プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

53話 物置にあった者

 俺達が見つけた小屋は錆びたトタン板が張り付けられた特徴的なボロ小屋で、地震が起きればひとたまりもなく崩れ落ちそうなものだった。


「そ、それにしても随分とぼろっちいですねこの建物」


「誰も手入れしてなかったんだろうなー、物置小屋かもしれねえ」


 窓もついているが、そこら中にひびが入り、おまけにその隙間を木材で補修している。
 外から中の様子を知ることは難しそうだ。


「きゃっ? うぅ、何か今……八本足の気持ち悪い物体が通り過ぎてったんですけど!?」


「蜘蛛だな。近くに巣があるかもしれんから気をつけろよ、頭から被ったら糸でベタベタになる」


「……全力で気を付けます!」


 違う意味で周囲を警戒し始めたナニィを尻目に、入り口の扉をそっと開く。


「開いてる?」


 もしも鍵が締まっているなら部外者である俺達にはどうすることもできなかったのだが、錆び付いたドアノブは侵入者を拒むことなく、その門を開いた。


「こいつはっ!?」


 その小屋の中に広がる惨状に、思わず声を漏らす。
 薄暗い室内、埃が積もる床に数人の人間が倒れていた。


「ムクロさんっ!?」


「ああっ! 念のため、お前は外を見ててくれ」


「了解です!」


 敵が襲ってくる可能性も警戒してナニィを見張りに立てると、俺は一番近くにいた倒れている人間を抱き起す。


「って、どっかで見たことあると思ったら黒部さんじゃねえか!?」


 目を瞑って、微動だにしないがその人は刑事の黒部さんだ。
 つい数十分ほど前までは事故現場で捜査をしていたはずなのに。


「黒部さん? まさか死んでるんじゃねえよな?」


 顔を近づけて見ると、胸は静かに上下し、息もしっかりしている。
 というよりもこれは……


「ムクロさん? もしかしてみんな殺されちゃったりしてるんですか?」


「いいや……なんだこれ、みんな寝てるだけみたいだな?」


 全員目立った外傷もないし、特に拘束されている様子もない。
  それどころか全員穏やかな寝息を立てながら微笑みさえ浮かべていた。


「……え? こんな真昼間からみんなでお昼寝してるんですか?」


「さぁな、聞いてみた方が早いだろ」


 俺はぺしぺしと黒部さんの頬をビンタする。
 その度に、瞼がピクピク動き、やがて薄っすらと目を開いた。


「黒部さん俺です。神無です、俺が分かりますか?」


「……ああ、大丈夫だ。俺は、一体?」


「こっちが聞きたいくらいです。何か覚えてませんか?」


「分からねえ、捜査してたら急に意識が遠のいて、気がついた時には」


「そう、ですか」


 何か具体的なものを見たり聞いたりしたわけではなさそうだ。


「……なんだかすげえ良い夢を見てた気がする」


「は、はあ……それは良かったですね?」


「ああ、嫁と付き合いたての頃の夢だった……あの頃は可愛くてなあ」


「ちょ、ちょっと、待ってくれませんか? なんで俺はいきなり惚気聞かされてるんですか?」


 俺が聞きたいのは黒部さん達がここにいる経緯であって夢の内容ではない。


「いいから聞けよ! こいつは俺が守ってやらなきゃと思ったもんだが、今じゃ俺を尻に敷くぐらいの肝っ玉になりやがった、くぅ~昔は良かったぜぇ」


 しかし黒部さんはどこか夢見心地でぼんやりしている様子で遠くを見つめている、どうやらめぼしい情報は手に入らなそうだ。
 ここでこうしていてもしょうがないし、とりあえずはここにいる全員を連れて一度外に出るのが賢明だろうか?


「うん?」


 そんな時だった。ポケットに入れているスマホが振動する。


「こんな時に誰から、四葉からか」


 スマホの着信画面に表示されているのは有栖院四葉の文字。
 俺はすぐに通話ボタンを押して耳に押し当てた。


『もしもし四葉です! 神無さんですか?』


 聞き覚えのある高くて綺麗な声だが、それはどこか切羽詰まっているように聞こえた。


「四葉か? 大変だ。会場から少し離れたところに物置小屋があった。そこで数人が倒れてたんだが、その中に事故現場を調べていた人がいるんだ。敵はもしかしたら現場にそのまま潜伏してる可能性すらある。アリスに伝えてくれ!」


 俺達が得た情報を、かいつまんで四葉に伝える。


『そうなんですか? じゃあさっきのはやっぱり』


「どうした? 何かあったのか?」


『アリスちゃんが戻って来なくて、どうしたんだろって思ってたらついさっき、光みたいなものが空に走っていったんです。見せてもらったことがあります、あれはきっとアリスちゃんの魔法です!』


「なんだって!?」


 ということは既にアリスは敵と戦っている可能性が高い。
 それも連絡をよこさないということは恐らくかなり緊迫した状況に追い込まれてるのか?


「今すぐそっちに向かう! 四葉はそのまま待機していてくれ!」


 そういうことならばアリスの援護に向かわなければならない。
 可能な限り急いでナニィと共に戻らないと。


『あ、あの私が様子見て来ます!』


 そんな思考は四葉の無謀な提案に吹っ飛んでいた。


「は?  馬鹿よせ、危険だ」


『でも……それでも私、こんなところでじっとなんて出来ませんから!』


「ちょっ、おい! せめて俺たちが行くまで……切れやがった」


 すぐに折り返し電話を掛けるが、繋がらない。


「ムクロさん? どうかしたんですか?」


「どうしたもこうしたもねえ! 今すぐ戻るぞ? アリスがやばいかもしれねえ」


 それだけで状況を察したナニィは表情を一変させる。


「っ!? 分かりました。急ぎましょう」


「黒部さん、すいませんけどそっちで寝てる連中起こしてこの場所から離れておいて下さい」


「あ、ああ、分かった。」


 未だ頭がはっきりしないのか、黒部はそれだけ呟いた。
 本当なら安全な場所まで連れ添った方がいいのだろうがそんな時間はない。
 ひとまず意識があるなら大丈夫だろう。


「よしっ、ナニィ!さっさとアリス達のところに戻るぞ!」


「すみません、私達は行くところがあるのでお先に! 危ないかもなのでここからは早く離れた方がいいですよー!」


 ナニィが寝惚けて呆然としている人達にそう声をかけて走り出す。 
 目を覚ました刑事を捨て置いて、俺達は来た道を引き返していった。



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