プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

58話 処罰

 天井に無数の穴が開き、備品も破壊され全体的にボロボロになった会場跡地に5人の人間が集まっていた。
 ナニィ、アリス、四葉……そして事態の収拾を図るために黒部さんを招いて床に寝転がしているヘカテアという少女を囲んでいる。
 ヘカテアは身動きができないように手錠が掛けられており、戦いのダメージで気を失っていた。
 身柄を拘束する際にヘカテアのカードも回収しており、寝覚めたヘカテアがもし暴れるようなら即座にカードを破壊して送還する手筈となっている。
 安全対策はきっちりと練っているが、本当はさっさと送還してしまいたいのに、俺達はあえてそれをしなかった。


「それで簡単に言うと、目の前にいるこいつ……ヘカテアっていうらしいんですけど、こいつが今回の事件を引き起こした犯人なんです」


 俺はその場にいる大柄で筋肉質の男、黒部に事情を説明していた。
 ここで起こったこと、プリンセスセレクションのことも知っていることは全部だ。
 ヘカテアを未だに送還していない理由は散々事件を起こしておいて放置すると安全面から考えて何が起こるか分からない、最悪ステージが中止ということにもなり得るので下手人を捕まえたことを説明し、根回しを万全にした上で今回の件を収拾するためにヘカテアが必要だったのである。


「……つまりその、魔法の力でってことなのか? この目で見ても未だに半信半疑なんだが」


 黒部は不機嫌そうにタバコをふかしながら状況を検めている。
 最初は胡散臭いという感情を隠し切れない様子だったが、ボロボロになった会場やアリスによる魔法の実演により信じざるを得ないという結論に至っているようだ。


「まったく年寄りには受け入れがたい話だが、そうなるとどういう風に処理すりゃいいんだ? 法律で裁けるのか? 同僚に犯人は魔法使いだったんですなんて証言した日には気でもくるったのかと思われそうだ」


