プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

55話 なんであんたがここに……

 呆然とする私を他所に、ヘカテアの演説はどんどん熱がこもっていく。
 私を王にするのだと息巻く姿は幼少期のヘカテアからはとても想像がつかないものだった。


「アリスちゃんとそっくりだよね。あたしは分かるけど、他の人じゃ二人が並んだら見分けつかないかも。全然別物なのにね、笑っちゃうよね♪ あんな下手くそがアリスちゃんと並ぼうなんて身の程知らずにもほどがあるよね☆」


「なん、ですって?」


「半年くらい前、控室に居たあの女を昏睡させてステージを台無しにしてやろうって思った。そうすればアリスちゃんも幻滅して今度こそ王様を目指してくれるって思ってた」


 そうか、半年前の事件もこいつが。こいつのせいで四葉は辛い思いをしたのか。


「だけど、アリスちゃんはあの女を見捨てるどころか、あの女の未来を紡ぐために歌った。アリスちゃんの歌は、あんな物の価値も分からない豚共に聞かせるものじゃないのに!」


 こいつは四葉のことをよく見もしない内に、勝手に私と比較して勝手に見限りやがったのだ。


「これも全部、あの女が悪いんだ。全部全部全部あの女さえいなければ、アリスちゃんは正しく居られるのに、アリスちゃんは何も悪くなんて……」


「いい加減にして!」


 黙って聞いてれば言いたい放題言ってくれたおかげで堪忍袋の緒がぷっつんと千切れて飛んで行った。


「あんたが私に変な幻想を抱いてるのは分かったわ、好きにすればいい。勝手に期待して勝手に幻滅しようが私の知ったことじゃない、でもね? 私の四葉を馬鹿にした報いだけは受けさせてやる!」


「アリスちゃん? え? な、なんで怒るの? あたしはただアリスちゃんのためを思って」


「私のため? じゃあ、なんで私にそう言ってくれなかったのよ? 貴方、同じ場所に居たんでしょ、同じ選定官なら試練が始まるまでにいくらでも話し合う時間はあったはずじゃない」


 私を王様にしたいというなら直接私に話を持ってくるのが筋だ。
 それを陰からこそこそ嗅ぎまわっていた癖に、自分の想い通りにならなかったからその原因を潰すとはどういうつもりなのか?


「そ、それは……あたしだって最初はアリスちゃんに会いに行ったもん、行ったんだもん!」


 狼狽しながらヘカテアは子供じみた口調で言い募る。


「でも、その時はもうアリスちゃんの隣にはあの女が居て……ダメ、絶対許せない! その場所はあたしのなのに!」


 その取り乱したヘカテアの姿を見て、ヘカテアの本心がどこにあるのかは手に取るように分かる。
 昔から自分の感情を偽るのが下手なタイプな子だった。
 顔にすぐ出てしまう癖は昔のまま変わっていないらしい。


「馬鹿ねヘカテア? もしも貴方が素直に会いに来てくれてたのなら……四葉も含めて3人仲良く出来たかもしれなかったのに」


 だが、そんな話は仮定でしかない。ヘカテアは既に弓を引いた。
 事が丸く収まったとしても四葉に危害を加えた責任だけは取らせなければ気が済まない。


「やだ、やだやだやだ! あたしがアリスちゃんの一番になるんだぁああ!!」


 ヘカテアは血走った目で、その月弓に矢を番える。
 結局はこうなってしまうのかと残念な気持ちでいっぱいだったが、力づくでも目の前にいる少女を止める。
 それが四葉のパートナーであり、ヘカテアの幼馴染でもある自分の仕事だ。
 そのためにもまずは時間を稼ぐ、今の自分の足ではヘカテアを仕留めきれずとも打つ手がない訳ではない。防戦一方に見えても着々と逆転への布石は打ってきた。


(二人が出て行った時間から考えても、戻ってくるならそろそろのはずだけど)


 魔法でヘカテアの攻撃を迎撃しながらも、上に魔法を打ち上げることで異常と居場所を外にいる仲間へ知らせている。
 ヘカテアは敷地の中に居た私の背後から襲って来たので、二人が戻って来たなら挟撃の構えが整う。
 そうなればヘカテアを撃破するのは難しいことではないはずだ。
 だが、この時自分は失念していた。
 外いる仲間は二人だけではない、三人居るのだということに……


 ザッ、ザッ


 ゆっくりとこちらに近寄ってくる足音。
 こんな場所に好んで来る奴は関係者に違いない。
 勝利を確信した私の前に現れたのはあまりにも意外な人物だった。


「……アリスちゃん!?」


 そこには四葉が不安気な顔をして立っていた。


(馬鹿っ、なんで来ちゃったのよ!?)


 予想外の事態に、頭の中が真っ白になる。
 まさかこんな戦闘をしている場所に四葉が乱入してくるなど思っていなかったのだ。
 更に悪いことに、四葉は私の名前を呼んでしまった。
 もしもそこに立ち尽くしているだけであるなら、私に注意を取られていたヘカテアは気づかなかったかもしれないのに。


「誰だっ☆」


 突然の乱入に、ただでさえ平常心を失っていたヘカテアは振り向きざまに弓を放つ。
 狙いも定めずに打ったであろうその一射は、ヘカテアの技量か、あるいはアイテムの効果なのか吸い込まれるように四葉へと飛んで行った。


「あっ……」


 その間の抜けた声は果たして誰のものだったのか。
 だが、次の瞬間には私は叫んでいた。


「避けてぇえええええ!」


 自分でも驚くほどの声量が出た。
 声を張り上げることの多かった私の人生の中でも一際切羽詰まったものだったと思う。
 だけど、それに反して四葉は顔を真っ青にするだけで身じろぎすることも出来ていない。
 ブツリという肉を引き裂くような嫌な音と共に、真っ赤な赤い花が咲いた。

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