐあああ!? 何だっ!?」
転がりながら目を見開くと、通りの横から出てきた馬車に轢かれたのだということが理解できた。こいつ、初めから狙ってたのか!?
「残念だったね! それでは失礼するよ」
ご丁寧にウインクをしながら手を敬礼のように頭の上に置いて走り去っていく。
「まだまだ……! ≪ヒール≫」
ダメージは負ったが回復すれば問題ない。追撃をかけようと立ち上がった所で声をかけられた。
「も、申し訳ありません、ウチの者が……だ、大丈夫ですの? ……ってあなたは!?」
愛想笑いをしている御者と思わしき男を引き連れて出てきたのは……レムルだった。どうしてまたこんなところに? いや、それは今考えることじゃないな。
「レムルか、すまないが急いでいる。この通りピンピンしているから気にしなくていいぞ!」
「急いでいるってどういうことですの?」
「それを話している暇もないってこった! じゃあな!」
「あ、ちょ……速っ!?」
俺はクラウチングスタートの構えを取った後、即座にその場を離れるために駆け出した。間に合ってくれよ……!
◆ ◇ ◆
「ありゃあすげえや……お嬢さんのお知り合いで?」
「学院の生徒、ですわ……こんな時間に一人で何かを追いかけているようでしたが……気になりますわね」
「はは、王子以外で異性が気になるとは珍しいこってです。さ、とりあえず大丈夫そうだったしお屋敷へ戻りましょうや」
「……いえ、彼を追ってくださいまし」
「は?」
「聞こえませんでしたの? 彼を追いなさいと言ったのです」
「い、いや、しかしタダでさえ遅くなっているのに……おい、ツォレ。お前からも言って……」
「……オレも追いかけるのに賛成だ」
「本気かよ、旦那様に叱られるんだぞ? ……へいへいしゃあねぇな……乗ってください。ちっとばっかし揺れますが文句言わねぇでくだせえよ!」
「問題ありませんわ! 何を隠しているのか知りませんが、わたくしが確認してさしあげますわ! オーッホッホッホ!」
◆ ◇ ◆
「こっちの方に来たと思ったけど……」
見当たらない。
俺より遅いとはいえ、怪盗の足は決して遅くなかった。なにせソシアさんを担いだままであの速度だ、ソシアさんが居なければ俺と互角かもしかするとさらに速いかもしれない。
レムルとの会話はそんなにしていないつもりだったけど、十分ロスとなっていたらしく、辺りを見渡しても人の気配は無かった。
「このへんはあまり人が住んでいないのか……」
見れば、灯りのある家はそれほど多くなく、時間を考えるとそんなものかとも思うが、それにしても気配が少なすぎた。
「ドラマとかだと廃屋のどこかがアジト、という線が濃いな。しらみつぶしに探していくしかないな……」
「ふう……」
「ぎゃああああ! 出たぁぁぁあ!?」
俺が覚悟を決めた時、いきなり耳に生暖かい風を感じて俺は飛び上がって驚いてしまった。一体なんだ!?
「いいリアクションね。こんばんは、異世界の人」
長い紫の髪をポニーテール状に束ね、ライダースーツのようにピッチリした体のラインがハッキリわかる魅惑的な皮の服を着た女性が俺ににっこりと笑いかけてきた。それを見て俺は口を開く。
「あ、あんたは……誰だっけ……?」
ガクッとこける女性が焦ったように俺の襟を掴んで目をじっとみながら一気に捲し立ててきた。
「本気!? 昼間あったばかりなのに忘れるかしら? そりゃ髪型も服も違うけど、予約までした相手にそれはちょっとないんじゃないかしらね?」
俺も目を細めて見返すと、その正体に気付いた。
「あ!? レリクスの横に居たメイドさん……!」
「やっと気づいてくれたのね」
「そらそうだろ、メイドがこんなところにいると思う訳がない。何をしてるんだ?」
「まあ、一理あるわね。 で、何を、ね。忘れたの? 婚約者候補には密偵をつけているって話」
密偵……そういえばレリクスが身辺調査のためソシアさんにつけていると言っていたが……。
「お前が、そうなのか……?」
「ええ。ソシア様が学院に行っている間は学院を徘徊するお洒落なメイド。夜は淫靡な密偵……それがこの私、ペリッティよ!」
「そうか、俺は急いでいるからまた今度な」
昼とまるでテンションが違うペリッティについていけないので、俺はさっさとソシアさん探しを再開する。
「待ってよ待ってよ!? 冷たいわね!」
「ええい、離せ! 俺は……」
首をぶんぶん振りながら俺の腰にしがみついてくるペリッティを引きはがそうとした時、ペリッティが微笑んだ。
「ソシア様を探している、そうでしょ? フフ、私はソシア様についている密偵よ? 誘拐されるところは見ていたわ。アジトを突きとめようと思って様子を見ていたけど、あなたがヤツを追いかけてくれたおかげで、私の気配には気付いていなかった。だから、最後まで追跡できたわ」
「何? それじゃ……」
「ええ、ソシア様の居場所は分かっているわ。行きましょう」
「……分かった」
罠かもしれないが、闇雲に探すよりは乗っておいた方がいいかもしれない。
一応、ソシアさんの寿命が尽きるのは今日ではない。『こっちよ』と合図をしてきたペリッティに頷き、俺は後についていった。
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