プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

25話 招待状

 時間を少し巻き戻して私は病院の通路にて十数mを挟んで道化の少女と対峙していた。走って距離を詰めればおよそ5秒程度で詰められる距離。周囲に気を失ったナースさんが死屍累々と積まれる中、私はついにジャウィンの手駒をすべて削り切った。


(絶対あのニヤニヤ顔をぶん殴ってやります)


 知らずの内に力をその右手に込め、それに連動するように魔力が掌で弾けた。しかしここまでジャウィンは高みの見物を決め込んで未だその実力をベールに隠して奥が知れない。


「おめでとう! 君は合格だ、ナニィ・ワローテール」


 ここから彼女がどう出るか、そう身構える私に対してパチパチパチと惜しみない拍手を送るジャウィンの姿があった。その唐突な申し出に困惑を隠せない。


「だーかーらー、合格だって言ってるじゃん。通っていいよ? 今度は本当に、ね」


 ジャウィンはスッと移動して階段への道を明け渡した。


「納得できる理由が欲しいって言うならそうだね。ここで戦ってあげるには僕にとっても都合が良くはないって話だよ」


「逃げるんですか?」


 そう問いかけた時に一瞬、ほんの一瞬だけ本気の殺意がジャウィンから発せられた。粘ついてどろどろ溶けたようなそれに吞み込まれる。


「っ!?」


 ぞわりと撫でた背中の悪寒に、気づけば片膝をついて息を乱されていた。


(なんて濃密な魔力ですか……)


 手駒を倒しきってやっと対等? なんて思い上がりだったんだろう? 身体が震えてカタカタと歯がうまく嚙み合わない。そんな私を見て溜飲が下がったのか、ジャウィンは魔力を抑える。その脅威が遠ざかり、威圧感から解放されて思わずほっとしてしまう自分が情けなかった。


「ああ、逃げるとも。僕は自分が有利な立場でしか戦う気はないからね。それに、ここで逃げても君は僕を追って来れない、君には助けにいかなければいけないお友達がいるんだろ? まさかお友達を見捨てて僕を追ってくるなんてことは君にはできないよね?」


 ジャウィンの見透かしたしゃべりに下唇を噛むが、彼女の言う通りこれ以上足止めを喰らっている余裕がないのも事実だった。それに……追っても恐らく勝てない。


「そうだ。この窮地を見事乗り切った君に招待状をあげよう」


 懐から取り出した一枚の紙切れを指で弾いて飛ばしてくる。ヒラヒラと舞うその紙をつかみ取ると、それに有栖院四葉ライブペアチケットと印字されていた。


「これは……なんですか?」


「その日、その場所で問題が起きる。大勢の人が傷つき、悲しむことになるだろうねぇ。まあ君が来るかどうかは任せるよ。もし無辜むこの民草が犠牲になろうとそれは君のせいじゃない、悪いのは問題を起こした奴だからね。もちろん無関係なこっちの世界の住人がどれだけ酷い目に会おうが、僕らには関係ないわけだよ」


 それは先程、試練に一般人を巻き込むなと言い放った自分に対する当てつけか、ジャウィンは軽薄な笑みで語った。


「ああ、そうそう一つだけお願いをしておこうかな? いいように躍らせて使い潰した僕が言うのもなんだけど、操られてた人の命だけは勘弁してあげてくれると嬉しいかな」


 ジャウィンはそう言って周囲に倒れ込んでいるナース達を指差した。


「そんなの、貴方に言われるまでもありませんよ」


「ふふっ、君は本当に優しい奴だね。でも、僕から言わせてもらえばそれは甘さだよ? 断言してもいい、この女王選抜試練プリンセスセレクションを勝ち抜きたいのならそんな感情はさっさと捨てるべきだ」


