プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

6話 斎藤服店へようこそ



「ごめんなさい、ごめんなさい! 悪気はなかったんです。謝りますから許してください、お願いしますこの通りです!」


 ナニィに制裁を加えた後、俺達は外に出てきていた。
 太陽の光も柔らかく、穏やかな風が流れて気温も涼しい絶好の散歩日和だ。


 外出にあたって、少女の派手なドレスは目立ちすぎるために、学校のジャージを貸し与えたが、サイズが合わないせいでダボダボである。
 そんな野暮ったい恰好でも、白銀の長髪だけは輝きを失わずに、少女の魅力を引き立てていた。


 外見だけは美しいと言える少女が、頭をペコペコ下げる様を見てすれ違う通行人からの視線が痛い。


 狙ってやっているのだとしたら大変な策士だが、目尻に溜めた涙を見る限り申し訳なく思っている気持ちは本物らしい。
 悪意がないというのがこれほど恐ろしいことだとは思わなかった。
 申し訳なさそうに小動物のように縮こまる少女に嘆息をつく。


「はぁ、もういいよ。どんな魔法なのか聞かなかった俺にも落ち度はあるしな」


 確かに家屋を倒壊させたり、人体に損傷が発生する類の魔法ではなかった。


 魔法を見せてほしいと強請ったのは紛れもなく自分であるし、その詳細を聞かなかったのも間違いなく自分だ。
 どんなことが起きるのかと手品を見る観客気分だった部分は否定できない。


 これ以上少女を責めるのも悪い気がしてきた。


 初恋の記憶を消されたという事実で怒りはしたが、実際記憶が消されてしまっているとなると、それが大切なものだったのかそうでないのかすら、判断がつかないのであまり怒る気にもなれない。


「好奇心は猫を殺すってことなのかな」


「えっと猫ですか?」


「こっちの世界にいる動物だよ。そっちにはいないのか?」


 俺は塀の上からこちらを見ていた黒猫を指差した。


 ナニィが遠くにいる黒猫へ焦点を合わせると、居心地が悪くなったのか黒猫は塀を降りて逃げていく。


「いなかったですねー。ケットシーに似てますけど、四足歩行じゃないしなー」


「え? てことは歩くの?」


「はぇ? そりゃあケットシーも人間ですからね、歩きますよ」


「……こっちでいうところの外国人的な扱いなのか? 随分とストライクゾーンが広いな」


 歩く猫が人通りを自由に闊歩する街を空想して少し楽しい気持ちになった。


「あ、そういえばどこに向かってるんですか? 何も知らずついてきちゃいましたけど」


「ん? ああ知り合いの店にな。お、ちょうど見えてきたぞあそこだ」


 指差した店には達筆な文字で斎藤服店と書かれた看板が躍っていた。


☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 


「いらっしゃっせー」


 ドアを開けて店内に入ると、店員のハキハキとした声が出迎えた。


 流石に大型連休だけあって客が多い。
 家族連れや、友達同士で服を吟味しているグループ、他にも恋人同士だろうか? 服の感想を求める彼女に対して頬を染めて顔を逸らしている男子もいた。


「ちっ、リア充め爆発しろ」


「やれやれ男の嫉妬しっとみにくいぞ」


 嫉妬半分祝福半分で舌打ちしているとお目当ての人間がそこに立っていた。


「いよっ、小太郎。相変わらず繁盛はんじょうしてるみたいだな」


「GWとかいう大型連休のおかげでな。 冷やかしに来たのならとっとと帰れ、こちらは見ての通り忙しい」


「お、いいのかそんな態度を取って? 今日の俺はれっきとしたお客様だぜ?」


 しっしと手を振る小太郎に笑みを返す。


「は? 何を買いに来たんだ?」


「服だよ!」


 他に何を買いに来たと思ってんだ!? ここは服屋だろうが!


