その日、僕は初めて自分を知りました。

椎名蒼

赤紙編⑮

窓の外から差し込んだ夕日が僕らを今の現状とは正反対に優しく照らしてくれている。保健室から戻ってきたばかりの僕と中谷はおぼつかない足取りで僕らの教室に向かった。夕刻ということもあり校内にはまばらな人しかいなかった。そのためとても不気味なくらいにそこは静かなものだった。時折、外から微かに聞こえて来る部活動に励む僕たち以外の生徒たちの声が聞こえる。それらはとても無邪気なものだったと思う。僕はその時この世界はとても理不尽なものなんだと改めて強く認識してしまった。だが、それを認識してどうなるというのだろう。それを認識したところで僕たちがたどってきた過程も僕たちがこれから迎える結末も、変わりはしないのだろう。
そう、ただ虚しさと無力さと自分たちの不幸を痛感するだけ。


そう、ただ、それだけだった。

僕たちはついに教室の前までたどり着くと正面のドアを睨みつけそれからお互い目を向けあった後、意を決したかのようにもう一度ドアを睨んだ。
ドアに手をかけてその重い扉を開いたのは僕だった。一瞬僕の真正面から差し込んだ夕日が眩しかった。しかしそこはその輝きを放つような希望あふれる教室では決してない。

机が廊下側に7つ。窓側に7つ向かい合わせに並んでいる。僕らが経つ廊下側の七つの席には中谷のお母さん、木村のお母さん。そして僕の母がそれぞれ一席ずつ間を空けて座っていた。反対側の七つの席には校長、教頭、学年主任の植田、そして春間先生が座っていた。春間先生は教室に入ってきた僕たちを見て優しい面持ちをし、後に力強く頷いた。それは僕たちを心配して且つ心配いらないよと語りかけてきているようだった。今更だが、僕はつくづく春間先生が自分の担任の先生でよかったと思った。おそらく中谷もそう思ったに違いがない。しかしその他の教師たちは違った。校長は何やら困ったとでもいうかのように頭をポリポリ掻く手が止まらないようだった。教頭は呑気なもので机の下で何やらスマホをいじっている。学年主任の植田は僕らが入ってきてから間もなく恐ろしい形相で僕らを睨んだ。

いったいなんだというのだろう。

僕はその睨み顔を見て恐怖さえ抱かなかったが頭の中にクエスチョンマークが広がる。
春間先生は僕らに自分たちの親の隣に座るように促した。僕らはそれらに素直に従った。
その硬い椅子に僕と中谷が腰を下ろすとさっきまで優雅にスマホをいじっていた教頭のマエヒロがおもむろに口を開いた。
「そういえばヤクザの息子は?」
そのふてぶてしい態度にその場は一気に凍りついた。
「教頭。ヤクザの息子と呼ぶのはやめましょう。大内くんです。今学級指導の渡辺先生が呼びに行っているところです。」
教頭の威圧を目の前にして春間先生はひるむことなく反論した。だがその時の先生は教頭の威圧以上にキリッとした気構えだった。
「春間先生、教頭の私に対して睨んでくるとは恐ろしい先生だな…だいたいね、あなたがクラスの生徒をしっかり管理していないからこのようなことになっているのですよ。」
「確かに…今回の件は私の責任問題ですが…」
春間先生が何かわ言いかけた時、中谷がすごい意勢いで立ち上がり「先生は悪くないっ!」と教頭を睨んで捲し立てた。僕は驚いて中谷の顔を見上げた。中谷は隣に座る母親の制止を振り切り続けざまに叫んだ。「あんたらなんで全部春間先生のせいにするんだっ!あんたらだって教師だろ?ふざけんなよっ春間先生はな!あんたらとは違うんだ!僕たちのことを真剣に考えてくれるとってもとってもいい先生なんだっ!」
「中谷君っやめなさい。」
春間先生は中谷を一喝した。中谷はそんな春間先生を見て大粒の涙を流した。
「ごめんなさい先生。でも、先生が全部悪いわけじゃないんだ。僕も大内にいじめられていた。でも先生にそれを打ち明けることができなかった。僕の弱さが…」
中谷がそういうと春間は中谷の元へ駆け寄り強く抱きしめた。中谷は春間先生の肩でずっと泣いていた。隣に座っていた中谷のお母さんも顔を隠して俯き加減で泣いていた。いや、そうじゃなくてもみんな心の中で泣いていた。

「中谷君、ありがとう。私、これからもっと中谷君にとっていい先生になれるように努力するわ。」
「うん。」

その時、後ろのドアが開いた。その場にいた皆がその方向に目をやると、学年指導の渡辺先生が大内とその父親を連れて「お待たせしました。」と皆に一礼した。

その後ろでは大内とその父親が恐ろしい目つきをぎらつかせている。それを見て僕は息を飲んだ。

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