 ジャウィンはそう言い残して踵を返す。


「じゃあ僕はここら辺で退散させてもらおうかな。あでゅー、次に会う時を楽しみにしているよ……ナニィ・ワロー・テール」


 闇に溶ける様に少女の姿が視界から消えた。だが、それを詮索する暇は自分にはない。


「どの口で逃げるなんて言うのか、嫌になりますねほんと」


 露骨に見逃された。与えられた屈辱になけなしのプライドが悲鳴をあげる。しかしずっとこうしている訳にもいかない。


「早くっ、行かないと!」


 未だ痺れが取れ切っていない身体を懸命に動かして、廊下を駆け抜けた。






☆  ☆  ☆  ☆  ☆






「ふぅん、そんなことがねぇ」


 事件のあらましをナニィから聞きながらジャウィンなる少女から渡されたというチケットを見ていた。事件が終わった後、警察に通報して斬原以下病院のナースさん達は事情聴取と治療も兼ねて連れていかれた。


「私は、なんでこんなことを……ごめんなさい本当にごめんなさい」


「いいからとっとと車に乗れ、話は署で聞かせてもらう!」


 あの後、ナニィの魔法でジャウィンに関する記憶を忘却した斬原だったが、自分のやったことに関する記憶は残っているようで、ぶつぶつと謝罪の言葉を呟きながら車に乗る斬原がよく印象に残っている。事件に巻き込まれた被害者ということで俺達もまた警察で事情聴取され、解放されて翌日に病院へと様子を見に来てみればKEEP OUTのカットテープが張り巡らされていた。時折、通行人が興味深そうにチラチラと病院を伺いながらも通り過ぎていく。


「そう考えると斬原も被害者だったのかね?」


 自分がしでかしたこととはいえ、魔法による影響もあったのだと思うと少し不憫のような気がしなくもないが擁護なんて出来るはずもない。しかし俺の呟きに対してナニィはふるふると首を横に振った。


「ジャウィンは言ってました。彼女の魔法は本人が心からしたくないと考えている行動は強制できないって、だから魔法に唆されたとはいえ人を斬ったのはあくまでも斬原さんという方の意志です……死人は出なかったかもしれないけど、自業自得だと思います」


 それに、全部ジャウィンの魔法の影響によるものなら他のナースさんみたいに私の魔法で何も覚えてないはずですからねとナニィは付け加える。確かに、ナニィを襲ったというナースさん達は昨夜の記憶がほとんどないらしく。何故床に倒れているのか分からないと全員が供述している。警察はガスによる昏睡などの危険性も考慮して、病院を閉鎖して順次入院している患者を他の病院へと移送するそうだ。


「それにしてもこのペアチケット……有栖院四葉のライブのじゃねえか。よく取れたなこんなの」


 緩やかなウェーブがかかった蜂蜜色のロングヘアー、黄色をベースにした華やかな衣装に身を包み、アクセントに四つ葉のクローバーが添えられた少女が、元気よく歌うエネルギッシュな姿がチケットには描かれていた。そこには日付と席順の指定も入っている。
 おまけにGW最終日の一番人気のチケットとは……転売すればいくらになることやらと心の中で電卓が弾かれる音が聞こえた。


「ムクロさんはその人のことを知ってるんですか?」


「この星見ヶ原で有栖院四葉を知らない奴はいねえよ。ユニットを組んで売り出されるアイドルが多い中で、デビュー曲『幸せクローバー』を皮切りにヒット曲を連発してソロでトップアイドルにまで上り詰めた新進気鋭の若手アイドルなんだが、こいつが星見ヶ原の出身でな」


 確か中学生だったと聞いたような記憶があるが、まあそこは置いておいて……。


「何故かツアーに行かずにライブは本当に近場でしかやらないんだ。おかげで星見ヶ原付近の観光旅行者の数はわずか数年でうなぎ上り。多大な経済貢献したことで市から表彰もされてたはずだ」


