プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

12話 ナンバー5の偉大性

「違うんです。こんなはずじゃあなかったんです」


 ぼそぼそと独り言を呟き、すっかり意気消沈していた。
 結論から言うと、ナニィはほとんど何も出来なかった。
 掃除、洗濯、料理と壊滅だ。草木の1つも残らなかった。
 ゴジラが街を壊滅させても、がれきくらいは残っただろうに。


「分かった、もう分かったから冷めない内に食っちまえ」


 俺が取り分けた皿を差し出すと、涙ぐみながら、持っていたフォークでキャベツを突き刺して口へ運ぶ。


「おいしいです。この野菜炒め、しょっぱいのは私の涙が入ってるからなんですかね?」


「いや、塩胡椒の味だから」


 キャベツと豚肉に、カサ増しのもやしを入れて炒めた料理はやや味が濃かった。
 うむむ、調味料の量を誤ったかもしれない。もやし入れると味が薄くなるから多めに入れたのが仇になったか?
 簡単に炒めただけの野菜炒めに感想を抱きながら、ナニィの手際を思い出す。
 それにしてもここまで酷いと思わなかった。お姫様らしいから多少の不手際は笑って流すつもりだったのに予想の斜め上を行った。
 皿洗いぐらいはやってもらうつもりだったのに、任せれば確実に食器を叩き割るであろうことが、容易に想像がつく。


「すみませんね。私ってばほんと何やってもダメで、もう死んだ方がいいですかね?」


 来世は誰にも迷惑かからないミジンコに生まれ変わりたいなーと口から魂が出かかってる少女を見て不憫な気持ちになってきた。


「安心しろ、諦めるにはまだ早いぜ? 我が胸中に秘策ありだ」


「ひ、秘策ですか。それは何か胸躍る響きですね」


 ゴクリと息を飲むナニィに、俺は無言でスポンジと洗剤を手渡した。


「スゴイ! スゴイですよ! ムクロさん、これでもう何も怖くないです!」


 数刻後、楽しそうに浴槽を磨き上げるジャージ姿のナニィがいた。


「ああ……綺麗に磨いてやってくれ」


「任せてください、この程度……私にかかればお茶のこさいさいです!」


 やたら古い言い回しをしながら鼻歌交じりに手を動かす。
 妥協して風呂掃除だけやってもらうことにした。
 スポンジで磨くだけの単純作業なので、今のところ問題なくやっている。


「よし、後はシャワーで流すだけだ」


「確かこれをもって……蛇口を捻って」


 ホースを持って、蛇口に手をかけたが、ホースがナニィ自身に向けられた状態で蛇口を捻ろうとしている。


「おい、ちょっとまて!」


 慌てて手を伸ばすが、ナニィが蛇口を捻る方が圧倒的に早い。きゅっと渇いた音と共に解放された水が、ホースを通って噴出する。
 勢いよく吹き出した水が、ナニィに降りかかった。


「うにゃあああ!?」


 叫び声をあげながら狂乱したナニィは、暴れた際に床に落とした石鹸を踏みつけて転倒する。
 びちゃーんと盛大に水を跳ねさせながら倒れ伏した。


「……どんまい」


 びしょ濡れになったナニィを慰めたが、その効果はいかほどだったのだろうか?
 少女は転がったまま、わあと、泣き始めるのだった。




☆  ☆  ☆  ☆  ☆  




 濡れてしまったナニィに先に風呂に入ってもらい、残り湯をいただいた俺はバスタオルで濡れた髪の毛を拭きながら部屋に戻る。
 風呂に投入した入浴剤が発するヒノキの香りがするようでいい気分だ。


「……ナニィ?」


 風呂上がると、ナニィの姿はどこにもなかった。
 どこにいったのかと思えば、外から流れる風がカーテンを揺らしている。
 俺が風呂に入っている間に窓から外に出たのだろうか?
 カーテンを開いて、少しボロくなった感のあるベランダに出ると、雲一つない夜空、金色の月と星々を背景に、屋根の上で黄昏るナニィが居た。
 ジャージをズブ濡れにしてしまったために、最初に着ていた純白のドレスに青い髪飾りをつけている。
 屋上に佇むナニィの姿は、暗闇に浮かぶ一点の光のような存在感があった。
 窓から顔を出した俺に気づいたナニィは、こちらに手を振っている。


