プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

41話 シロツメクサ

 右肩にズッシリとした重みを感じながら歩を進める。
 担いだ機械が壊れないように、ゆっくりと床へと降ろして背伸びする。
 重荷を下ろして解放された身体はいくらか楽に感じて天井を見上げた。


「へぇ、ここが星見ヶ原アリーナか」


 周囲を観客席に囲まれた多目的アリーナを見渡した。
 響渡祭ではこの会場がメインイベントとなり、有栖院四葉が歌うのもここになる。


「信安さーん、この機材って置く場所ここでいいですか?」


「ムクロ君、それは舞台脇にお願いするッス!」


「了解です」


 よいしょっと再び機材を担ぎなおして舞台脇へと移動する。


「この辺りか? でも間違えてたらまた担ぎなおすの面倒くさいな」


 誰かに聞くかと周囲を見渡すと、誰もが忙しなく準備を進めていて、少し聞きづらい。
 そう思って周囲を見渡していると、テーブルに座ってカタカタとパソコンを弄っている女性が居た。
 長い黒髪に小柄な体躯が周囲の大人だらけの場所で浮いている。
 しかし最も目立つ特徴は黒いサングラスと口元を覆い隠す白いマスクだ。
 一目見た印象は不審者だ。だが、周りの人間はその異質を気にしている様子はないところを見ると、これがいつも通りということなのだろう。


「あの、すみません? 少しいいですか?」


「……えっ?」


 試しに話しかけて見るとビクリと肩を揺らして、パソコンから顔を上げる。
 その外見に反して、柔らかくて透き通った声を上げる少女は、俺の顔を見て警戒しているようだ。
 何故それほど身構えているのか? そう考えてすぐに自分の至らなさに気づく。


「この機材ってここであってますかね? 俺、つい最近入った神無って言うんですけど新入りなもんでまだまだ分からないこと多いんすよ」


 顔も良く知らない男にいきなり話しかけられれば身構えてしまうのも当然だろう。
 そう考えて自己紹介するが少女の表情は晴れない。


「そう、ですか。私は白詰、です。えっと……その機材ならそこにあるコードに繋げばいいと思います」


 しかし返事をしないと失礼になると思ったのか怯えるように声を震わせながらも、少女は床を這う線を指差してやり方を教えてくれる。


「なるほど、ありがとうございます」


 礼を述べて、床に伸びたコードを機材へと接続する。
 カチャリと端子に収まる様子は昔の合体ロボを見ているようでちょっと好きだ。


「ふぅ、これで良しっと」


 渡された機材を指示された場所に設置して一息ついた。


「会場、結構広いっすね。当日はやっぱりお客さんも結構入るんすか?」


「どう、かな? 私もここで歌ったことはないから分かんないけど」


「そっちもここに入ったのはつい最近?」


「えっと……まぁそんな感じ、かな?」


「そっか、じゃあよろしく頼むぜ先輩!」


「ちょ、痛いのでやめてください……」


 少女のどことなく歯切れの悪い返事を不思議に思いながらもバシバシと背中を叩くと割と本気で迷惑がられてしまった。
 馴れ馴れしかったかなとちょっと反省しつつ、ふと少女の声に聞き覚えがあるような気がする。


「さて、どこだったかな?」


「何が、ですか?」


「いや、先輩の声どっかで聞いたことあるような気がするんですよ。以前どこかで俺と会ったこととかないっすか?」


「……新手のナンパですか? 彼女さんが泣いても知りませんよ?」


「はっ? 彼女? 俺、彼女とか居たことないんすけど」


 一部記憶が飛んで確信がある訳ではないが、小太郎にも裏を取ったのでほぼ間違いないはずだ。


「そうですね、軟派する前に彼女持ちだって公言する人とかいませんもんね」


「そもそも軟派とかじゃないっすから」


 何故そんな誤解を受けているのかが分からないが、どうも悪印象を持たれてしまっているらしい。
 心当たりが全くないし、どうしていいのか分からない。
 気まずい空気が俺達の間に流れ、どうしようかと思っていたその時だった……。


『よろしくお願いしまーす!』


 明るい声と共に四葉が入ってきた。
 華やかなステージ衣装に身を包み、関係者に挨拶をしているが、俺はその態度に妙な違和感を覚えた。
 何でだ? 昨日まで控えめな印象を受ける少女だったからか?
 いや、何かもっとこう別の……。


「神無さんも今日からよろしくお願いしますね」


「ん、ああ、こっちこそよろしく」


 纏わりつく違和感の正体を掴めないまま、こちらにも挨拶に来た四葉に応える。
 その姿も依然と変わりないように見える。
 違和感は俺の気のせいだったようだと振り払うことにした。
 それよりも四葉の後ろでごそごそしている奴の方が気になる。


「ほら、ナニィちゃん何恥ずかしがってるんですか?」


「え、いや、でも」


「いいから、ほら」


 俺の視線に気づいたのか四葉は後ろに隠れていた物体を前面に押し出してくる。
 白銀の髪に丸みを帯びた整った顔立ち、紅のステージ衣装で覆われながら存在感を発揮する二つの膨らみに思わず目が行ってしまいそうで気恥ずかしい。


「ど、どうも」


「お、おう」


 小さな身体をもじもじさせて可愛い。
 自己主張の感じさせない服装を着ている印象のある少女が、情熱の赤によって前面に出てきているのが新鮮だ。


「なんつーか、可愛いと思う……ぞ」


「か、からかわないで下さい……」


 ナニィの顔が赤く染まっていく、赤い衣装も相まって真っ赤っかだ。


「ラブコメの波動を感じる……」


 横で見ていた四葉がごちそうさまですとばかりに胸やけを起こしていた。


「えっと、そろそろ準備したほうがいいと思う、よ?」


「わ、ごめんなさい! 急ぎますね?」


「わ、ちょっ!? こけるから引っ張らないで下さいぃい!!」


 横でだんまりとしていた白詰さんが急かすことで、四葉は慌ててナニィの手を取った。


「あ、あの……頑張って、下さい」


「うん、見てて……」


 白詰さんの声掛けにどこか寂しそうに四葉が応えてステージへと駆け上がっていった。


「どうかしたんすか?」


「えっと、なんていうのかな?」


 四葉達の背中を無言で見つめる白詰は何か眩しい太陽を見るようだった。


「ちょっと……自己嫌悪かな?」


 それはどういう意味なのか。それを聞くよりも先に音楽が流れ出す。
 俺は思考を一旦棚上げにして、ナニィ達を見るのだった。



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