「ムクロさん、随分とその人に詳しいんですね」


「小太郎がなあ、あいつアニオタのドルオタという不治の病を患ってるから……耳にタコができるほどその手の話を聞かされたし、何度かライブにも連行されたんだよ」


 本人は服屋の跡継ぎとして衣装の参考にしていると言って譲らないがな。


「今度、そこで何か事件が起こるとジャウィンが言っていました」


「露骨に罠だな。それでお前はどうするんだ?」


「私は、行こうと思います。これ以上こちらの世界の人に迷惑をかけるわけにはいきませんから」


「そうか、じゃあ決まりだな。俺もついてく」


「だ、駄目ですよ!? ただでさえムクロさんにはご迷惑をかけっぱなしなのに危険だと分かっている場所に連れて行くなんて」


「ほう? お前はライブの場所が分かるのか? そこまで行くための交通費はどうするつもりなんだ? いくら近いといっても歩いて行ける場所じゃないぞ」


「うっ、それは」


 それに開かれる会場はちょっと特殊な場所だしな。俺の指摘にナニィは言い返すことができずに口をつぐむばかりだった。


「だからついてってやるよ。それに俺からしても他人事じゃないしな」


 宝珠を飲み込んだことによる影響だと思われる傷の異常治癒に関してはナニィに伝えてある。ここでナニィを送り出して返り討ちにでもあえば俺はこの状態のままで生きていく必要が出てくる。流石にこんな得体の知れない身体でこれからの人生を過ごしたくはない。


「ふぅ、分かりましたよ。でも、私から絶対離れないでくださいね。私のいないとこで無茶するのも禁止ですからね?」


「抜かせ、お前の方こそ迷子になっていなくなるんじゃねえぞ」


 後で探すの大変なんだからなと、お互いが好きなように言い合った。あんなことがあってこうして無事に終わって良かったと思う。結局こちらをいいように玩具にしてくれたジャウィンとかいう女を一発ぶん殴れなかったのだけが心残りだが、これから女王選抜試練プリンセスセレクションを戦っていくうえでお礼参りする機会も訪れるだろう。


「神無さん、ナニィさん」


 そうしている俺達の前に病院から出てきたしぐれさん達親子がやってきた。


「しぐれさん、マルも元気そうだな」


 俺が話しかけると何故か、マルは顔を赤く染めてしぐれさんの後ろに隠れてしまう。一体どうしたんだろうかと疑問に思う俺を他所に、しぐれさんは何かを悟ったようにあらあらと笑っていた。


「この度はうちの子が大変なご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」


「頭なんて下げないで下さい。しぐれさんもマルちゃんも何も悪くないんですから」


 しぐれさんに対してわたわたと手を振るナニィに頷く。


「しぐれさん達は元の町にもどるんですか?」


「ええ、マルを預けておく祖母の家がこちらにあったからここの病院に来たんですけど」


 しばらく営業停止となった病院を見ながらそう呟く。しぐれさん達親子は帰郷という選択肢を選んだのだ。


「ほら、マル。お二人に別れのご挨拶は?」


 先ほどかららしくもなく後ろに隠れていたマルを前面に押し出した。


「お姉ちゃん、また僕と遊んでくれる?」


「もちろんです。また一緒にかくれんぼしましょう?」


 マルとナニィは指切りを交わして約束を交わす。


「お兄ちゃん!」


「おう」


 次いで、声を大きくして俺を見つめてくる。何かを決心するようにすぅと息を吸い込んだ。


「僕が大きくなったら絶対お兄ちゃんのお嫁さんになるから。僕が立派なレディーになるまで待っててね!」


「おう?」


 一際大きな声でそう告げると照れたように顔を逸らす。


「ほらお母さん、早く行こ?」


「はいはい、全くこの子は」


 マルはしぐれさんの手を取って、走り去る。マル達が歩く先には、トラックが駐車されていて大柄な男性が手を振っていた。あの屈強そうな男がマルの父親だろうか。マル達がトラックに乗り込むのを待って走り出した。


「お兄ちゃん! お姉ちゃん! またねー!!」


 トラックの窓からマルは手を振って別れを告げる、俺達もまた手を振り返すが、危ないからやめなさいという声が聞こえてきてマルはすぐにトラックの中へと姿を消した。


「あはは、良かったですね。未来のお嫁さん候補ができて」


 うりうりと肘で突きながらナニィが茶化してくる。


「なあ、ナニィ? 一つ聞いてもいいか?」


 やがてトラックが完全に姿を消してから俺は疑問を口にした。


「マルって女の子だったの?」


「何で今更そんなこと聞くんですか? 名前が円子まるこですよ? 男の子な訳無いじゃないですか?」


 ナニィは確かにマルちゃんはボーイッシュな外見ですけどもと憤慨する。


「なんでだよ!? もしかしたら丸尾かもしれねえじゃねえかよ」


 マルという愛称だけで性別が分かるかよと荒げた声が青空へと溶けて消えた。



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