「ここにいたのか? 湯冷めするぞ」


 俺は屋根をよじ登ると、ナニィの横に腰を下ろした。
 もう5月ではあるが、やはりまだまだ夜は冷える。


「すみません、星が綺麗だったから。ムクロさんもご一緒しませんか?」


「それは構わないが……落ちたら危ないから気をつけろよ?」


「そんなこと言いつつ、ムクロさんだって登ってきてるじゃないですか」


「バーカ、俺はいいんだよ子供の頃なんてしょっちゅう高いところに登ってたんだからな」


 馬鹿となんとかは高いところが好きって小太郎によくからかわれたっけ?まあ、あいつ高いところ無理だったから半分くらい妬み入ってるだろうけど。


「こっちの世界でも星は綺麗ですよね。知っている星座とかは流石に違うんですけど」


「星が好きなのか?」


「そうですね〜私、友達もいなかったし、城でも肩身が狭かったし、庭園から星を見上げることが多かったんですよね」


「お前にも、女の子っぽい趣味とかあったんだな」


「失敬です。まるで私が女子力皆無みたいじゃないですか!?」


「ほほう、じゃあ自分には女子力があると神に、いやお前が無惨にも黒焦げにした哀れな目玉焼きに言えるのか?」


 ナニィは俺の追及に対してさっと目を逸らした。


「ま、まあ失敗は誰にでもありますよね? うん、しょーがないしょーがない」


「ああ、次に活かせばいいだけだ」


 俺はごく普通にそう言ったが、そんな俺の態度にナニィは不思議そうな顔をしていた。


「ムクロさんは、私のこと馬鹿にしたりしないんですね」


「そうか? 割とこの1日の間にポコスカ殴ったような気がするんだが」


 何回殴ったかはよく覚えてない。だってこいつ、ちょっと目を離したらいらんことしてるんだもの。


「痛いからそれも止めては欲しいんですけどね、でもそれとは別にムクロさんって出来ないことを怒ったり、殴ったりはしても、嘲笑ったり見捨てたりはしなかったなって」


「お前は少なくともやろうとはした、上手くいかなかっただけでな。勘違いして欲しくないんだが俺はそもそも初めからやる気がないとか、自分が出来ないのを棚上げして非難する奴とかそういうのは普通に馬鹿にしたりするぞ?」


 別に、聖人君子になりたいわけじゃないしな。
 そんな俺の返事を受けて、ナニィは星屑の海を再び見上げた。
 憂いを帯びたその横顔は、昼間の明るくも、幼い振る舞いが目立つ少女とは、どこか別人な印象を受ける。


『エミィ様と比べて、お前は本当に駄目だな。ワロテリアの面汚しめ……』


 不意に、ナニィはどこか遠い目をしてそう呟いた。


「ムクロさんにはお話しましたよね? 私には、比べものにならないほど優秀な姉がいるって」


「ああ、お前がことあるごとに姉様がいれば姉様がいればって言ってたからな。確か名前はエミィだったか?」


 横で聞いてた俺から言わせてもらえば、全てを解決してくれる魔法の呪文じゃあないかと思ったぐらいだ。


「はい、私は子供の頃からずっとエミィ姉様と比べられて生きてきました。
 剣術も体術も魔術。ううん、それだけじゃない。ありとあらゆる習い事、日々の習慣に至るまで私の目にはエミィ姉様の幻影が常に立ち塞がって、そして何一つ叶わなかった。
 妹の私が言うのもあれなんですけど、エミィ姉様は本当に凄い人なんです。
 神様って不公平なんだなって、心のどこかで諦めてしまうぐらいに」


「天才ってやつか、俺は一人っ子だから想像するしかないが、やっぱり比較とかされると落ち込むもんなのか?」


「そう、ですね。辛いというよりも怖かったんだと思います。何かをしようとする度にお前はエミィじゃない、ただの出来損ないだって言われている気がして、手が震えるんです」


