プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

36話 聞かせてもらえないかしら?

 庶民というのは世知辛いものである。羽振りの良い人間を見て羨ましいなあと思いつつも、仮に自分がそんな立場に置かれても身についた貧乏性が邪魔をするのだ。
 TVで見る人気店の値段を見て顔が真っ青になり、どこにでもあるファミレスのお手頃価格を見てやっぱり身の丈にあったものが一番だと確信する訳である。
 それと同じようなことが今……俺にも起こっていた


「何でそんなとこにボサッと突っ立ってるの? さっさと適当なとこに座んなさいよ」


 アリスが顎をしゃくりながら高級感のあるソファーへと着席を促す。
 ここは島にある一番良いホテルの上階で、窓から一望できる夜景は壮観だった。
 高級感がある調度品に飾り立てられた部屋は至って普通の一般家庭に生まれた俺には違和感を感じる。


「なんか居心地悪いな」


「そうですね。私達これからどうなっちゃうんでしょうか?」


「いや、そっちのことじゃなくて……まあいいか」


 反射的に同意を求めてしまったが、ナニィはこう見えてお姫様なので聞く相手が間違えていたと悟る。
 居心地の悪さを一度棚上げして、ソファーへと腰を下ろした。


「随分と、いい部屋に寝泊まりしてるんだな」


「私は今回の響渡祭のVIPよ? 島で一番いい部屋に通されるのは当然でしょ?」


 やっぱりふかふかのソファーのせいで尻がかゆい。
 そのせいもあって口から出た悪意を込めた皮肉に、アリスは人の悪い笑みを浮かべながら軽口で返してくる。
 まったくVIPなのは連れの四葉であってお前じゃないだろうに……。


「さて、それじゃあ早速情報交換と行きましょうか? 断ればどうなるかはもちろん分かってるわよね?」


 アリスはそう言って黒いカードを手で弄びながらひらひらと見せびらかす。


 そのカードは候補者に一枚ずつ配布されているもので、この試練において重要な役割をもつ。
 ルールブック・達成すべき課題の通知・もっとも重要な要素は試練における参加資格の証明だろう。


 カードが破損すると試練脱落となり、候補者は元の世界に強制送還されてしまうらしい。


 そして今、アリスが手に持っているカードはアリスのものではなくナニィのカードなのだ。


 野外ステージでの戦闘の末、目潰し攻撃で身動きが取れない間にナニィが捕まり敗北した。
 アリスは俺達の反撃を封じるために、真っ先にナニィのカードを強奪して今に至る。
 妙な動きをすればあのカードは握りつぶされ、次の瞬間に隣で座っているナニィは資格なしとしてこの世界から元の世界へと送還されてしまう訳だ。


「あうう、私はどうすれば? ひどいことはしたくないけど、私が消えたらムクロさんがこのまま置き去りになっちゃう。私がヘマしたからなのに、そんなことできないですよお」


「おい、何しょげてんだよ。やばいこと要求されたら俺に構うことなんかねぇよ」


 大切なカードを奪われている事態に歯噛みするしかない。
 あのカードを取り返せない間、俺達はあの女の言いなりにならざるを得ないということだ。


「構うに決まってるじゃないですかぁあああ! ああ、もうバカバカ私のバカぁああ!!」


「叩くな叩くな。ただでさえ残念なオツムが更にひどくなるぞ?」


「何気にムクロさんのほうがひどいこと言ってますよね!?」


 混乱状態に陥ったナニィは自分の頭をポカポカ叩き始めるので、とりあえず止める。
 壊れた機械ならそれで治るのかもしれないが、残念ながら生身ではそうもいかない。


 まあ、こいつの頭が治ったからどうしたって話ではあるが……。


「それで? 何から話せばいいんだ?」


「あら? 随分と前向きなのね、そういう姿勢は嫌いじゃないわよ」


「グズグズしてても埒があきそうにないんでな」


 悲観的な状況だが、これからどうするかはとりあえず相手の言い分を決めてからでも遅くはないはず。


「そうねぇ。まずは自己紹介から始めようかしら?」


「自己紹介?」


 その意外と普通な切り出しに逆に困惑する。
 もっと過激な要求をされるものだと思っていた。
 それに自己紹介といえば昼に事務所で済ませていたはず。
 まあ、目の前の少女は正座させられてあまりしゃべっていなかったが。


