プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

54話 偶像賛歌



「はっ、そこ!」


「なんの、ぴろしきぃ☆」


 会場跡地が抗争の余波で更にボロボロになっていく。
 天井や壁には無数の穴が開き、床や小道具には何本もの矢が突き刺さっていた。
 ヘカテアの半月のように曲がった弓から鋭い矢がこちらに飛来してくるのを、フレアで撃ち落としながら処理していく。


「あはっ☆ がんばるねぇえええアリスちゅぁあああん!!」


「黙れっ! あんたのその人を舐めくさった態度は許せないわ! 灰にしてやる!!」


 意気込み、隙を見ては相手に魔法を射出していくも余裕をもって躱されてしまう。
 止まらない光線がまた一つ、壁に風穴を開けていた。


「ちっ、遠いわね」


 しっかりと間合いをとって射程範囲に入ってこないヘカテアに悪態をつく。
 近づいていければ問題は何もないのだけれど……


「むふふーん☆ その足が足を引っ張っているようですにゃー、なんちて? 足が足を引っ張るってなんか受けるね♪」


 頭の悪そうな指摘にアリスは内心で怒りを燃やすが、ヘカテアの挑発は的を射ていた。
 負傷して素早く動けない足のおかげで相手を有効な射程距離に収めることが出来てない。
 フレアは直線にしか飛ばないので、距離さえ一定以上取れば射出されてからでも回避が間に合ってしまうのだ。


「まずっ!?」


 打つ手のない私を嘲笑うかのようにヘカテアが弓を構えるのを見て、床に転がっている会場設備の残骸に身を隠す。
 ガガッと力強い音を立てて、障害物が削れる音が聞こえてくる。
 持ち込んだであろう魔弓による攻撃だ、当たればただでは済まない。


「それにしてもヘカテア! あんたが選定官になってたとは思わなかったわよ?」


 自分が選定官NO.Xであるメウルファにスカウトを受けた時点ではこの少女の名は組織にはなかったはず、メウルファは未だ他のメンバーは招集中とだけ言っていたので、後から加わったのだろうが。


「うふふのふ♪ あたしが加入したのはアリスちゃんよりずっと後だからねぇ、知らなかったのは無理ないんじゃないかな? かな?」


 口ぶりからして私が選定官であったことはヘカテアは知っているようだ。
 その割には今まで声をかけても来なかったやつがどうして今になって動いているのか。


「子供の頃は気が小さくて、いっつも私の背中に隠れておどおどしてた癖に随分と出世したじゃない? まさかこの私に牙を剥くようにまでなるなんて、ね!」


 ヘカテアは私の国と昔から縁故のある国の姫だ。力関係は対等ではなかったが、隣国のよしみで支援をしたり、ただおこぼれに預かるのをよしとせずに特産品などを供給されたりと比較的良好な関係を築いてきた間柄である。
 そういう所縁もあって、ヘカテアが私の国に滞在することも多くあったし、年頃が近く同じプリンセスという立場ということもあって一緒に遊んだこともある俗にいう幼馴染という間柄だった少女だ。


「弱かった頃の……あたしなんか知らない。いっぱいがんばってきたんだもん、もうアリスちゃんの影に隠れてるだけのあたしなんかじゃない☆」


 小動物のように後ろをトコトコついてくるヘカテアに、アリスは決して悪い感情は抱いていなかったし、ヘカテアには優しく接したつもりだったが、どこかで恨みでも買ってしまったのだろうか?


(それにしてはヘカテアからは恨みつらみみたいなものは感じないわね?)


 人が人を恨むときに発する負の感情というものは隠そうとして隠しきれるものではない。 しかし怨恨ではないとするなら、残るは組織絡みだろうか? 


「あんたの目的は何? 組織を裏切った私を粛正にでも来たのかしら?」 


 現状、選定官という役割からは程遠い動きをしている自分を罰しに来たというのなら納得の行く話だ。


「粛正? いやいや何言ってるのアリスちゃん、あたし達選定官の目的は『真なる王を自分達の手で選抜する』ことだよ☆ メルちゃんは不満に思ってたみたいだけど、あたしはアリスちゃんの行動を裏切りだとは思ってないよ♪」


 メルちゃんというのはメウルファの愛称だろうか? 粛正などの指示を出せるような主要人物にメルなんて名前の人間はいないので恐らくそうだろう。
 だが、メウルファの指示ではないのなら一体何故ヘカテアはここにいるのだろう?


「……あたしにとっての王様はね、アリスちゃんなんだよ」


「えっ?」


 予想だにしない答えに思わず声が漏れる。


「子供の頃……あたしは小さくておどおどしてて、国も辺境にある小国だったし、田舎者の分際でとかいっぱい陰口叩かれて、周りの人にずっと怯えてた」


 突然のカミングアウトに呆然するが、ヘカテアはそんな様子に気づくこともなく語り始めた。


「あたしにはないものたくさんもってるアリスちゃん……キラキラしてて、力が溢れてて、それなのに才能に胡坐をかいて見下してくる他の馬鹿共と違って、あたしみたいな日影ものにだって平等に光を与えてくれる」


 その様子はまるでここにいない何かを見ているようで。


「貴方こそ、あたしが思い描く理想……希望を失ったみんなをもう一度輝かせることの出来る月の王様に相応しい人なの」


 目線はあっているはずなのに。 


「初めてメルちゃんがあたしのところに選定官の話を持ってきてくれた時、本当に嬉しかった。あたしはアリスちゃんの国に属している訳じゃないからサポーターにはなれない。そんなあたしでもメルちゃんの話に乗れば秘密裏にアリスちゃんの支援をすることが出来る。今まで助けてくれたお礼がやっと返せるってそう思ってたのに」


 言葉だって聞こえているはずなのに。


「いざ話を受けて見ればアリスちゃんも選定官? なんで♪ どうして♫ 間違ってるよアリスちゃん、貴方は王様にならなきゃいけない人。 誰かに膝を折るような人じゃない、あたしなんかと違って選ばれた特別な人間なんだよ☆」


 ヘカテアの言うアリスという人物が自分ではないような気さえするのだ。


「ううん、分かってる♪ あたしはアリスちゃんのこと誰よりも分かってる♫アリスちゃんだって間違えることぐらいあるよね? でも王様が間違えた時は道を正すのも臣下の役目なの、ということはそれってつまり~あたしの役目ってことだよね☆」


 この子は自分のことなんて見えていない。


「最初はね、なんでアリスちゃんが選定官なんて引き受けちゃったのか不思議でしょうがなかったんだ~☆ でもね、しばらくアリスちゃんを見てる内にその元凶が分かっちゃったの♪」


 ヘカテアが見ているのは自分の中で作り上げた理想像、それにアリスという皮を被せているだけの、偶像でしかなかった。


「あの子だよね? 有栖院四葉ちゃん☆」


 そんなヘカテアの豹変に面食らっていた私を現実に引き戻したのは、四葉の名前だった。



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