「日頃から探検と称して遊び呆けてるお前が、服を買いに来ただと?」


「あ、いや俺の服を買いに来たわけじゃねえんだけどな」


何の冗談だと未確認生命物体に出会ったような表情をする小太郎に、物珍しそうに衣服を見渡していたナニィを指差す。


「えっと、ど、どうも」


「……ふむ、骸よ。この別嬪べっぴんさんは貴様のコレか?」


 ペコリと頭を下げるナニィを見て、小指を立てて見せる小太郎。


「ちげえよ。ちょいと訳アリってやつだ、こいつに服を見繕ってやってほしい」


「中々の上玉で腕が鳴る、惜しむらくはちと幼いな。あと3つほど年上であるなら」


「つまらん冗談言ってないで仕事しろ」


「では失礼して」


 小太郎は腕を交差させて目を閉じる。


「魔眼……発動」


 眼鏡を外すとカッとVサインの隙間からナニィを凝視する。
 説明しよう、小太郎は見ただけで相手の寸法を正確に見極める特技があるのだ。
 小太郎は自身のその能力を魔眼と言って憚らない。


「あのムクロさんこの人って」


「ん? こいつは俺の幼馴染で斎藤小太郎。この服屋の息子で、俺の自慢の友達だ」


「あー、なんか分かります。ムクロさんと合いそうですもんね」


 何かを悟ったように頷くのを見て首をかしげる。
 一体何が合いそうだと思ったのだろうか?


「見切った……さて、どんな服がいいかリクエストはあるか?」


「でも、私はこっちのお金とか持ってないんですけど」


「おごりだ。あの恰好のままじゃ落ち着かねえよ」


 ずっとジャージを着せる訳にもいかないしな。


「え? でもなんか悪いし」


「ええい! やかましいあの色々と丸出しな服だと目のやり場に困るんだよ。うだうだ言ってないでもっと防御力の高そうな服を着ろ」


「ま、丸出しじゃないです! あれはちゃんとドレスコードに則ったデザインなんです! 痴女みたいに言わないでくださいよ!!」


「では露出低めのワンピースにするか」


 小太郎に目配せをすると、いつの間にか一着のワンピースがあった。


「では、あちらが試着室だ。この馬鹿が着替えを覗かないように見張ってやる」


「ムクロさん、やっぱり変態……」


「の、覗かねえよ。お前も鵜呑みにしてるんじゃねえよ」


 ナニィを服ごと試着室に放り込むと、小太郎がお茶を差し出してきた。
 歩いて喉が渇いていたこともあって、一気に喉へ流し込む。
 冷たい液体が喉を潤し、生き返った。
 5月を目前にして随分と暖かくなってきたものだ。


「しかし珍しいな。お前が俺以外の人間とつるんでいるなど」


「なんだやきもちか? 生憎と俺は男に興味はないぜ?」


「奇遇だな。俺もそんな気色の悪い趣味なぞない」


「だな。まあ、なんか色々あってな」


 あの後に巨大な鏡が表れて少女が現れたなどといっても、お前はどこの見習い機械工だと笑われそうだったのでぼかして誤魔化す。


「そうか、落ち着いたら詳しく話を聞かせてくれ」


「ドラパンのシュークリームで手を打とうじゃないか」


「……割り勘だろうな?」


「おいおい、俺の話を聞きたいって言ったのはそっちだぜ?」


「ふぅ、やむを得んか」


 どちらからということもなく笑いあう。
 こんな軽口を叩きあえる友達は、小太郎以外にはいない。


「なぁ、小太郎。お前に聞きたいことがあるんだがいいか?」


「うん? どうした改まって」


「変なことを聞くんだが、俺って彼女とかいたっけ?」


「はぁ? いつもより輪をかけて妙なことを聞く」


 小太郎は訝しげに俺を見た。
 そりゃそうだ、自分のことは自分が一番分かっているのだから、こんな質問する方がおかしい。


「そこをなんとか、お前だけが頼りだ」


 初恋の記憶を消失してしまって困っているとは言えない。
 もしも現在進行形で付き合ってたとかなら流石に申し訳ないからな。
 小太郎は、んーと顎に手を当てて考えて込んでいた。