「自己紹介ならお昼にもやったじゃないですか」


 俺が思ったことを、ナニィはそのまま口に出す。
 アリスの眉間がピクッと動いたのを見て俺はナニィの頭を思いっきり叩いた。


「あだっ!? な、なにするんですか!」


「このお馬鹿っ! お前なぁ……もうちょっと状況考えてしゃべれよ!」


 俺達は命綱のカードを向こうに握られている。
 つまりまな板の上の鯉という奴だ。
 こんな状態で相手の機嫌を損ねたら何されるか分かったもんじゃない。


「ふぅ……うっかりカード潰しそうになったけど、まあいいわ」


 アリスは毒を抜かれたのか、髪をくるくると弄りながら息を吐く。
 迂闊な一言でカードを握りつぶされそうになった事実にナニィは顔を青くした。


「私が言ってるのはね? あんな上面のものじゃなくて候補者としての自己紹介をしようってことよ。ほら、ちゃきちゃき話なさい? それともこのカードを裁断機に入れちゃおうかしら?」


「そ、そんなしょうもないことで本当にやらないですよね? ちょ、やめっ!? やめてぇええ機械のスイッチを押さないでぇえ!!」


 ぎゅいいいんと獲物を求めるシュレッダーがカードを飲み込まんとするのをナニィが慌てて止める。
 自分の立ち位置を理解したナニィはがっくりと肩を落とした。


「ぐすっ、分かりましたよぉ。私はワロテリアの候補者、第二王女のナニィ・ワロー・テールと言います」


「んで、お前達風に言うと……俺はこいつの現地の協力者ってことになるのかな?」


 病院で斬原が自分を協力者と言っていたので、多分候補者の間ではこういう呼び方をしているのだろう。
 俺達の言葉に納得したのかアリスは足組みして頷いた。


「そう、貴方の銀髪蒼眼ぎんぱつそうがん。やっぱりあんた……エミィの妹だったか」


「エミィお姉様を知ってるんですか!?」


「ええ、私が学院にいたころに……あんたんとこのワロテリア王立魔術学院とはちょっと交流があったんだけどその時に、ね」


 アリスは席を立って近寄ってくる。
 なんだろうと思っていると、アリスはカードを持ってない左手でナニィの頬を引っ張った。


「ほにゃへにゃほへら!?(な、なにするんですか!?)


「それにしてもあいつに似てるわね、銀髪の艶とか目元とか特に……エミィを小さくしてアホっぽくした感じかしら? まあ一部はあいつよりも大人みたいだけど……チッ」


 アリスがじとーっとナニィの胸元を凝視し、舌打ちする。


「なふぃらふぃ?(何で舌打ち?)


「う、うっさいわね、関係ないでしょ? わ、私だってまだまだこれから成長期よ!」


 勝手に憤慨してアリスは窓へと移動していく。
 民家の電気がキラキラ光る夜景を見ながら、アリスは口を開く。


「そろそろ……本題に入ろうかしら? あんた達はジャウィンに会ったのよね?」


 アリスの鏡越しに送られる視線を、俺はナニィへと流す。
 ジャウィンなる少女と直接あったのは俺じゃない。
 これはナニィから伝え聞いただけの俺の役目じゃない。


 これは直接相対したナニィの役目だと思った。


「はい、私が会いました。赤の道化衣装に身を包んだ女の子と……えっと本島の方の病院で」


 ナニィは背筋を伸ばしてアリスに応える。
 この少女は何を聞きたいのだろうか? 
 その気になればすぐにでも俺達を排除することさえできる権利さえ保留にして。


「教えてくれないかしら? あいつが何をしてるのか、何をしようとしてるのか……貴方が知ってるジャウィンの全部を」


 そう絞り出すように語るアリスの背中は、心なしかほんの少し寂しそうに見えた。



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