「……お前は恨んでいるのか? 姉さえいなければと」


 俺の呟きに、ナニィは目尻を上げて睨みつけてくる。それは平時のおっとりとした少女とは別人ではないかと思うぐらい、迫力に満ちていた。


「恨む? 私がエミィ姉様を? 馬鹿にしないで下さい! そもそも私を軽蔑の眼差しや、耳を塞ぎたくなるような罵声から守ってくれたのは、他でもないエミィ姉様だったんですよ? 私の妹に手を出す奴は許さないって言ってくれて……だからみんなに陰口は叩かれても、直接的な被害は受けずに済んだんです。尊敬はしても恨みなんてこれっぽっちもありません!」


 語気を荒げて、反論するナニィの姿には、心からの姉に対する敬意と感謝が伝わってきた。


「そうか、お前でも怒ったりするんだな。俺が悪かった、発言を撤回するよ。ごめんな?」


 その真剣な態度に、俺も頭を下げる。良く言えば優しく、悪く言えば弱々しくも見える少女だが、決して芯がない人物ではないのだと分かった。


「……それに、もしもエミィ姉様がいなかったのだとしても、今度は妹のネミィと比べられるだけだったと思いますから、結局は何も変わらないです」


 俺がすぐに謝罪したために、ナニィは毒気を抜かれたようだ。
 バツが悪そうにそう言い繕うと、膝を抱えて体育座りになる。


「……私、何で生まれてきちゃったんだろう?」


 だからだろうか? 誰かのために、真剣に怒れる少女の口から、ポツリと溢れ出た言葉に心底腹が立ったのは。


「チョォオオオオップ!!」


「あだっ!? ちょ、いきなり何するんですか!!」


 俺は少女の白髪目掛けて手刀を入れる。ナニィは頭を抱えながら涙目で抗議する。


「お前が馬鹿なこと言うからだろ、なんだよ生まれない方が良かったとか」


「だってそうじゃないですかぁ……私なんて生まれない方が良かった……。エミィ姉様とネミィちゃんが居ればワロテリアは安泰、私がいなくたって誰も困らない。ううん、ワロテリアの面汚しがいなくなったって、みんな清々するはずです!」


 イヤイヤと頭を振る少女の肩を掴んで向き合う。
 ナニィは目を真っ赤に腫らして、泣きじゃくっていた。


「ナニィ、お前は馬鹿だ。世紀の大馬鹿野郎だよ、バーカバーカ」


「馬鹿馬鹿って、もう! ムクロさんに、私の何が分かるって言うんですか!?」


「分からねえよ! 分かる訳ないだろ? 会ってまだ一日しか経ってないんだ、分からねえことだらけだよ。それとも何か? お前の人生は一日かそこらで語りつくせてしまえるぐらい薄っぺらかったのかよ?」


「じゃあ、馬鹿だなんて言わないで下さいよ……知った風な口、聞かないで下さいよ」


「やだね。お前は馬鹿だ、撤回しねえ」


 これだけは撤回するつもりはない。だってそうだろう? ナニィと過ごしてきた一日を振り返れば自明じゃないか。


「だってよ、今日一緒に過ごしてみてお前が悪い奴じゃないってことだけは分かったんだよ。
短い間だったかもしれねえけど、小太郎と服選んだり、マルと一緒に遊んだりした時も、さっきだって自分の姉貴のために、怒鳴り散らしたのもそうだ。
 お前がいなくなったって知ったら、小太郎は眉をひそめるだろう。マルはきっとひどく落ち込む、せっかくできたお姉ちゃんがいなくなるってな。会ったことはないが、お前の姉貴と妹は、姉妹がいなくなって何とも思わないような奴らなのか? 話を聞いた限りじゃ、とてもそんな奴らだとは思えねえが」


「それは、でも」


 なおも言いよどむナニィの口に指をあてて塞いだ。
 これ以上、少女の口から卑屈な言葉を吐き出させるわけにはいかない。


「それに、あれだ。俺が嫌だわ、ナニィが居なくなっちまうのは……。俺に、小太郎に、マル……そんでもってお前の姉と妹で5人。どうだすごいだろ?5人もいるんだぜ? 5ってのはな、数字の中でも一番偉大な数字なんだ。なんでか知ってるか?」