「……俺の知る限り、いない。毎日のように俺と一緒に遊んでたしな。まあ、お前が俺に隠れてイイコトしてたとかなら知らんが」


「そうか。ならいいや、ありがとな」


 俺は彼女とか出来たら絶対小太郎に自慢する。
 つまり、悲しいことに彼女はいなかったらしい。
 振られたのか、告白すらしなかったのかは分からないが、まあ記憶がなくて困るということはないようだ。
 寂しさ半分、安心半分で息を吐き出す。


「それで? 可愛い女の子に服を買い与えてナニをするつもりだ? ん? 正直に白状するがいいぞ、このロリコンめ」


「だから誤解だっつーの、あとロリコンじゃないから」


 勝手に人を変態枠に放り込むのはやめてほしい。


「それにこの後は、病院に寄る予定だしな」


「病院? どこか具合でも悪いのか?」


「いや、ちょっと診察を受けに」


 昨日飲み込んだ宝珠が身体に変な影響を与えてないか不安だとは言えない。


「しかしGWだからな、混んでると思うぞ。それに、最近この辺りは物騒だしな」


「物騒? 何かあったけか?」


「全く、UFOだのUMAだのと怪しい番組に現を抜かすくらいなら、ニュースでも見ておいた方がいいと思うぞ」


「うるせえ、余計なお世話だ」


「隣町で、通り魔が出たらしい。先月も似たような刀傷沙汰があって同一犯ではないかと言われているが
犯人は未だ見つかっていない。被害者はすぐに病院へ運ばれ一命を取り留めたそうだが、うっかり出くわすことはないと思うが念のためな」


「先月、ね」


 女王選抜試練とかいうのが始まったのは昨日からだから、ナニィとは関係なさそーだな。


『ムクロさん!着替え終わりましたー』


 試着室から出てきたナニィがにこやかに手を挙げている。
 桃色をベースに仕立てられた服は少女の柔らかい雰囲気を際立たせていた。
 懸念だった露出度を削りながら魅力を引き出すことに成功している


 コーディネートのセンスは悪くない。


「お会計¥14980だ」


「な、にぃ?」


 冗談だろ? なんで布切れ一枚がそんな高いのだ。
 それだけあればゲームが3本は購入できてしまうぞ。


「……もうちょい安くならね?」


「彼女の笑顔を曇らせてもいいのなら、別のもあるのだぞ?」


 含みのある言い方をする小太郎に辟易しながらナニィを横目で伺う。


 よほど服が気に入ったのだろうか? 
 室内に備え付けられた鏡の前で服のすそを上気した顔で弄っていた。


 あー、こりゃダメだ。選び直せとか言える感じじゃねえ。


「くっそ、値札だけは確認しとけばよかった」


 こいつ、わざと高い服もってきやがったな。


「安いのもって行けばそのまま妥協するだろう? 全くこんな可愛い女の子に粗末な服を着せようとするとは嘆かわしい」


「ム、ムクロさんお金ないなら私全然気にしませんから」


 お、おいよせよ。そんな物分かりのイイコト言いつつ、服を名残惜しそうに見るのは卑怯だぞ。


「右手には美しい服で着飾った少女が、左手にはお値段なんと1,980のお得商品」


 小太郎はめちゃめちゃダサい売れ残りの服と、ナニィを交互に指さした。


「さあどうする?男の甲斐性の見せ所だぞ?
SMILE  OR  MONEY?」


 小太郎お前今すごい凶悪な笑みを浮かべてるぞ。


「くそっ、今こそ甦れ! 古き良きスマイル0円時代よ!」


「ムクロさん、私は大丈夫ですから。ほら見て下さいあっちの服もかわ、かわいい? かも? えっと……あ、そうだもうこれでいいんじゃないですか。緑色は目に優しい色なんですよ?」


 ナニィは俺が着せたダボダボのジャージを見せる。


 二者択一ならそっちのがいいのかよ。
 というかお前それ明らかにサイズ合ってねえから。


「……もってけドロボー」


 なくなく財布からユッキーチを2枚取り出して小太郎に渡す。


「まいどあり、またのご来店お待ちしている」


 お釣りを受け取り寂しくなった懐に涙しながら店を後にした。


 くそぅ、あの野郎今度会ったら覚えてろよ。



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