プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

33話 置き手紙

 カチカチとスマホの画面をタッチして文字を打ち込んでいく。チャット相手は今も本島で家業に勤しんでいるだろう小太郎だった。


骸:『いよ、そっちは今何してる?』


小太郎:『仕事だ。GWだからと良いようにコキ使われている……オレ、オワタ』


出来上がった文章を送信すると、間をおかずに返信がきた。


骸:『こっちは分島にいる。響渡祭楽しんでくるよ』


小太郎:『羨ましい、俺もGWでさえなければ行くのに』


骸:『有栖院四葉のライブも見てくるぜ』


小太郎:『……サイン求む』


 少しのラグを置いて帰ってきた返答に苦笑する。


「小太郎の奴、サインどころか直接話したなんて言ったら泣いて羨ましがるだろうな……」


 歯ぎしりして悔しがる光景が目に浮かぶようだ。後で自慢してやろうと心に決めて俺は了解とラインに打ち込むとスマホを机に置いて、敷かれた布団に転がった。 
 天井から吊りさがった灯りを見上げながら今日も大変だったと1日の記憶を思い返す。分島に行くため船に乗り、そこで助けようとした少女に痴漢呼ばわりされて警察のご厄介になり、解放されたかと思えば芸能事務所に通され、あの有栖院四葉と知り合うとはとても予想できるものではなかった。


「ナニィと出会ってから、1日がめちゃめちゃ短く感じるなぁ」


 星見ヶ原病院で斬原達とやりあってから数日しか経ってないのだと思うと少し信じられない。


「さて、これからどうしたもんか」


 布団の上で寝返りをうちながら、これからの行動に思案を馳せる。そもそも俺たちがここに来たのはジャウィンと名乗るプリンセスが、ナニィに招待状を叩きつけてきたからだ。この場所で問題が起こると予告し、渡された有栖院四葉のライブペアチケット。しかし何故ジャウィンはこれをナニィに渡したのだろうか?これがなければ、俺たちがここに来ることはなかった。問題を大きくさせたいのなら黙っていればよかっただけの話なのに。


「んー、まだなんとも言えないか」


 聞いた話じゃかなりふざけた奴らしいし、面白いからと愉快犯めいた犯行である可能性も決して否定できない。相手の思惑については一度保留する以外なさそうだった。


「ふぅー。良いお湯でした」


 そんなことを考えていると、浴衣姿のナニィが部屋に入ってきた。湯上りで肌が桜色に染まった少女からは色っぽさが漂ってきていて……。


「……お帰り、露天風呂はどうだった?」


「ふふっ、最っ高でしたっ!!」


 思わず見惚れそうになってしまったのを誤魔化す、年下の少女を変な目で見るのは流石にまずい。そんな俺の心情を知らずに、ナニィはご機嫌な笑みをたたえて初めての旅館を満喫しているようだった。


「えらいご機嫌だな。なんか良い事でもあったのか?」


「はいっ!露天風呂も気持ちよくて、なんか何もかも新鮮で……さっきロビーに置いてたマッサージチェアも使ってみたんですけど、すごいんですよ? 最近ひどかった肩凝りも大分良くなりました」


「へぇ、肩凝りが……」


 やっぱりその原因は今も浴衣を押し上げる二つの膨らみのせいなんだろうか?


「む? 今なんかやらしいこと考えませんでしたか?」


「考えてねえよ? それよりもこっち来な」


 何かセンサーのようなものに引っかかったのかナニィがジト目で見つめてくる。
 目を逸らしながらしれっとシラを切ると、ナニィを手招きする。


「何ですか?」


「いいからここ座れよ」


 訝しがりながらも、歩み寄る少女に布団の上に座るよう指示する。


「はい? まあ、いいですけど」


 すっと流れるように正座するナニィに、やっぱりお姫様なんだなと思う。普段は抜けたところが目立つのに、ふとした所作に品があるのだ。


「ムクロさん? これからどうすればいいんですか?」


「ん? ああ、そのまま後ろ向いてくれ」


「了解ですっと」


 ナニィは器用に身体を反転して、その後ろ姿を俺に晒す。長い白銀の髪がサラサラと流れて隠されたうなじが見え隠れする。俺は無言のまま手を伸ばし、少女の両肩をつかんだ。


「ひゃい!? ムクロさん? 一体何を?」


 いきなりの行動に驚きの声をあげるナニィを無視して肩を揉みしだく。


「ふ、わぁ……ムクロさん、これって」


「ふっふっふー、お客さん凝ってるねえ」


 気持ち良さげに身を捩るナニィの反応を楽しみながら、マッサージを繰り返す。固まった肉をほぐすようにこねくり回す。


「あっ、ダメっ……そこは、ダメですっ……」


「ん? なにが駄目なんだ?言ってみ?」


「だ、だってぇ、そこ……気持ちぃから」


「ほほぅ? ここがいいのか?」


「は、いっ……いいですっ……あの機械よりも凄くて……ん、もっとして……下さい」


 おねだりするナニィに気を良くして、マッサージをすること数十分。


「いかん、調子に乗り過ぎた」


 俺が正気に戻ったのはナニィが全身脱力して布団に横たわってからだった。
 マッサージの際に、着ていた浴衣が乱れてかなりきわどいことになっている。


「うぅ、あんな気持ちよくなっちゃうなんて……ちゃんと責任取ってくれるんですか?」


 言い方が卑猥にしか聞こえない。ナニィは潤んだ瞳でぼんやりとこちらを見上げてくる。


「責任ってナニさせる気だよ」


「決まってるじゃないですか。これから、毎晩私のこと気持ちよくさせるんです」


「いや、毎晩はきついだろ」


 ていうかこれマッサージの話だよな?


「だってもうムクロさんじゃないと満足出来ない身体にされちゃったんですよ? それともムクロさんは私とするのは嫌なんですか?」


「……まあ、気が向いたらな」


 そこまで気持ちよくなってくれたというならこっちも悪い気はしないか。


「やったぁ! 楽しみにしてますね!」


 無垢な喜びを見せるナニィを見て、たまにはしてやってもいいかなと思った。


「さて、俺もそろそろ風呂入ってくるわ」


「あ、お風呂まだだったんですね」


「荷物を置いたまま行くのはまずいと思ってな。そんなわけで荷物見ててくれよ?」


 持ってきた荷物の番をナニィに任せ、部屋を出るためて扉を開けた。


「ん?」


 パサリと一枚の便箋が床に落ちる。なんだろうと思って拾い上げて見ると、その便箋には綺麗な文字が規則正しく綴られていた。念のため廊下を確認するが、そこには誰もいない。


「あれ? ムクロさんまだいたんですか?」


 俺が未だ部屋に留まっていることを不審に思ったのかナニィが歩み寄ってくる。


「なんですかそれ?」


「手紙みたいだな」


 覗き込んでくるナニィと共に便箋の文字を読み進めていく。
 そこにはこう書かれていた。


『20時に野外ライブ会場で待つ。二人で来られたし』


 時間と場所、待っているというだけで要件はなし。
 そして肝心の差出人は右下に味気なく綴られていた。












Alice



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