プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

23話 乱入

 カキンと金属音が部屋に鳴り響いて木霊する。斬原が刀を振り降ろす際に、俺は両足で地面を蹴って後ろに飛んだ。もちろん椅子に縛り付けられた状態でそんなことをしても地面に倒れる椅子に引っ張られて甲羅をひっくり返された亀のようになるだけだが、今回はそれでいい。椅子と共に倒れて宙に浮いた足を広げ、両足を結ぶ鎖で斬撃を受け止める。抵抗は一瞬で、金属製の鎖はその鋭い一刀により断ち切られた。


「なっ!?」


 その予定外の行動に斬原は目を見開くがもう遅い。自由になった足で床を踏みしめて、逃走する。流石に後ろ手に縛られた腕まではどうにもならないが、椅子を担ぐようにすればかろうじて動けないほどではない。


「鉄をもバターのように斬るって触れ込みは本当らしいな?」


 散々自慢していた愛刀の切れ味に足元を救われ、怒りと屈辱に濡れる斬原を嘲笑う。


「そんな状態で逃げれるとでも思っているのなら浅はかとしか言えないわね」


 その挑発に心惑わされて頭に血が上った斬原は、再度斬撃を浴びせようと詰め寄ってくる。近づいてくる脅威に、しかし俺は笑みを浮かべた。


「はんっ、浅はかなのはどっちだ?」


「なんですって?」


「逃げられないなら――――回ればいいって話だよおおおお!!」


 腰に椅子を背負った状態でその場で回転する。ぐるぐると高まる遠心力を武器に、椅子の脚を斬原の顎目掛けてぶん回す。


「ちょっ!?」


 その反撃に、斬原はうめき声をあげるがいかんせんリーチが短すぎた。斬原の手先にぶつかり、手から零れた刀がするすると床を滑って転がっていく。獲物を取り上げたのだから勝利といきたいが、生憎と椅子を背負った満足に動けない状態ではどうあがいても斬原が刀を拾い上げる方が早い。奇襲は失敗に終わった。その事実に思わず舌打ちが出る、この思うように身動きができない状況で、ここで仕留められなかったのは痛すぎる。


「無様ね、恥ずかしいと思わないの?」


「……生憎と、ダサかろうがなんだろうが黙ってやられてやるようなスマートな生き方はしてないんでな」


 さて、ここからどうするか。さっきみたいに不意打ちが通じるとも思えないが、正直椅子を背負ったままで勝てる気がしない。というか碌に動けねえし……。
 思わずたらりと冷や汗が流れるのを感じた。


「それはそれは素敵なことね。でも、抵抗されると面倒だからやめて欲しいわ」


「抵抗されるようなことするのが悪いだろ」


 別に抵抗したくてしてるわけじゃないが、刃物で切りかかってきて動かずにいたら斬られて死ぬだろうが、いや今の俺は死なないらしいが積極的に試す気にはならない。少なくとも痛みを感じない訳じゃねえみたいだしな。
 俺の呟きにふんと斬原は鼻を鳴らした。


「……全く腹立たしいことこの上ないわ。でも、刃物で切り付けても治っちゃうのよね。今度は睡眠薬じゃなくて麻酔でも打ち込んでやろうかしら?」


 じりじりと刀を拾うために移動する斬原を見て、思案する。
 かくなる上はこの状態でタックルをぶちかますしかないか?でもこんなよろよろしながら突っ込んでも絶対避けられるだろ、どうするんだ俺?
 万事休すかと思われたその時、斬原の背後にある扉がゆっくりと開くのが見えた。


(なんだ? 誰か来たのか?)


 もしかしたら、斬原の協力者である候補者プリンセスかもしれない。ただでさえ追い詰められてるのに敵の増援とか勘弁してくれ……天に祈る俺の嘆願を聞き入れたのか、部屋に入ってくる人物は俺が知っている人物だった。
 短く切り揃えた茶髪に、やんちゃそうな顔立ち、じぃーっと虚空を見つめる様子はどこかおかしかった。


(マル? お前がなんでここに?)


 驚愕と共に焦る。こんな危険なところにマルを近づけさせる訳にはいかない。
 幸い、俺を逃がさないために扉を背にする斬原からは死角になっていて部屋に新たな侵入者がいることに気づいた様子はない。


(馬鹿っ! こっちくんな、とっとと逃げろ)


 アイコンタクトを送って、引き返すように告げる。ついでに警察に通報するなりしてくれれば御の字だ。マルは俺の視線に気づいて、何故だろうか? マルが浮かべるには似つかわしくない気色悪い笑みを浮かべた。


(……なんだ? あいつは本当にマルなのか?)


 ここで俺はマルの瞳に、憎しみにも似た怒気を孕んでいることに気づいた。
 小さな右手には銀色に輝くメスを握りしめ、ふらふらとした足取りで忍び寄ってくる。
 その姿は遠目にも正気とは思えなかった。


「見つけた……お母さんの仇っ!!」


「えっ!? 何で貴方がここにッ!?」


 一気に背後から駆け寄ってきた影、マルの突進に対して不意を打たれ、刀を失った斬原には防ぐ手立てはなかった。懐へ潜り込んできたマルを辛うじて腕で防ぐ。


「あがっ!?」


 しかしマルの持っていたメスが深く突き刺さり、鮮血が噴き出す。


「ひぃっ!? 痛い、痛い! 血が、ああぁああああっっ!?」


 痛みから子供のように暴れ回る斬原に、体格差で劣るマルは簡単に弾き飛ばされた。ごろごろと転がって顔を埃まみれにしたマルは顔をごしごしと拭って、冷ややかに絶叫あげてのたうち回る斬原を見下す。


「お前がお母さんにやったことに比べればっ!!」


 怒声を上げながら追撃に出るマル。斬原は自身が負った傷でそれどころではない、このまま見過ごせば銀のメスは容易く斬原の命を絶つ。


「マルっ! 馬鹿よせ」


 考えるまでもなく身体が動いていた。俺はぎこちない動きでマルと斬原の間に、どうにか身体を滑りこませると、勢いよくぶつかってきたマルを受け止めていた。
 ドンッと肉と肉がぶつかり合う音が、部屋に虚しく響いた。



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