 間違いなく初めて扱うだろう案件に、黒部は眉をひそめながら唸っていた。


「う、ううっ」


「ムクロさん!?ヘカテアさんが!」


 ナニィが慌てたように呼ぶ声がする。
 どうやら気を失っていたヘカテアが復調したようだった。


「すみません黒部さん、話はまた後で」


「ああ、俺は事情がよく分からん。話は任せる」


 手を振って任せるとジェスチャーを受けて少女を見下ろす。
 黒部さんとの会話を切り上げ、もぞもぞと動き始めたヘカテアに注意が集まった。


「ん、あれ? あたしって……」


 ゆっくりと目を開いたヘカテアは周囲の状況を確認し、次いで拘束されていて身動きできないことを確認した様子だ。


「目が覚めたようね、ヘカテア」


「アリスちゃん? それに他のやつらも……」


 俺達を見上げて、一睨みするが多勢に無勢だ。
 やがて観念するように溜息をひとつ溢した。


「そっかー、あたしってば負けちゃったんだね☆」


 ヘカテアは敗北を受け入れるように項垂れる。
 長い水色の髪が地面に垂れた。


「俺は警察の黒部ってもんだ。お前さんが一連の事件を引き起こした犯人なのか?」


「ふふっ、そうだよ。聞きたいなら教えてあげよっか♪」


 ヘカテアは自分の行ったことを洗いざらい話した。
 自白する姿はどこか達観しており、ポツポツと語られる証言は状況を見ても整合性があり、真実であると思われた。


「さぁ、覚悟ならもう出来てるよ? さっさと殺せば」


 やがて一通り話し終えると、そう投げやりに言い放った。


「お断りよ、誰も殺したりはしないわ。大体死んで責任取るなんて許すつもりないから」


「でも、あたしはアリスちゃん達にひどいことたくさんしたよ?」


「もちろん無罪放免という訳にはいかないわ。きっちりけじめはつけてもらうわよ?」


「何をさせるつもりかな☆」


「私のけじめはそうね、この子の話を聞いてあげてもらおうかしら? 四葉、おいで?」


 アリスがそう言うと、後ろにいた四葉が代わって前に出てくる。


「初めまして、有栖院四葉です」


 おずおずと自己紹介する四葉に、ヘカテアはバツの悪そうな表情を作った。


「ふーん☆ ま、そりゃそうだよね? 直接被害を受けたわけだし、文句の一つも言いたくなるよね?」


「え? いやそんなんじゃなくてですね?」


「何が違うって言うのかな☆」


「ヘカテア、私は四葉の話を聞いて欲しいって言ったのよ? それともこれだけの事しでかしてけじめもつけられないのかしら?」


 敵愾心を丸出しにするヘカテアに、アリスはそう告げる。
 その言葉にヘカテアは不精不精といった様子で頷いた。 


「えっとですね、明日響渡祭というのがありまして、私もそこで歌うんです」


「それは知ってるけど……」


「あ、あの、それでですね! 良かったらヘカテアさんにも見に来てもらえないかと思いまして!」


 緊張に声を震わせながら、四葉の紡いだ言葉に、流石のヘカテアもポカンとした表情を浮かべていた。


「はあ? えっともう一回言ってくれるかな♪ かな♫ さっきの戦闘で耳がおかしくなっちゃったみたいなの☆」


 ヘカテアの狼狽ぶりに俺達も苦笑する。
 この提案を最初に聞いた時はあのアリスでさえ四葉に反対したのだから。


「状況分かってる? あたしはあんた達のことを狙ったのよ?」


「もちろん分かってるつもりです」


「分かってない! 分かってなんかない☆ それがどうしたらあたしをお祭りに誘うって発想が出て来たの?」


「ヘカテアさんは私がアリスちゃんの隣に居たのが許せなかったんですよね? アリスちゃんならもっとすごいことが出来るのにって」


「そうだよ☆ アリスちゃんはすごい人なの!あんたなんかよりも♪ あたしなんかよりも♫ だからこんなところで時間を潰してる余裕なんてないんだもん☆」


「あんたまた!」


「アリスちゃん! お願い、ヘカテアさんと話をさせて!!」


「え、ええ」


 ヘカテアの言い分に怒ったアリスが詰め寄ろうとするが、四葉がそれを制する。
 らしくない強い語気に、思わずアリスがたじろいだ。


「アリスちゃんはすごい、本当にすごい人だって……私もそう思います」


「でしょ☆ だったら……」


「私も、貴方と同じです。アリスちゃんの影に隠れて、アリスちゃんに自分の理想を押し付けて、どうせ自分なんかって言い訳しながら自分の世界に引きこもってた。自分が何かをするわけでもないのに、勝手に諦めてたんです」


 四葉が自分の心情をヘカテアに語る。


「半年前のステージで一気に有名になったけど、その時に歌を歌ったのはアリスちゃんで、いつも心のどこかでみんなが見に来てくれてるのはアリスちゃんで私じゃないんだってふてくされて、お客さんの視線がいつも重荷だった」


「四葉、そんな風に思ってたのね。言ってくれれば良かったのに」


「言えないよ、アリスちゃんがあそこで歌ってくれなかったら、きっとあの日に有栖院四葉は終わってたと思う。私の力不足で招いた現状を誰のせいにもしたくない、だから本当にありがとうね? アリスちゃんのおかげで、私はまた歌えるんだから」


「うん、うん! 私が誰よりも四葉のこと応援したげるんだから!」


 感謝の言葉を口にしながら四葉はアリスと抱擁を交わした。
 アリスは感極まったのか、既に涙だ顔をぐしゃぐしゃにしている。


「アリスちゃんの歌う姿が本当に綺麗だったから……いつか私もあんな風になりたいって心から思えたんです」


 そうして四葉はヘカテアに向き直る。
 憧憬を胸に、語る四葉は堂々としていて、キラキラ輝いていた。


「だから観に来てくれませんか? アリスちゃんをずっと隣で見てきたヘカテアさんにお願いしたいんです。私にアリスちゃんの隣に並び立つ資格が本当にあるのかを」


 思いの丈を言い募り、ヘカテアをステージに誘う。
 これは招待状なんかではない、四葉のヘカテアに対する挑戦状なのだ。


「それ、敵だったあたしに聞くの? あたしってばあんたのこと嫌いなんだけど☆」


「でもアリスちゃんのことで嘘をついたりすることは、しませんよね?」


「当たり前でしょ☆ そんなことするくらいなら舌を噛み切って死んでやるんだから! いいよ、そこまで言うならテストしてあげる♪ ただし、あんまり情けないところを見せるつもりなら許さないからね☆」」


 ここまで言いたい放題言われては黙っていられないとばかりにヘカテアが挑戦を受ける。


「見ていてください、私は他の誰でもない……有栖院四葉としてお客さんを笑顔に出来るように、精一杯歌います。 いつかアリスちゃんと並んでも見劣りしないぐらいに」


 話はまとまったようだ、ヘカテアが四葉を審査する。
 憧憬を抱く四葉と偏愛を抱くヘカテアとの一騎打ちだ。


「ヒュー♪ 言うじゃねえか」


「はい!四葉ちゃん、格好いいです!」


 意地を見せる四葉に俺とナニィが喝采を送る。


「お前もこんなに思ってもらえるだなんて女冥利に尽きるんじゃないか?」


「……なんか四葉とヘカテアが仲良くなっててもやっとする。なにかしらこの気持ち?」


「おいおいお前まで闇落ちとかやめてくれよ?」


 せっかく和解の目途がたったのに、アリスが暴走したら本当に笑えない。


(だが、ヘカテアが響渡祭を見に来るとなると、問題はこっちか)


 俺はさっきから横で成り行きを見ていた黒部さんをチラッと見た。


「ふぅー、分かった分かったよ! 今回は初犯ということもあり、被害者からの嘆願を入れて不起訴処分! 反省文の提出と祭りが終わるまでの監視! それにここは有栖院の持ち物だ、母親の方にはあんた達からよろしく伝えてくれ」


 黒部が降参と言わんばかりに両手を挙げてそういった。


「はい! ありがとうございます! 黒部さん!!」


 その処置に四葉が満面の笑みを浮かべて礼を述べるのだった。







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