「え? 1とかのほうがすごいと思うし、7とかのほうが縁起いいと思いますけど?」


「確かに1は、ナンバーワンだからな。何よりもすごい数字だ、同じように7もラッキーセブンだしな。すごい縁起のいい数字だ。それは間違いねえよ。じゃあ5ってのは何ができる数字だと思う?」


「……分からないです、そんな中途半端な数字がなんだって言うんですか?」


 俺は答えを告げる様に手を開いて見せた。
 その右手を見ても答えには辿り着けないのか、少女は困惑しているようだった。


「いいか? 5を指で数えるとな、手が開けるんだ。5は誰かと手を繋げる数字なんだよ、どうだ? すげえだろ! 俺たちはずっと前から、これからも、ずっと先も、誰かと手を繋いで生きていく。だから5はどんな数字よりも偉大なんだ」


 俺が手を開いたままの右手を、ナニィに差し出すと、恐る恐るナニィもまた俺の右手に手を添えた。
 女の子特有の小さくて、可愛らしく柔らかい掌から伝わる体温が、心をも満たしてくれるような気がする。


「手を、繋ぐ数字ですか。確かに、そう言われると素敵な数字に思えてきました」


「ナニィ、お前の姉貴がすごい奴なのは良くわかった。お前の周りにいた連中が、無責任に、自分のことは棚上げにして、心無い言葉をお前に突き付けてきたのも分かった。でも、俺はまだお前から聞いてないことがある。お前が、何をしたいのかを俺はまだ聞いてない。だから教えてくれないか? お前はこれからどうしたい?」


「私が、何をしたいのか……ですか? 考えたことありませんでした。ずっとワロテリアの姫として、エミィ姉様理想の背中を追いかけてきたから」


「じゃあ今から考えて見ろよ、ここはワロテリアじゃないし、今は姉貴もいないだろ?」


 ここには何のしがらみもない、俺の目の前に居るのはドジを踏んでは、落ち込む普通の女の子なんだから。ナニィは瞼を伏せて、瞑目すると……やがてその小さな口を開いた。


「そうですねぇ、願いといっていいのか分からないんですけど、強いて言うなら、一度だけ……心の底から笑ってみたいかな? 周囲に合わせるためじゃなく、失敗を取り繕うためじゃなく、自分を偽る必要のない笑顔を、心から笑うことができたならきっと楽しいって、そう思うんです」


「じゃあ、それでいこうぜ。笑ってみたい、いいじゃねえか、立派な欲だ」


「でも、どうすれば心から笑ったってことになるんですか?笑顔になるって簡単に言うけど、それってどういうことなんだろう?」


「そう言われると、難しい気がするな。友達と遊んだときとか?」


 口に出してみるがどうもしっくりこない。それはナニィも同じだったようで首を傾げていた。


「じゃあ例えばムクロさんは、どんな時に笑いますか?」


「俺か? そうだなあ、やっぱ面白いことを探してる時かな? 最近だと、ナニィが魔法見せてくれるって言ったときはドキドキしっぱなしだった」


「はぇ!? それって私がムクロさんの手を握ってた時のことですか!?」


「おう、あれはめちゃくちゃドキドキしたな」


 魔法なんて見るの生まれて初めてだったしな。そりゃ健全な男子高校生はドキドキするさ。


「そ、そうですか参考にしてみます……いい機会だし、ちょっと考えてみます」


「どうした? 何か顔赤くないか?」


「……別に、気のせいじゃないですか?」


 俺が顔を覗き込もうとすると慌てたように逸らす。
 嫌がることをするのもあれだったので、ぼんやりと街並みを見渡した。


「そっか、いつか答えが分かったら、俺にも教えてくれよ?」


「はい、その時が来たらちゃんと責任……とってもらいますからね?」


 それから寒くなって部屋に戻って寝る間までずっと、ナニィは月を見上げたまま、何故か俺の方を向いてくれなかった。



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